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帝国の剣  作者: 0343
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深夜の決闘


 マーヤに投げ飛ばされたエルザは、空中で軽々と身を捻って優雅に着地して見せる。

 その動きだけで、瑞々しい肢体に秘められたポテンシャルの高さが感じさせられてしまう程のものであった。

 

「それを返しなさい!」


 レオナはエルザの右手を指差し、叫ぶ。

 エルザの右手には、シンから剥ぎ取った下着が握られていたのだ。

 幾ら婚約者の物とはいえ、下着如きに然したる興味をエルザは持ってはいなかったが、目を怒らせているレオナを見て気が変わった。

 レオナを見てエルザの直感がこう告げたのである。この女がシン様の正妻候補に違いないと。

 ならばここで、この女を打ちのめして力を示し、正妻の座を奪い取れば良いのだ。

 これは力の強弱に重きを置く、実に獅子族らしい考え方である。

 そのエルザの不穏な瞳を見たレオナは、最早実力行使もやむを得ぬと身構えた。

 こうして深夜の女の意地と地位を賭けた戦いの火ぶたが切って落とされたのであった。


 天幕の中で鼾を掻いて眠っているシンは、外から女の争う声を聞いてやっと目を覚ました。

 敵襲かと、天国丸を引き抜きつつ跳ね起き、暗闇でも見えるようにと、即座に目に魔力を宿す。

 この時点でまだシンは、自分が下半身丸出しであることには気づいていない。

 シンの注意力は己自身にでは無く、完全に外の喧騒へと注がれていたがためである。

 シンは注意深く天幕から出ると、すぐ傍に突っ立っていたマーヤを見つけて声を掛ける。


「マーヤ、敵か?」


 そう問われたマーヤは一瞬考えてしまった。目の前で今、レオナとシンの下着パンツを取り合っているあの女は敵なのだろうかと……

 仕方なしに、首を軽く傾げながら未だに下着の取り合いを続けている二人を指差し、その判断をシンへと丸投げすることにした。

 そしてその瞬間、マーヤはついに見てしまったのだ……シンの丸出しの股間を……


「あいつら一体何やっているんだ?」


 シンはマーヤに問いかけるが、当のマーヤはシンのある一点を見つめて微動だにせず。

 だが、段々と垂れ下がっていた尻尾が持ち上がり、大きく左右にゆらりゆらりと揺れ始める。

 それでもなお、マーヤの視線はある一点を見つめたまま。そして段々とマーヤの鼻息が荒くなり、頬が上気し始め出した。

 それもそのはず、マーヤは視覚だけでなく嗅覚でもシンの強い雄の成分を受け止めてしまっていたのだ。

 マーヤの様子がいつになくおかしく、そしてその瞳がある一点にのみ注がれ続けているのを、不審に思ったシンは、その視線を辿ってみる。

 その視線を辿った先には、間違いなく自分の身体であると知り、何かマーヤの興味を引く物でもくっついているのだろうかと下を見ると……そこにはいきり立つ自分の分身が丸出しの下半身が、その目に飛び込んで来たのである。


「はっ? うわぁああああ! 何で俺、フルチンなんだよ? おいおい、洒落になんねぇぞ!」


 シンは瞬時にして顔を羞恥に染め、慌てて後を向くが今度は尻が丸出しであることに気付き、慌てて天幕の中へと飛び込んで戻る。

 

「なんで、なんで?」


 と、慌てふためきながらも天幕の中に脱ぎ捨てられているであろう下着とズボンを探すが、ズボンは直ぐに見つかったものの、肝心の下着の姿はどこにも見当たらない。

 仕方なく下着を探すのを諦め、ズボンを直に履こうとするが、直立する愚息が邪魔をして手間取ってしまう。

 そうこうしている間にも、外の言い争いは激化の一途を辿っており、それが増々シンの焦りと正常な判断力を奪い去っていく。

 やっとのことでズボンを履き終え、再び天幕の外へと出る。

 マーヤは二人の戦いはそっちのけで、その視線は再びシンの股間へと釘付けとなる。

 シンはそんなマーヤを気恥ずかしさから、敢えて無視する事にして、言い争うから今や実力行使へと変わっている二人を注視する。


「あっ、あれ俺の下着じゃねぇか!」


 レオナとエルザは、シンが先程まで履いていた下着を相手に取られまいとして、力いっぱい引っ張り合っている。

 シンの履いている下着は麻で出来た至って普通の品。決して魔法が込められていたり、高価であったりするわけではない。

 なぜそれを二人が必死になってまで取り合っているのかは、全くの謎である。

 ともあれ、二人を止めようとした瞬間、下着が二人の力に屈して、びりびりと音を立てて真っ二つに破けてしまう。


「ああっ! 俺の下着が!」


 深夜の虚空にシンの悲痛な叫び声が木霊する。

 取り合っていた下着が引き裂かれてしまった以上、この勝負は引き分け……とはならなかった。

 レオナもエルザも、絶対的な優劣をつけるべく争いは増々激しさを増していく。

 その声と音に起こされてか、二人の周囲には段々と人が集まり始めている。

 

「何事じゃ、騒々しい!」


 遂には騒ぎを聞きつけ、族長のガンフーまでもがやってくる始末である。

 ガンフーはシンを見つけると近寄り、何故娘がシンのパーティのメンバーの一人と、取っ組み合いをしているのかを聞くが、シンは知らんと興味なさ気に首を横に振るのみ。

 シンは履き古して履き心地の良くなった下着を台無しにされただけでなく、マーヤに対して取り返しのつかないような醜態を晒してしまい、すっかりとむくれていたのである。

 ガンフーはそのシンの不機嫌そのままの態度を、極度に疲労してゆっくりと眠っていたところを、深夜に起こされたからであろうと判断し、それを咎めなかった。

 

「エルザよ、何でもよいからさっさと終わらせよ」


 取っ組み合いを続ける娘に、父親であるガンフーが檄を飛ばす。

 それにカチンときたシンもまた、レオナに喝を入れた。


「レオナ、何を手間取っている! お前ならば、瞬殺できるだろうが!」


 それを聞いたガンフーはこめかみにビキビキと青筋を立てる。


「婿殿、そいつは聞き捨てならねぇな……エルザはこれでも獅子族の女、儂自ら手塩に掛けて育てて来た。それを瞬殺だと? 言ってくれるじゃねぇか……おい、エルザ! 構わねぇから気を解放しろ! 一気に決着をつけてしまえ!」


 ガンフーが言う気とは、シンたちの云うところの魔力のことである。

 ガンフーも、その娘のエルザも、彼らが気と称する魔力を以って、シンのブーストの魔法と同じく自らを強化する事が出来るのだ。

 昨日の昼間の試しの儀でも、ガンフーはこの気を以ってして望み、ブーストの魔法を使っていたシンと互角の攻防を繰り広げたのである。

 シンは戦いの最中で、それらしき事には気が付いていたが、激しい攻防の最中にその正体を確実に掴むまでの余裕は無かった。

 戦いが終わった後もそれを探ることは出来なかった。何故なら、武芸者にとっての秘中の秘であるだろう技を、簡単に明かすとは思えず、無理に探れば関係が悪化することも考えられたため、その正体を探るこちは諦めていたのである。


「レオナ! 精霊魔法を使う事を許す。碧き焔の名に懸けて絶対に負けるんじゃねぇぞ!」


 売り言葉に買い言葉、最早外野であるシンとガンフーの方が、熱くなり始めている。

 また、周囲に集まって来た者たちからも二人に対して声援が飛び始めるようになっていた。


「姫! そんな耳長、コテンパンにのしちまえ!」


「そうだそうだ! 獅子族の強さを外の連中に教えてやれ!」


 獅子族の若者がエルザに声援を飛ばすと、それを聞いたエリーがすかさずレオナに檄を飛ばすといった有り様である。


「レオナ、勝つのよ! 勝って正妻の座を不動のものにするのよ!」


 親友であるレオナを、エリーは拳を振り上げながら応援する。

 下着の引っ張り合いから始まった二人の争いは、今や正妻の座を決める一代決闘と変わり果てていた。

 二人の頭上に、ロラが光の精霊であるスプライトを飛ばし明かりを灯すなど、着々と決闘の舞台は整えられていく。

 ここまで来たら、レオナ、エルザとも引くことは出来ず、とこのとんまでやり合うしか道は無い。

 こうして、後々まで語り継がれていく深夜の決闘が、今まさに始まらんとしていた。


 

 

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