ワレ奇襲ニ成功セリ
自宅のトイレの便座から立ち上がる時に、ぎっくり腰をやってしまいました。
立ち上がれずそのままトイレに突っ伏したまま、脂汗を掻きつつどうしようか悩んだ後、這うようにしてトイレを出て、なんとか充電中の携帯までたどり着き、救急車を呼んで病院直行。
痛み止めの点滴を受け、痛み止めの薬と湿布を貰い、一日経ってコルセットを巻いてどうにか立って歩けるようにはなりましたが、半端なくキツイです。マジ、ヤバイってこれ……どうしよう
「カイルは少し右後ろ、レオナも少しだけ左後ろ、ゾルターンとロラは俺の五メートル後ろに、ハーベイは二人にくっ付いて離れるな」
ゆっくりと杖をいて近付いて来るリッチへとシンは歩み寄りつつ、パーティメンバーへと指示を出す。
メンバーはシンの言う通りのフォーメーションを即座に敷き、武器を構えて即応態勢を取りつつ、シンの後に続いた。
「そこの骨野郎! 言葉がわかるのならそこで止まれ! まぁ見た目が骨だから、言葉を理解する脳ミソなんぞ残ってないだろうが、一応な」
のっけからの喧嘩腰。ゾルターンからリッチは、死の世界に魅入り、そこから抜け出せなくなった魔導士の成れの果てであると聞かされており、死後も高い知性を持っていることは知っている。
知っていればこその挑発である。それも、出来る限り安っぽさを前面に押し出したものでなくてはならない。
これからシンが仕掛けようとする、一撃必殺の奇襲を成功させるためには、相手から冷静さを少しでも奪っておきたい。
「ほぅ、地獄百足を倒すとは……今回は、かなりの規模の討伐隊を送り込んできたようだな」
リッチはそう言いつつ、骨の手でローブのフードを捲った。
取り払われたフードの中から現れたのは、理科室の骨格標本模型のような、見事な白い頭蓋骨。
だが標本とは違い、その窪んだ眼窩に邪悪の炎が揺らめいている。
「討伐隊? 何のことだ? こんな骸骨百足なんぞ、俺一人で十分だったぜ」
勿論これはハッタリである。シン一人で勝てる程、地獄百足は弱くは無い。
寧ろ、決して油断の出来ぬ強敵中の強敵である。
「はっはっは、法螺を吹くのも大概にせよ。この地、我が王国で地獄百足は、我を除いて一番の強さ。討伐はしたものの、被害甚大で隊は退却。お前たちは大方、先を探る様にと残された偵察か何かじゃろうて……ほれ、図星かの?」
それを聞いて、シンはほくそ笑みそうになるのを必死で堪える。
確かに実際に戦った身としては、並みの冒険者パーティ……それもたかが一パーティが勝てるような魔物ではない。
それも、弱いとはいえ数で攻めて来るスケルトンの群れを撃退しつつ、体へと纏わりついてくる幽霊たちを蹴散らしながらとなれば、このリッチではなくとも信じられないに違いないだろう。
「だったらどうだってんだ! それにしても、喋るしゃれこうべとは珍しいな。捕まえて見世物小屋にでも売り飛ばせば、結構な額になりそうだぜ」
シンは油断なく刀を構えながら、だが怯えている振りをして、刀を小刻みに震わせながらおどけて見せ、相手の油断を誘ってみる。
「愚かな…………我とスケルトンとの違いもわからぬとは…………我はこの地を統べる王なり。よいか、愚者たちよ、その既に腐り始めている脳へと我が名を刻むがよい。我の名はエリック……偉大なる不死の王、エリック・マンフィールドなり。今すぐに地に伏して、我を讃えよ! さすれば慈悲を以って、苦痛なく死を与え、死後に我に仕えさせてやろうぞ」
それを聞いたシンは、構えを解いて腹を抱えて笑い出す。が、刀を持たぬ手には、しっかりと魔力を送り込み、無詠唱で即座に炎弾を放てるように仕込んでいた。
「はっはっは、そいつは傑作だぜ! 不死の王? エリック・マンフィールド? 聞いたこともねぇ。それに王ってわりには冴えない風貌だし、御伴の一人も連れていないじゃないか。そんな貧相な王様なんて、この世にお前さん一人だけだぜ、きっとな!」
もしリッチである、エリック・マンフィールドに皮膚あり、血が通っていたとしたならば、きっと茹蛸のように真っ赤になり、激昂するのをその目で確かめられたに違いない。
だがエリックの見た目はただの骸骨。その感情の揺らぎは、窪んだ眼窩に揺らめく炎の色の濃さでしかわからない。
「愚かにも程がある! 敢えて王者の怒りを買うか!」
カーンと音を鳴り響かせて、街道の石畳に杖の石突きを突く。
その音の鳴り方と大きさが、怒りのほどを表している。
単純な奴だと、シンは内心であきれ返る。だが直ぐに、こんな辺鄙なところで死後ずっと一人で過ごしていれば、頭が多少おかしくなっても仕方が無いかと思いなおした。
「おい、王様! それでお前、何が出来るんだよ? 杖を持っている所を見ると、魔法の一つでも出来るのか? だったら、魔法使いの定番の炎弾の一つでも俺に撃って見ろよ。ほれ、出来るのか出来ねぇのかどっちだ?」
もしエリックに鼻があり、呼吸をしていれば、さぞ荒い鼻息が飛び出したことだろう。
シンの子供じみた挑発により、リッチであるエリックには血は流れてはいないが、すっかり頭に血が上っている状態である。
「よかろう! 貴様のような低俗なゴミを我が僕とするのは止めにするとしよう! その代わりに、貴様の所望通り炎弾を放ち、その五体を吹き飛ばし、且つ灰も残らぬほどに燃やし尽くしてやろうではないか! 冥途の土産に、とくとその目を見開き見るがよいわ!」
そう言うとエリックは、炎弾の魔法の詠唱に入った。
シンたちの耳に、カタカタと揺れる骨の口から、炎、弾ける、などの言葉が洩れ聞こえて来る。
やがて杖の先に炎の球体が現れ、長い詠唱とともに段々と大きく膨らみ始める。
それを見てシンは、このリッチ……エリックが無詠唱で魔法を放つことが出来ないことを知る。
そして後を向き、ゾルターンにこの炎弾を防げるかどうか、目配せをするとゾルターンは任せろと言わんばかりに、軽く頷いて見せる。
後はタイミングだけである。エリックが唱える詠唱を聞く限りでは、世間一般の魔導士が放つ炎弾と大した差異は無いように思える。
ならば、作り上げた炎の球体を放つタイミングも知れたものである。
「この世から消え失せるがよい! 低俗なゴミめが!」
「ふんぬ!」
エリックが炎弾を放ったと同時に、ゾルターンはしゃがみ込んで、片手の手のひらを石畳へと叩きつけた。
「なに!」
エリックの口が驚きで大きく開け放たれたが、すでに炎弾は発射され、これ以上どうすることも出来ない。
ずん、という腹の底に響くような地響きと共に、シンの目の前に分厚い土の壁がせり出し、その厚い壁に炎弾が吸い込まれるようにして命中。
爆発の轟音と、塔のように立ち上る土煙。
シンはその耳を劈くような音の中で精神を研ぎ澄まし、自身をブーストの魔法で強化しつつ、炎弾を跳ねのけ、残っている土壁の上へとジャンプして登る。
「カイルーーーーー!」
シンの大声に応えたカイルは、自身に残された僅かな魔力を絞り出すようにして、魔法剣・裂空斬をエリック目掛けて放った。
放たれた裂空斬は文字通り空を裂いてエリックを襲うが、その骨の身に届く前に、見えない壁に遮られたかのように甲高い擦過音を残して霧散してしまう。
「ロラ、頼むぞ!」
シンは限界まで土壁の上で足腰のバネに力を込めると、空に向かって大きくジャンプする。
それを見てロラは、予め自身に憑依させていた風の精霊の力を借りて、空中へと飛び上がったシンの背中に強風を叩きつける。
今だ立ち上る土煙の中から、シンが有り得ぬスピードで、エリック目掛けて前へと飛び出す。
空中から、それに思わぬ速度での奇襲。さらには、カイルの放った裂空斬の方へ気を取られていたために、エリックは咄嗟にその奇襲を避ける事が出来ない。
骸骨の顔を驚愕に染めつつも、それでもなおエリックには最後の切り札があった。
それは、カイルの裂空斬を弾いた見えない魔法の障壁。その魔法の障壁は、儀式を必要とする極大魔法でもない限りは、容易くは破れぬ代物。
シンの無言の殺気の籠った一撃を頭上から受けたエリックの口元が、嘲りの嘲笑を浮かべる。
そしてそれは次の瞬間、断末魔の悲鳴を上げるものへと変わり果てた。
シンの持つ天国丸は、そんじょそこいらにあるようなただの武器では無い。
この世界を創造した神、人工知能が科学の粋を集めて拵えた物であり、この世に刃の通らぬものは無い無二の刀である。
エリックが纏っていた透明な障壁は容易く切り裂かれ、そのまま頭蓋骨を見事に真っ二つに叩き斬る。
エリックの窪んだ眼窩が最後に捉えたのは、自身を叩き斬る超速の白刃。
呪いの言葉を吐く暇も無く、エリックは二度目の死を迎えた。




