死者たちの戦利品
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起き上がる事が出来るようになったので、ぼちぼち、無理しない範囲で更新していこうと思います。
白骨街道の主、リッチとなった魔導士エリックを奇襲を以って倒したシンは、気怠そうにその成れの果ての姿を見下ろす。
その視線の先には、切り裂かれた古びたローブと、真っ二つに割られた頭蓋骨、四散した骨と骸骨姿でありながらも、その身に着けていた首飾りや指輪などのアクセサリー類、そして最後に手に持っていた禍々しい色をした木製の杖が落ちている。
「終わったのぅ…………禁忌の邪法に手を染めし愚か者の哀れな末路じゃのぅ」
肉体も精神も限界近くまで疲弊し、佇むシンの背中に、どこか寂しげなゾルターンの声が掛けられる。
「禁忌の邪法、それは不老不死か?」
「そうじゃ。大抵の愚か者は、死を超越せんとして死の世界に触れ、結果として死に魅入られこのような末路を辿るものじゃて…………こやつらにはわからぬのじゃよ、限りある命ある者の一日が、こやつらの怠惰な千年よりもどれだけ価値があり、有意義なものかをな…………まぁ、それはさておき、遠目で見たところ変わった品々を身に着けておったのぅ、どれどれ…………」
ゾルターンは手に持つ杖の先で、エリックの身に纏っていたボロボロのローブをヒョイと掬って投げ飛ばすと、街道に落ちている指輪や首飾りを手に取り、注意深く観察し始めた。
ゾルターンは今でこそ賢者などと呼ばれはいるが、若いころは冒険者であり、他の冒険者と同じ荒くれ者であった。
ゆえに死体から……この場合は既に死んでいるので当てはまらないかも知れないが、身ぐるみ剥ぐなどお手のものである。
リッチの残骸を前にして、佇む二人の元へ他の仲間たちも集まった。
「この杖は…………おお、こりゃ凄いわい。シンの刀の鞘と同じ魔物の、エルダートレントの枯れ枝を何かの魔獣の血で染め上げた物と見える。しかしながら、儂の趣味では無いのぅ。ほれ、ロラにやろう」
ぽいっと放り投げられた杖を、声を掛けられたロラは思わずその手で受け止めてしまった。
何だか不気味な、縁起の悪そうな物を受け取ってしまったロラは、露骨にその美しい顔を歪めるが、ゾルターンがその杖は素材が珍しく、売ればざっと金貨数百枚は見込めるだろうというと、目の色を変えて、大切そうに押し戴くような仕草をする。
「上品だったロラもすっかり俺たちに染まっちまったな。今の姿をハンクが見たら悲しむぜ、きっと」
そうシンに指摘され、恥ずかしそうに顔を赤らめる時点で、まだどこかしら貴族の令嬢らしさが残っているように思える。
これが、世間一般の冒険者なら、男だろうが女だろうが、活躍に値する戦利品を得る権利を声高に主張するだろう。
「見て! 霧が、いえ瘴気が晴れているわ!」
そう言って街道の先を指差すレオナの声には、かなりの疲れが含まれていたが、それでいても凛としたよく通る澄んだ声は、聞く者の耳を癒した。
突然瘴気が晴れたのは、街道の主が倒されたからであろうか? それともエリックが何らかの魔法で、あの不快な瘴気を発生させており、その効果が切れたのだろうか?
何にせよ、体に纏わり付くような粘っこく、その中に居るだけで体力も精神力も削られていくような瘴気が晴れたのは、シンたちにとっては僥倖である。
ふと空を見上げれば、先程までの分厚い鉛色の雲も晴れ、穏やかな春の日差しが大地に差し込んでいる。
「この様子だと、もうアンデッドは出なそうだが、一応警戒は緩めるなよ。ゾルターン、そろそろ馬車へと戻るぞ、いいか? それ以上は道中の馬車の中で頼むぜ」
そうシンが声を掛けたゾルターンは、地面へとしゃがみ込んで懐から片眼鏡を取り出して、エリックが身に着けていた指輪の鑑定に勤しんでいた。
「おお、儂としたことがいかん、いかん。こやつが身に着けていた物が、あまりにも貴重で珍しい物でな……身に着けていた物から推測するに、このエリックというリッチは推定年齢五百歳くらいというところじゃて。指輪の裏側に掘ってある文言が古代魔法語でな、それらが多用されていたのが凡そ五百年前ということじゃ」
「五百年もこんな寂れた土地で何をしていたのやら…………五百年真面目に修行していれば、こんなにあっけなく倒されることも無かったろうにな」
シンがエリックが唱えた炎弾の魔法を思い返しながら、しみじみと呟く。
詠唱そのものは、オーソドックスでありながらも洗練されており、かつ澱みなく唱えあげたところを見ると、相当の使い手であったのは間違いないだろう。
だがシンたちのように短詠唱、無詠唱の域には程遠く、その点に関してはおそらくだが、五百年前のままだったのだろう。
「シン、それが邪法の報いというものよ。不老不死の肉体を得たは良いものの、おそらくは何らかの代償として、その身をこの地に縛り付けられたのだろうと儂は考えておる。でなければ奴が、お主の言ったようにこのような辺鄙な地に留まっている理由が無いからの。さて、では行くかの」
馬車へ戻る途中、倒した地獄百足の残骸を見て、シンはふと足を止める。
ぼーっと、地獄百足の大きな頭骨を見て棒立ちのシンに、ハーベイが訝しみながら横から声を掛ける。
「どうしたシン?」
不意に声を掛けられたシンは、びくりと軽く体を震わせると、口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「いやこいつを、帝都で首を長くして俺たちの帰還を待っておられる、皇帝陛下へのお土産にしようかと思ってな……アイツきっと喜ぶぞ…………フヒヒ」
ドデカい魔物の頭骨を貰って喜ぶ者など、余程の物好きしか居ないだろう。
ハーベイは皇帝と面識はあるものの、深い人柄までは知らないため、皇帝陛下も変わった趣味を持っているなと、呟くのみ。
勿論、皇帝にそのような趣味などは微塵も持ち合わせてはいない。これはシンの、皇帝に対する単なる嫌がらせに過ぎない。
シンは、今回の任務の一番大事なところを皇帝から知らされずに、なし崩し的に婚約者まで押し付けられるはめとなった。
性分的にも、このまま黙っていられるような男では無い。やられたからには、必ずや一矢は報いてやらねばと思っていた矢先、この地獄百足の頭骨が目に入ったのだった。
「でも師匠、こんな大きな物をどうやって持って帰るんです?」
カインの言はもっともである。持ち帰るにしても、馬車には乗らないだろう。
「中身は詰まってないから、結構軽そうだよな? 次の村なり何なりの近くまで縄でも引っ掛けて、サクラたちに引っ張って貰おうぜ」
こうして戦利品の中に、地獄百足の頭骨が加えられる事となったが、シン以外の誰もが皆、苦労して持って帰ったとしても大した金にはならないだろうと、高を括っていたのだった。
ーーー
シンたちが馬車へ戻ると、馬車の指揮を任されていたハンクが、満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「やったんだな?」
「ああ、強敵だったが、作戦が功を奏して一瞬でケリが着いた」
「後で、どういう敵で、どうやって倒したのか聞かせろよ」
ハンクがそう言ったのは単なる好奇心の為だけでは無い。戦闘後のブリーフィングというのは何よりも大事であり、メンバーとの情報の共有化は冒険者として生き延びるためには、欠かすことの出来ないものである。
これらの重要さを、ハンクは若い身の上ながら迷宮にて経験を以って、身に染みてわかっていたのである。
「それと、相談なんだが…………戦利品、漁っていいか?」
聞けば、スケルトンたちの中には、少数ながら魔法武具を纏っている者たちがおり、それを回収したいのだという。
「よし、それならば今から一時間ほど…………三十分交代で回収作業に入ろう。それ以上の時間は掛けられない。流石にこの地に陽が暮れるまで居たくはないからな。それとまだ敵が潜んでいるかも知れないので、絶対に単独行動は慎むこと」
リーダーであるシンの許可を得たハンクは、早速ハーベイと組んで、目星をつけていたお宝の回収へと向かった。
一時間後、シンたちは集めた自分たちが驚く程の魔法武具の量に、唖然とする。
「う~む、過去に何度も討伐軍が送り込まれたらしいからのぅ…………しかも、強敵が居るとわかっておるだけに、それなりの装備を整えて挑んだのじゃろうて」
「んで、倒されてそのまんまスケルトンになっちまったってわけか。何にせよ、俺たちにとっては美味い話だぜ。これらを死人に持たせておいても意味がねぇ。それに倒すのも集めるのも苦労したんだし、このまま捨てるなんて勿体なくて出来ねぇ。馬車に乗らない分は、ジュリアたちの馬にも載せて行こうぜ。次に立ち寄る村で馬車を一台買えばいいさ、それだけの苦労をする価値はあるだろう?」
冒険者は安定した収入があるわけではない。そのため稼げるときには限界まで稼ごうとする、これが本来の冒険者の姿である。
「わかった。瘴気が晴れたことといい、もう強敵は居ないものと思われるし、許可する。さっさと荷造りして陽が落ちる前に街道を抜けるぞ」
心身は疲れ果てているが、思わぬ大収穫に皆の顔にも笑顔が灯る。
そんな中ただ二人、いやただ二頭、地獄百足の頭骨を首に掛けられた縄で引き摺ることになった、サクラとシュヴァルツシャッテンだけが不満げな唸り声を上げていたのだった。




