白骨街道を駆け抜けろ!
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深夜に突如勃発した正妻決定戦は、レオナの勝利で幕を閉じた。
戦いの決着がついた瞬間から、見物人たちも興味を失ったのかさっさと自分たちの天幕へと引き揚げて行く。
エルザの父であるガンフーも、欠伸をしながら後の事は任せたと言い残して、さっさと帰って行った。
シンの仲間たちも、治療とその場を光の精霊で煌々と照らしているロラと、何故か未だ軽い興奮状態で尻尾をゆらゆらと揺らしているマーヤ以外は、まだ夜明けまでもうひと寝入りするべく、ガンフーらと同じように欠伸を浮かべつつ、自分たちに宛がわれた天幕へと帰って行った。
勝利を祝うエリーの治療を受けながら、誇らしげに胸を逸らしつつシンの方をチラチラと覗って来るレオナ。
一方の敗れ、既に治療を終えたエルザは、帰らずにその場で地面にぺたんと俗に云う女の子座りで座ったまま、肩を落とし項垂れている。
治療を終えたレオナが、夫となるシンの貞操を守った事を褒めて貰おうと駆け寄って来る。
が、貞操を守られた当のシンの表情は渋い。そのシンがピシリと指差した地面には、ビリビリに引き裂かれたシンの下着があった。
この世界では、服というものは総じて高価。それは下着であっても同じ。
何故なら、機械で大量生産ではなく、その全てがオーダーメイドの手工業によるものだからである。
レオナは咄嗟にそっぽを向いて誤魔化そうとするも、シンはそんなレオナの分け目にチョップを喰らわせる。
「痛っ!」
叩かれた分け目を両の手で押さえながら、レオナはその場に蹲る。
「痛っ、じゃねぇだろ。俺の下着をあんなにしやがって……履き心地が良くて、お気に入りだったんだぞ。まぁ、取り敢えず……お前が勝って良かったよ」
そう言ってシンは蹲りつつ、上目づかいで見上げて来るレオナの頭をそっと一撫でする。
嬉しそうにはにかむレオナを見ては、シンはそれ以上怒る気にはなれない。
次にシンは、自分がこうもあっさりと敗れたことに対して、気持ちの整理がついていないようなエルザの元へと歩み寄った。
「おうおう、深夜の下着泥棒とは、随分と舐めた真似してくれるじゃねぇか」
エルザの目的は下着泥棒などではなく、シンと一線を越えることであったが、結果的に見れば単なる下着泥棒の変態でしかない。
未だ放心状態のエルザの頭に、シンは拳骨を落とす。
「痛ったあっ!」
エルザはシンから受けた拳骨による痛みで、無理やりに現実へと引き戻され、頭を押さえながらその場をゴロゴロと転がり続ける。
「騒動を起こしたのと、俺の下着を盗み、破った罰だ。下着泥棒をした上に、無様な敗北……親父が泣くぞ。これに懲りたら、二度と阿保な真似するんじゃないぞ。わかったか?」
拳骨の痛みによるものか、はたまた今の情けない自分に対するものか、エルザの目にみるみる涙が溜まっていく。
そしてそれは、シンがついた深い溜息を切っ掛けとして、地面へと零れ落ちていく。
「だっで、だっで、あんなにづよいと思わなかっだんだもん!」
駄々を捏ねる子供のように、わんわんと泣きだすエルザを見て、シンは昼間の激闘の後に似た疲れた表情を浮かべながら、天を仰いだ。
「そりゃ、お前……レオナは俺でも手こずる程だしなぁ……これに懲りたら、もう下着泥棒はやめろよ。おい、レオナ! 後は任せてもいいよな? 俺はもう疲れたよ……今日ぐらい朝までゆっくり寝かせてくれよ」
正妻を名乗るならば、奥を仕切れとシンはこれ以上ややこしくなる前に、レオナへと一切を丸投げした。
それら一切合切を見守っていたロラはこう思った。
これは何の茶番だろうか? そして自分はシンではなく普通の人を好きになって良かったと。
ーーー
翌朝、レオナがどう躾けたのかはわからないが、エルザはレオナの言う事を素直に聞くようになっていた。
レオナだけではなく、第二夫人候補であるマーヤに対してもその配慮を見せている。
今日からシンはガンフーとこれからの行動方針や、その他諸々の実務的な協議に入る予定である。
その間、手持無沙汰になる碧き焔のメンバーには、この居留地から少しだけ離れた場所に設けられた監視小屋などの威力偵察、出来るならばそこに潜んでいる敵勢力の排除へと向かってもらう。
「わたくしが案内致しますわ!」
案内を買って出たのは、お騒がせ娘ことエルザである。
確かに、この地に詳しい者の案内は必須ではあるが、獅子族の族長の娘を危険かも知れない場所へ送り込むわけにはいかない。
シンは代わりの案内人をガンフーへ求めたが、
「連れて行け、連れて行け。甘やかして育てたとはいえ、並みの男どもよりはよっぽど物の役に立つだろう」
と、むしろエルザを送り出すことに賛成する。
なのでシンは、仕方なしにエルザの申し出を受けた。
そして碧き焔のメンバーを集めると、エルザに聞こえぬようにそっと釘を刺す。
「わかっていると思うが、あの阿保娘はこの獅子族の族長の末娘だ。粗略に扱わない事は勿論の事、怪我などもさせないように十分注意しろ。リーダーはレオナ、副リーダーはゾルターン。敵中に深入りはしなくていい、捕虜を得るのが一番良いが、無理はしなくていい。あくまでも偵察が主体として行動してくれ。まぁ、お前たちならば万が一も無いだろうが、一応な」
こうして送り出した威力偵察部隊だが、三日後には騎兵として参加したジュリアらの三人が戻って来た。
「なに? 偵察小屋は蛻の殻?」
それどころか、周辺を探ってみたがラ・ロシュエル王国軍の姿どころか、軍事的な行動を起こした跡や、その足跡すら無いと言うのである。
他のメンバーもこちらに戻って来る最中で、自分たちはいち早くこの情報を伝えるべく、馬を駆ったのだという。
「どう思う?」
シンは共にその報告を受けたガンフーに問う。
「考えられるのは兵力の再編成。我らがここ数か月大きな動きを見せないのを見て、敵はここ、アルストゥーヌ砦に兵力を集中させ、我らの動きを封じるのが狙いかも知れぬ……だとするとこの敵の動きは、おまえさんが言う聖戦が始まると予兆かも知れぬな……最低限の兵を以てして我らを封じ、余った兵を帝国侵攻のために集めていると見るが……」
ついにか、とシンは身震いする。
「おそらくはそうだろうな。こうしちゃいられない、俺は直ぐにでも帝国へと戻らねばならない。だが、またあの山間を縫う迂回路を辿るとなると、相当な時間を食っちまう。何か他に近道は無いか?」
そう聞かれたガンフーは、自分の鬣を指で撫でながら思案に暮れる。何かを思いついたように、眉を僅かに持ち上げるが、直ぐにその考えを振り払うように首を軽く横に振った。
「あるにはあるが……やめておいた方が良いだろうな……」
何故だとシンが問う。
「うむ……その近道は通称、白骨街道と呼ばれておってな……その街道が何時頃作られたのかはわからぬが、アンデッドモンスターの巣窟と化しておるそうだ。遥か昔の言い伝えでは、何度か討伐軍が送り込まれたそうだが、ことごとく返り討ちにあったという。不思議な事に、アンデッドモンスターたちはそこから溢れ出て来る事も無いので、討伐軍を送り損害を出すのならば、迂回路を作ったほうが良いとのことで、誰からも放って置かれている道だ」
ガンフーが言うには、白骨街道が何時何のために作られたのかも定かでは無く、また何故アンデッドモンスターが大量発生しているのかすら不明であるという。
「そこを通れば近道なんだな?」
「平地を走る街道だからな。山を行くよりかは、かなりの日数短縮にはなるはずだであるし、敵もこの街道には兵を配して居ないはずだが……まさか、行く気か?」
勿論、とシンは頷く。戦略的価値も低く、ラ・ロシュエル王国も討伐軍などを派遣せずに放置しているとあれば、かえって好都合かもしれないと考えていた。
「事がこうに至っては、兎にも角にも、何をするにしても時間が惜しい。一刻も早く帝国へと戻り、反撃態勢を整えねばならないからな」
「こちらからは護衛の兵を出すことは出来ぬぞ。我らとて白骨街道の制圧に兵を出す余裕は無い。ここを手薄にして、敵に抜かれるわけにはいかぬのだ」
「わかっている。取り敢えず現地まで行ってみて、無理だと感じたら引き返すさ」
こうしてシンは急きょ帰国するべく、今や誰も通らぬ死の街道と化した、白骨街道を駆け抜けることに決めたのであった。
次回、地獄百足 こうご期待!




