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帝国の剣  作者: 0343
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白骨街道の戦い 其の二


 地獄百足ヘル・センチピードと呼ばれる魔物と対峙する、シン、カイル、レオナの三人は、迫りくる巨体とその異形に身震いを禁じ得ない。

 その大きさは、線路を走る列車を一回りほど小さくした位の大きさであり、近付けばその大きさに圧倒されてしまう。

 それに加え、百足そのものといった動き自体に、人間としてはどうしても、生理的嫌悪感を感じてしまうのだ。

 その嫌悪感がさらに増すのが、地獄百足のその異様極まる容姿である。

 百足との名の通り、身体は無数に連なる胴節と、そこから横に伸び、うねうねと動く夥しい数の歩肢がある。

 だが頭部だけは百足とは似ても似つかないもので、それは巨大な人間の髑髏のようであり、窪んだ眼窩には青白い炎がゆらゆらと揺らめいている。

 そして髑髏の頭部には、二本の大きくせり出た角が生えており、口には上下に大きく鋭い犬歯が伸びており歩くたびに、ガチガチと聞くものが耳を塞ぎたくなるような音を奏でている。

 

「姿はまるで悪魔そのものだな…………カイルは右から回り込め! レオナは左から、どんな攻撃をしてくるかもわからないから、最初は慎重にいけ!」


 二人は返事もせずに言われた通り左右へと散って、大きく迂回するようにして回り込む。

 その間シンは地獄百足の注意を引くように、雄叫びを上げながら大剣を振り回して見せる。

 シンが雄叫びを上げている間、地獄百足はじっとシンを見つめたままであり、上手く注意を引き付ける事が出来たと思っていたその時、地獄百足の頭が僅かに持ち上がり、口の奥から緑色の塊が勢いよく吐き出される。

 シンはぎょっとした表情のまま、大慌てで真後ろに跳び退る。

 地面に吐き出された緑色の液体は、シュウシュウという嫌な音と薄緑色の煙を吐きながら、白骨街道の石畳をじわりじわりと腐食させていく。

 もしもあの緑色の液体が、その身にわずかでも掛かりでもしたならば、ただでは済まないのは明白である。


「酸だ! 強酸のブレスを吐くぞ、気をつけろ! 正面からは仕掛けるな!」


 側面に回り込んだカイルとレオナに向かってシンはそう叫びつつも、自分は地獄百足の注意を引き付けるために、真正面に立ち続ける。

 これは悪戯に長引かせるよりは、一気に勝負をかけた方が良いと判断したカイルが、右側面から地獄百足のに仕掛け、抜き打ちの一撃で歩肢の一つを斬り飛ばそうと試みる。

 キーンという金属と金属が打ちあうような澄んだ甲高い音が鳴り、カイルの必殺の一撃は地獄百足の歩肢を斬り飛ばすことは出来ずに、逆に弾かれてしまう。

 地獄百足は長い身体をくねらせ、胴部の最後尾にある曳航肢でカイルを串刺しにしようとする。

 カイルは物凄い速度で迫りくる巨大な槍のような曳航肢を刀で弾こうと試みるが、先程の攻撃を弾かれた時の痺れがまだ抜けておらず、思うように右手を動かすことが出来ない。

 万事休すと思われたその時である。突如、曳航肢の起動が変わりカイルは難を逃れることが出来た。

 カイルは後ろに跳び退りながら何故かと地獄百足を見ると、地獄百足の胴体の中央部分が地面から大きく浮き上がっているのが見えた。

 それを見てカイルは察した。左側面にいたレオナが、咄嗟の機転を利かせて地獄百足の腹にエアバーストを打ち込んだのだろう。そのせいで下から体が持ち上がり、バランスを崩したせいで、自分は助かったのだと。

 師匠であるシンに、慎重に行けと言われていたにも関わらず、迂闊な攻撃をした自分をカイルは恥じた。

 

 体勢を立て直した地獄百足は、今度は上体を持ち上げながら、グルグルととぐろを巻き始める。

 真横にピンと立てられた歩肢はまるで槍衾のようであり、シンが試しに近付いてみるととぐろを解きつつぐるりと辺り一帯を薙ぎ払う。

 

「近付けば槍衾、距離を取れば毒液……まるで要塞だな……だが……」


 流石にこのまま睨み合いを続けるわけにもいかず、シンは大声で二人に魔法で戦うように告げる。

 レオナがすかさず、かまいたちを起こすエアスラッシュの魔法を唱えるが、地獄百足の硬い身体はビクともしない。

 シンも試しに炎弾の魔法を頭に撃ち込んでみるが、派手な爆発のわりには大して効いているようには見えない。

 地獄百足は、まるでそのような攻撃など効かぬといわんばかりに、カタカタと歯を打ち鳴らしている。


「畜生めが! 一体こいつの弱点はどこなんだ? それともいっそのこと、力押しで攻めるべきか?」


 攻めあぐねているシンたちの元に、後ろから援軍が駆けつける。

 

「シン、塩梅はどうじゃ?」


「ゾルターン、来てくれたか! 馬車の方は?」


「スケルトンの数も大分減って来たのでな、とは言っても儂一人送り込むのが精一杯じゃったが……近くで見ると圧巻じゃのう。図鑑に載っているような伝説の魔物を、こう何度も間近でみられるとはの」


 恐怖よりも好奇心が勝るのだろう。ゾルターンの声には若干の上ずりがある。


「爺さん、燥いでる場合じゃねぇぞ! あいつは強酸のブレスを吐くし、身体は硬く、魔法も効かねぇ……今のところ打つ手がねぇんだ」


「ならばキマイラの時のように内側からやるか?」


「炸裂弾の魔法か……今の状態で当てられるか?」


 正面にいるシンたちに向かってブレスを吐こうと、小刻みに照準を合わせる頭の動きに合わせて避けながら、ゾルターンは無理だと首を横に振った。


「こうも動かれてしまってはな……それに魔法を弾くのならば、眼窩、あるいは口の中を狙うしかあるまい」


「じゃあ、何とか口を開かせてみるか。だけど、おそらくチャンスは一瞬だけ、頼んだぞ! カイル、レオナ、援護してくれ!」


 そう言うとシンは無謀にも真正面から突っ込んでいく。

 とぐろを解き、そのまま遠心力に任せてシンを薙ぎ払おうとする地獄百足。

 シンはその薙ぎ払いを、ブーストの魔法を使った跳躍で躱す。

 その間にも、無駄とはわかっていながらもレオナはエアスラッシュの魔法を、カイルは十分に魔力を溜めていない弱い裂空斬を放つ。当然それらは弾かれてしまうが、その衝撃は地獄百足へと伝わり、地獄百足のシンへの反応が僅かに遅れる。

 だが直ぐに体勢を立て直しつつ着地の瞬間を狙って、地獄百足がシンを噛み砕かんとして大きな口を開ける。


「今だ!」


 シンの掛け声と共にゾルターンの手から炸裂弾の魔法が放たれた。

 それは狙い通り、シンに噛みつこうとして大口を開けた地獄百足の口の中へと、吸い込まれるように入っていった。

 数瞬遅れて、くぐもった爆発音と共に地獄百足の口と目から真黒な煙が吹き出し、そのまま地獄百足は力なく大きな音を立てながら地面へと伏す。

 だがなおも、うねうねと動き続ける歩肢を目にしてシンは、トドメをさすべく地獄百足の背中へと飛び乗った。

 そしてその足元の背板に大剣を突き立てる。

 だが、シンが力いっぱい突き刺した剣は、硬い背板に弾き返されてしまう。


「クッソ硬いな! ならば!」


 シンはその硬い背板と背板との間の関節部分を狙って、再度剣を突き立てる。

 その隙間も確かに硬いが、剣が刺さらない程では無く、ズブズブと剣が突き刺さっていく。

 その時である。瀕死の状態であった地獄百足が、突如大暴れを始めたのである。

 流石にシンはそのまま背に立っていることが出来ずに、地面へと放り投げ出されてしまい、そのまま勢いを殺せずに、ゴロゴロと地面を転がり続けた。

 

「ちっ、油断したぜ……剣が……」


 シンの両手は空。大物に対するには大剣のが有利であり、それを失った事が悔やまれる。

 ふらつきながら仕方なしに腰の愛刀を抜き、立ち上がるシンの元へ、レオナが駆け寄って来る。


「怪我は?」


 心配そうに顔を寄せるレオナに、シンは痛みを堪えながら、ニヤリとやせ我慢の笑みを浮かべて安心させる。


「大丈夫だ。もう瀕死だと思って油断しちまった」


 二人がガシャガシャと音と砂埃が立つ方へ目を向けると、そこにはその場でのた打ち回る地獄百足の姿があった。

 それはまるで、殺虫剤を掛けられてもがき苦しむ百足の姿そのものであった。

 そして、ガシャガシャという音の正体は、シンが背板の間に突き刺した大剣が背板を噛んでいるがために鳴っている音であり、そのせいで地獄百足の動きは一部阻害され、非常に不自然な動きとなってしまっている。

 これは好機であると見たシンは、この機を逃さずに攻勢に出ると決意した。


「奴の弱点を見つけたぞ! それは関節の間だ! そこならば剣で切れる、関節の間を狙うんだ。こうなったら面倒臭いが、一本一本足を斬り飛ばしちまった方が早いかも知れん。ゾルターンはまた奴が口を開けたら口の中に魔法を撃ちこんでくれ! 歩肢を一本一本切り取り、動けなくしてからトドメを刺すぞ」


 明確な弱点さえわかってしまえば、こっちのものといわんばかりにシンに続き、カイルとレオナも一気に攻めへと転じた。




 


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