天長地久
ガンフーの一撃を受け止めたにも関わらず、派手に吹き飛ばされたシンは、広場の硬い地面にしたたかに背中を打ちつける。
受け身を取ろうにも、痺れてしまった両腕は武器を離さずにいるのが精一杯。
身に受けた衝撃により肺から無理やり空気が押し出し、その空気は気道を伝って口から無理やりに吐き出され、シンは苦悶の表情を浮かべる。
それでもなお、横に回転して次の一撃を避けたのは、戦士としての本能であろうか?
転がりながらも、揺れ、霞むシンの目が捉えたのは、つい先程まで背を預けていた地面にめり込んだ、鉄の棒の先端であった。
シンは追撃を避けるため、そのまま回転し続けるがガンフーは追い討ちを掛けては来なかった。
むしろ、シンに立てと言わんばかりに堂々と、そしてふてぶてしくその場に仁王立ちをしていた。
これにはシンの戦士としてのプライドが酷く傷付いた。本気の勝負で、相手に手を緩めて貰うことほど嫌なものは無い。
跳ね起きたシンは、大きく息を吸い込んでは吐きを数度繰り返して、体の隅々まで意識して酸素を送り込む。
「おい、おい! あのガンフーとかいうおっさん、強いなんてもんじゃねぇぞ!」
ブースト状態のシンを、あそこまで派手に吹き飛ばす人間がいるとはと、パーティの誰もが皆、顔色を青ざめさせる。
「シンが言っていた噂話の類は、本当だったんだな……怪力もそうだが、踏み込みの速さも尋常では無い……これは拙いぞ、シン!」
あの怪力ならば、目の前で馬を素手で引き裂かれたとしても、誰もが納得するだろうとハンクは思った。
「……師匠……自分は、何と愚かだったのか……あんな化け物を、初撃の一刀で倒せるはずがない。それなのに自分は…………」
カイルは拳を握り締め、歯を食いしばる。そして自分の未熟な思い上がりに対して、怒りすらこみ上げて来たのであった。
「ねぇ? シンさんは勝てるよね? ねぇってば!」
不安げな表情で、隣に佇むレオナの肩を揺するエリー。だが、レオナはそのまま広場から視線を逸らさず、ただただ沈黙を貫く。
レオナが答えてくれないので、エリーは仕方なしにその隣にいるマーヤへと声を掛けようとして驚いた。
マーヤの自慢の尾が、今まで見たことの無いくらいにしゅんと萎縮し、垂れ下がっているではないか。
この二人の様子を受けたエリーは、全身に得もいえぬ不安と緊張を漲らせた。
シンはゆっくりと棒を構えながら、この強敵にどう立ち向かえばよいのか思案を巡らせる。
ふぅ、やっと腕の痺れが消えたし、呼吸も落ち着いた。どうやら俺は相手を見誤っていたらしい。
ガンフーを人間だと思っていたが、あれは武器を持った魔物に等しい。体に負担が掛かるのは承知で、ブーストの魔法のリミッターを外すしかないな……極度の短期決戦で仕留めたいが、まぁ、無理だろうな……
「待たせちまったみたいだな。これからは俺も本気で行かせて貰うぜ」
棒の先端をガンフーへと向けながら、シンはそう宣言する。
「ふん、粋がりおるわ小僧。先程の一撃が、儂の全力だと思うてか?」
それを受けたガンフーは、熱い筋肉で覆われた胸板を逸らせてふんぞり返ってみせる。
思っちゃいねぇさと、シンは口中で呟きながら静かにブーストの魔法のリミッターを解除した。
シンの両目の赤光が強まったのを見たガンフーは、舌なめずりをする。
それは良き獲物に出会えた肉食獣の微笑みにも感じられる、そんな仕草であった。
それを見たシンは、臆するなと己の心に大喝する。
どちらが先に動いたのだろうか? ほぼ同時に両者は土煙を上げて踏み出すと、一撃一撃が死へと誘うであろう打ち込みを、それこそ常人の目には映らないであろう速度で激しく打ち合う。
鉄の棒と鉄の棒がぶつかる度に、重苦しい金属音と激しい火花がはじけ飛ぶ。
「ただの棒ではないとは思っておったが、ありゃ一体何で出来とるんじゃ? あれほどの打ち合いにても、折れも曲がりもしないとはの…………」
そのゾルターンの呟きを耳に拾った獅子族の戦士の一人が、広場から目を離さずに答える。
「あれは獅子族に伝わる秘宝、天長地久だ。我らが長が握るは天の棒、竜殺しが握っているのが地の棒。あれはこの地に伝わる神話で、神が我らに与えたもうたとされる秘宝中の秘宝よ。どんな力を加えようとも、熱を加えようが、冷やそうがあの形のままビクともしねぇって代物だ」
それを聞いたゾルターンは、ううむと唸り声を上げつつ考えた。あの一対の棒は、シンの刀と同じ神がお造りになられた、アーティファクトではないだろうかと。
このゾルターンの考えは正に正鵠を射ていた。この天長地久と呼ばれる棒は、かつてこの惑星をテーマパークとして作り変え、魔物と人間を配した際に、人間側が魔物に駆逐され続けていくのを見た製作者たちが、これを以ってして魔物に対抗するようにと、人間たちに与えた武器の一つであったのだ。
二人の激しい打ち合いは激化の一途を辿って行く。
シンの一撃をガンフーが受け止め、返す一手をシンがまた受け止める。
両者の踏み込みにより地面はひび割れ、踏ん張りによって大きく抉れる。
ブーストの魔法を全開にしたシンと、ガンフーとの力比べは傍目に見れば拮抗しているとも思えた。
だが両者の間には確たる隔たりが生じ始めていた。
それは技量。両者の力が拮抗していたとしするならば、より棒術に長けた方が勝のは道理。
ガンフーはこの天長地久に慣れ親しんでいるが、シンはそうではない。
そもそもシンは棒術に関しては全くと言って良い程に無知であり、今何とか戦えているのはザンドロックに習った槍術を応用しているためであった。
ゆえにシンの攻撃には突きが多く、攻撃が単調になりがちである。
糞っ垂れめ! 全く隙がねぇじゃねぇか……このままだと魔力切れで何れは負けちまう。ええい、一か八かよ! 俺のフルパワーが勝つか、ガンフーが勝つか、飛び込んで競り合うしかねぇ!
覚悟を決めたシンは、鼻息荒く猛攻を加えながら一歩、また一歩と間合いを詰めていく。
これをガンフーは涼しい顔をしながら受け止めていたが、内心ではシンの力に舌を巻いていた。
かつて自分とこれほどまでに戦えた人間はいたであろうか? 否、ただの一人もいはしなかった。
このまま茶番で終わらせるには惜しいほどの好敵手。ガンフーの内にある戦いの欲が、どんどんと肥大していく。
「うおぉらぁあああ!」
「ぐぬぅっ!」
ガンフーが一手を返す間にシンは、二手、三手と手数を増やして畳み掛けて圧倒しようとする。
が、ガンフーの熟練の棒術を前にして、今一歩足りず、決定的な一打を加えるには至らない。
それでもシンは、手を休めず次々と攻撃を操り出し、遂にガンフーの棒を捉え、そのまま押し合いへと持ち込むことに成功する。
両者その力比べに負けじと、両脚にがつりと力を込めて踏ん張り続ける。
呼吸をする間も無い、純然たる力比べ。二人の顔は酸素の欠乏により、赤く、そしてそれは段々と黒味を増していく。
「ふんぬっ!」
ブッと、シンの両鼻から鼻血が吹き出す。
「ごあぁあああ!」
ガンフーの両目も血走り、真っ赤に充血している。
両者の踵が固いはずの地面に、泥沼のごとくズブズブと沈んでいく。
果たしてこの力比べをどちらが制するのであろうか? 固唾を飲んで見守り続ける見物人たちを尻目に、二人の力比べは増々熱を帯びていく。
「シン様!」
広場の静寂を突き破ってシンの耳に届いたのは、一人の女性の声。聞き間違えるはずもないレオナの声は、シンに最後の力を振り絞らせる。
男という生き物は、女の前では誰しもが恰好を付けたがるものである。
ましてそれが、好いた女であるならば、なおさらのこと。
ここが力の使い所とばかりに、シンは体中の筋肉が悲鳴を上げるのも無視して四肢にこれまで以上の力を込めた。
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更新が遅くなり申し訳ありません。明日は、もう一方の作品を更新したいので、帝国の剣はお休みします。




