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帝国の剣  作者: 0343
422/461

白骨街道の戦い 其の四

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「エリー、こっちの被害は?」


「軽傷五名、全員治療済み。カエデが前足骨折、今治療中! そっちは?」


「皆、打撲や擦過傷程度だ。全員無事か、次が来るぞ! マーヤ、無事か? 大急ぎで荷台から大蒜と酒を頼む」


 馬車まで戻ったシンは、カエデを治療中のエリーに被害状況を聞く。

 マーヤは荷台に積んである食料の中から大蒜と革の水筒に入っているワインを取出すと、御者台の上からシンたちへと次々に放った。

 大蒜は精力剤代わり。悠長に調理している時間は無いので、生のままバリボリと噛み砕く。

 口中に苦みと辛味が広がり、鼻腔に刺激臭が充満する。

 それらを一気に胃へと流し込むために、グビグビと喉を鳴らしてワインを呷る。

 カイル、レオナ、ゾルターンもシンに倣い同じように大蒜とワインを喰らい、ひとごこち着いた所で迫りくる新たな敵に備える。

 

「シン、あのデカブツはどうした?」


 シンがワインを飲み終えるのを待っていたハンクが、街道の先を睨みながら聞いて来る。

 

「ばっちり倒したぜ。そっちも大変だったみたいだな」


 シンが周囲に散乱する人骨の山を見ながら呟く。


「ああ、一体一体は弱いんだが、何せ数が多くてな……それで、次の敵は何だ? またあのデカブツみたいなのか?」


「いや、チラリと見ただけだが、杖を着いた人影のようなものが見えた」


「旅人……じゃねぇよな……こんな危険な場所に、たった一人でってのはあり得ないものな……」


「ああ、間違いなく敵だと思う。さっきの百足野郎が難敵でな……そのまま連戦というわけには行かずに、一度下がる事にしたのさ……そっちで余力があるのは誰だ?」


 シンが残っていた者たちを見ると、皆気を張り歯を食いしばって何とか立っているという状況であった。

 そんな中、自分はまだ戦えると言わんばかりに、マーヤが馬車から飛び出してくる。

 だが、シンの目は誤魔化せない。マーヤは元々の魔力が他のメンバーよりも少なく、接近戦特化の短期決戦型の戦士である。

 周囲に散らばるスケルトンの成れの果てを見れば、馬車の周りがどれほどの激戦だったのかは一目瞭然。

 当然、マーヤも相当に消耗しているはずである。


「いや、マーヤは残れ。相手は杖と持っていた……となれば、接近戦特化のお前は分が悪い。引き続き馬車の護衛を頼む」


 そう言われたマーヤは、しゅんと項垂れ、尻尾をだらりと下げ落胆する。


「私が行きます! 私はまだ魔力に余裕がありますから」


 そう自ら名乗り出たのはロラ。ロラは馬車から再び弓を取出し、矢筒を背負った。


「そいつは頼もしいな」


「儂も行こう。大技なら後一回、小技なら後数回はいけるじゃろうて…………それに、敵の正体も気になるしのぅ…………」


「師匠、連れて行ってください! まだ戦えます!」


「私も、もう精霊の多重召喚などは無理ですけど、まだまだやれます」


 大蒜とワインの即席精力剤が効いたのか、ゾルターン、カイル、レオナの三人が次々と名乗り出る。


「わかった。俺も、さっきみたいな大技はもう無理だ。ハーベイ、いけるか?」


「このくらい何てことは無いぜ。迷宮での戦いよりかは、遥かにマシってもんさ……なぁ、ハンク?」


「ああ、俺も平気だ」


 残りの者たちの様子をシンは再び覗う。

 マーヤは魔力切れ。グイード、ユリオ、ジュリアの三人も相当に消耗している。

 特にジュリアは疲労の影が濃い。今もグイードとユリオに、左右から支えて貰っているような状態である。

 そして新たに加わった、シンの第三夫人候補のエルザはというと、これもまた相当に疲れているのか、父親のガンフーから貸し与えられた獅子族の秘宝、天長地久の地久の棍を杖代わりにして、ゼイゼイと喘いでいる有り様である。


「よし、俺、ゾルターン、レオナ、カイル、ロラ、ハーベイで仕掛ける。他は馬車で待機。エリーはいつも通り魔力を温存。ここの指揮はハンクに任せる。相手が何者なのかはわからん以上、最初は少しだけ様子を覗うことにする。あの敵を排除したら、この辛気臭い街道を一気に駆け抜けるぞ!」


 応、と全員が返事をしたのを見届けると、シンたちは再び馬車を後にし、敵に向かって駈け出して行った。



ーーー



 コツン……コツン……街道の石畳を杖で突く音だけが、静寂に包まれた白骨街道に鳴り響く。

 シンたちは息を潜め、その音を出す者の正体を見極めんと、足元に瘴気の霧が立ち込める街道の先に目を凝らす。

 その瘴気の霧の中から浮かび上がって来るシルエットは、ローブを纏った杖を着いた人影。

 だが、その歩みには逞しい生命力は感じられず、妙な無機質感があった。

 そしてそのシルエットが瘴気の霧の中から現れ、その素顔を晒した瞬間、ゾルターンが苦虫を噛み潰したような重苦しい声で敵の正体を告げた。


「…………リッチ…………………なんということじゃ…………シン、これは拙いぞ……」


 怯えるゾルターンとは裏腹に、シンの心は妙に落ち着いていた。

 シンがそのリッチをざっと見た感じ、先程戦った地獄百足ほどのプレッシャーを感じなかったのだ。


「ゾルターン、あのリッチってのは、どんな戦い方をしてくるのかわかるか? 杖を持っている所を見ると、魔法を使ってきそうだが……」


「シン、お主の予想通りの相手じゃよ。リッチは不死者の中でも魔法戦闘のエキスパート。彼奴の駆使する魔法は強大無比で、城をも容易に陥落させると言われておるが…………なにせ、お伽話や神話などの話じゃからの。実際にはどうかまではわからん」


「奴は俺たちみたいに、無詠唱や短詠唱で魔法を唱えて来るかな?」


 ゾルターンは、ハッとした表情でシンを見つめた。

 確かに、シンが神より教わったという魔法の無詠唱化、短詠唱化はこれまでのこの世界の、魔法の常識を覆すものである。

 ゾルターンは賢者と称されるほどの智者である。その一言でシンの考えていることを悟った。


「なるほど、良い手じゃの」


「まずはおちょくって、何か奴に魔法を使わせてみるか。ゾルターン、ロックウォールの魔法は行けるか?」


「その程度ならば容易きことよ。任せい」


「よし、じゃあ俺の目の前に出してくれ。ロラ、ちょっと……」


 少し離れて弓を構えているロラを、手招きで呼ぶ。


「ロラ、俺がジャンプして合図したら、おれの背中に風を当ててくれ。奴との距離を一気に詰め、上から襲い掛かれるくらいの強さの風をな……出来るか?」


「お安い御用ですけど…………まさか、一人で仕掛ける気ですか?」


「ああ、、こいつで一刀で決める。こいつならば、どんな相手だろうと斬れる。硬い竜の角さえも叩き切った折り紙付きの刀だからな……俺はこの一刀に賭けることにした。ゾルターンの言う通りの強大な魔物ならば、今の消耗しきった俺たちでは長期戦はまず無理。短期決戦にしか活路がない」


 そう言ってシンは鞘から愛刀、天国丸を引き抜く。

 

「カイル、お前裂空斬をもう一発撃てるか? 威力は弱くていい。奴の注意を一瞬だけ引いてくれればそれでいいんだが……」


「この距離だと相当威力は弱まりますが、なんとか」


「よし、合図をしたら頼む。レオナはカイルが何らかの理由で撃てなかった時に、エアカッターの魔法で奴の気を引いてくれ。ハーベイは、この場に留まり負傷者が出たら助け出してエリーの元へ」


「了解!」


「おう、任せろ!」


 二人はシンの勝利を確信しているかのように力強く頷く。

 それを見てシンはこの仲間たちを頼もしく思った。どんな強敵が現れ、怯えようと、恐れようとも戦意を衰えさせない素晴らしい戦士たちが自分の仲間である事を、全世界に誇りたい気分である。


「よし、じゃあ作戦開始だ!」

 

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