力試しの朝
冒険者であるからには、食べれるときにはきっちりと食べておくのが当たり前。
舌鼓を打ちつつ、出された料理の全てを平らげたシンたちは、宛がわれた天幕へと引取ると集まった。
天幕の天井付近をロラが呼び出した光の精霊であるスプライトが、ふよふよと漂う中でシンたちは、車座になって話し合う。
「おい、シン! まさか、あの化け物とやり合う気なのか? やめとけ、下手すりゃ死ぬぞ」
「シン、考え直せ。あれは、見ただけでも相当の者だぞ。そりゃ、お前が負けるとは思わんが、それでもな……」
ハンクとハーベイは一流の戦士である。今まで生き延びて来れたのも、一流の戦士が持つ強さを嗅ぎ分ける鋭い嗅覚のお蔭と言っても過言では無い。
その二人がガンフーを見ただけで、常識外れの強者であると警告する。
「シン、二人の言う通りじゃぞ。戦いは極めて不利と言わざるを得ぬ。向こうはお主を殺せるが、お主はあの者を殺せまい。殺してしまえば、交渉の意味がないからのぅ。だが、手加減して勝てるような相手ではないのは確かじゃぞ。何ぞ策でもあるのか?」
シンの実力を誰よりも知る一人であるゾルターンですらもが、相手が悪すぎると止めにかかる。
「いやぁ、でもよ……帝国の看板背負っちまってるからなぁ……やるしかねえんだわ」
策なんてありゃしねぇ、当たって砕けろだとシンは投げやり気味に言い放つ。
「師匠、ならば自分が、自分にやらせて下さい!」
「カイル……その意気込みは買うが、お前、あれに勝てるか? お前の抜き打ちは天下一品だが、もし仕留めそこなったら……って、仕留めちゃ駄目なんだって。あくまでも力比べなんだからな」
そうカイルに告げた後シンは、マーヤが身を乗り出し、レオナが口を開こうとするのを先に手で制した。
「二人の気持ちはありがたいが、向こうの御指名はあくまでも俺だ。代理人を立てるわけにはいかない」
そう言われてしゅんと肩を落とす二人に、シンは大丈夫だと微笑んだ。
「それにしても、どうして向こうは力比べなんて言い出したのでしょうか? 何か意味があるのでしょうか?」
言葉を発したロラだけでなく、その場に居る全員が抱く疑問。
シンも皇帝から聞かされた時から、ずっと考えていたことであったが、明確な答えを得るには至っていない。
「俺も考えたんだが、今一つピンとくる答えが出てこないんだ。帝国と亜人諸部族とでは、国力に差がありすぎる。なので、個人的武勇を示すことで交渉に際して、より有利な立場を得ようとしているのか……それとも、あいつ個人の矜持によるものか……あるいはその両方か……」
「個人の矜持というよりは、亜人諸部族全体のとは考えられぬか? 帝国は愚かな先帝の発した亜人追放令のおかげで、悪印象を持たれているからの。迫害を受けた方からすれば、代が変わり多少情勢が変わったとて、素直にはいそうですかと組む気にはなるまいて」
「なるほど、流石は賢者様だな……そうか、個人では無く群れ全体の……いや、待てよ……だとしても、帝国と組まなきゃジリ貧、遅かれ早かれラ・ロシュエルに滅ぼされる。となると、向こうも俺を殺すわけにはいかないってことか?」
「かも知れぬが、油断は禁物じゃぞ。人の気なぞ、山の天候よりも移ろいやすいものじゃからの。それに弾みで、ということもあるじゃろうて……」
「そうだな、油断は禁物だな。どちらにせよ、あの化け物じみた相手ならば、手を抜かれようがそうでなかろうが、全力でやるしかなさそうだ。しかし、あれとやりあうのか……しんどいな。エリー、すまんが治癒魔法の用意を頼む」
「それはいいけど、死なないでよね。怪我ならいくらでも治してあげられるけど、死人を生き返らせる事なんて出来ないんだからね」
心配するエリーにシンは、わかっていると頷いた。
「師匠、相手の手の内がわかれば対処のしようもあるのでは? 例えば、得意な得物だとか、使う武術の流派だとか……」
「グイード、お前の言うことはもっともなんだが、それがな……伝わって来た話の全てが、滅茶苦茶なんだよ。曰く、敵陣に単身乗り込んで壊滅させただの、素手で馬を引き裂いただの、嘘か真か判別のつかない話ばかりでな……結局は、対峙してみなきゃわからないってところだな。あ、そうそう、もし俺が負けたり、死んだりしても仇を討とうとか考えるなよ。もし、俺が死んだときのことはオイゲンに一任してあるから、その指示に従ってくれ」
「師匠!」
いきり立つカイルを、シンはその両肩を抑えて宥める。
「カイル、落ち着け。万が一の場合のことだ。俺だってまだ死にたくはないからな、それにやらなきゃいけないこともまだあるし。だけども、その万が一の死を覚悟せねばならない相手だよ、アイツは……それじゃ、明日に備えて寝るとするか。それにしても久しぶりだな、全力を出すのは……マラクと戦った時以来か……」
ギュッと拳を握り締めるシンの目が、見た者が震えあがるような闘志を宿す。久々の強敵と相見えた喜びであろうか? 己の内を駆け巡る、熱い血潮の滾りを沸々と感じていた。
ーーー
翌朝、シンは自分の準備が整った事をガンフーへと伝えた。
「良いのか? もっとゆっくりと旅の疲れを癒してからでも良いのだぞ?」
ニヤリと口の端に笑みを浮かべながらそう言うガンフー。
それに対してシンも、軽い挑発のジャブを返す。
「構わないさ。俺は面倒を後回しにするのが嫌いなんでね。そういうのはさっさと片付けるに限る」
小僧、言いよるわと、ガンフーは大口を開けて大笑する。
昨晩の話し合いの後、シンは直ぐに床に就いたが、翌日の激しい戦いを前にして体が疼き、夜が明ける直前まで眠りに就くことが出来なかった。
そのため僅かしか眠ってはいないが、身体は既に臨戦態勢に入っているがために、眠気などは吹き飛んでしまっていた。
ガンフーに連れられて赴いた先は、丁度この集落の真ん中である広場であった。
シンは少しだけ時間も貰うと、体操や柔軟運動をして体をほぐし、温める。
その間にも獅子族の戦士たちが、広場を取り囲むように次々と集まって来る。
その獅子族の戦士たちは、柔軟運動をするシンの体の柔らかさにどよめいている。
「待たせたな」
「構わぬ。ほれ、これが得物だ。この鉄棒を以ってして打ち合う。手足も自由に使って良い。勝敗は、降参するか、気絶するか、死ぬかの三つのみ。何か聞きたいことはあるか?」
ルールは馬鹿でもわかる簡単なもの。勝敗を決する三つの内の一つは死であり、それを選ぶことが出来ない以上、降参と気絶の二つであると考えねばならないだろう。
「魔法はどうなんだ? 使ってもいいのか?」
「好きにしろ」
そう言うガンフーの顔からは、絶対強者の風格がもたらす余裕の笑みが零れている。
「そうか、それじゃ遠慮なく使わせて貰うぜ」
とは言っても、使う魔法は身体強化魔法であるブーストのみ。他の魔法を撃つだけの余裕を、この目の前にいる強敵が与えてくれるはずも無い事を、シンは戦う前からわかっていた。
「それじゃ、始めるぞ……せいぜい楽しませてくれよ、帝国の英雄よ!」
両者向かい合い、十メートルほど距離を取る。
対峙した瞬間から、シンの青い瞳は魔力を帯びて真っ赤に光り輝き始める。
審判役の合図とともに、両者鉄の棒を構えて地を蹴り距離を一気に詰める。
「うぉらあ!」
気合いの掛け声と共に襲い来る横凪を、シンは棒を立てて受け止めにかかる。が、次の瞬間、シンは宙を舞っていた。
ガンフーの一撃を、ブーストの魔法を掛けていたにも関わらず、シンは受け止める事が出来なかったのである。何という重い一撃であり、何という怪力であるか。
宙を舞うシンは勿論のこと、シンを知る者全てがその光景に驚き、ただの一言も声を発する事も出来ずにいたのであった。
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