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帝国の剣  作者: 0343
408/461

族長ガンフー


 コール族の案内で、シンたちは無事に獅子族の居留地へと着くことが出来た。

 居留地となっている平原には、いくつもの天幕が張られており、一見すると獅子族は遊牧民のようにも見える。

 そのことをシンは、案内をしてくれたコール族の若者に尋ねてみると、その若者は悲しげな顔をしながら首を横に振った。


「ここは本来獅子族が居を構える場所ではありません。ここは街でも村でもなく、ここに居る者たちは老いも若きも男も女も、ラ・ロシュエル王国と戦う戦士たち。ここはその戦士たちが集う場所、とでも言いましょうか」


 なるほど、とシンは納得した。言われてみれば、生活感はあるものの、そこに根付いたといった感じでは無い。

 要するにここは、ラ・ロシュエル王国と戦うための前線基地ないし、その類のものなのだろう。

 しっかりとした建物ではなく、設置や片付けが簡単な天幕である理由は、彼らが頻繁に移動していることを意味するのだろう。

 ここにいる獅子族の戦士たちは、本拠地を持たずに移動しながら、ラ・ロシュエル王国に対してゲリラ戦を仕掛け、その侵攻を妨げているのだ。


 帝国の南部よりもさらに南に位置するとはいえ、今は冬真っ只中。吹き付ける風も冷たく、天幕ではきちんと暖を取るには些か厳しいかと思われた。

 すれ違う人々や、天幕の入口から、シンへと幾つもの視線が突き刺さる。

 帝国でも有名人であるシンは、この手の視線には慣れているつもりであったが、どうもその視線に含まれているものが、好奇の類ではないように思えてならなかった。

 居留地の中心にある一際大きな天幕へと案内されたシンは、促されるままにその中へと入って行った。

 以外にも天幕の中は、外からの風を一切遮断して、思いのほか暖かく感じられた。


「案内御苦労だったな。天幕と食事を用意してあるから、ゆっくり休んでくれ」


 腹の底に響くような野太い声が、ここまでシンたちを案内してくれたコール族の若者に降りかかる。

 彼らはびりびりと天幕内に伝わる声に、びくりと背筋を震わせ謝辞を述べると、いそいそと天幕を後にする。


「よう、おめぇさんが竜殺しのシンだな? なるほど、なるほど……普人族にしちゃあ中々に良い面構えをしている。俺の名はガンフー、獅子族の長だ」


 声の持ち主は、座っていても二メートルは優に超えるだろうと思われる巨体であり、獅子に相応しい立派なたてがみと睨み付けただけで気の弱い者ならば失神しかねない、力のある金の瞳を持つ、獅子たちの頂点というに相応しき男であった。

 そのガンフーと目があったシンは、途端に息も出来ぬほどの重圧を感じてしまう。ガンフーの金の瞳がシンの全身を舐めまわすように見つめ、その視線を受けたシンの心拍数が跳ね上がる。

 だがそれとともに、その視線には少しだけシンは違和感も感じていた。シンの強さを計るというだけではなく、その他にも何か探っているような、そんな違和感である。

 ともあれ、今シンはそのような些細な違和感に、いつまでも気を巡らせているどころではない。

 シンの歴戦の勘が、目の前に居るガンフーという男が、自分に勝るとも劣らぬ屈強な戦士であることを告げている。


 ヤバイ、こいつは本当にヤバイ……ザギル・ゴジンや銀獅子、彼らと同じ絶対的な強者の香りがプンプンしてきやがる。出来る事なら穏便に事を済ませたいが………………無理だろうな…………だが、やりあったとして、俺はコイツに勝てるだろうか? エル……すまねぇが、もしかするともしかするかもしれないぜ……


 シンは焦りを感じる心の内を悟られぬようにと努めながら、形式通りガンフーの前に跪き、これまた形式通りに名乗りを上げる。


「お初にお目にかかりまする。ガラント帝国にて、相談役に就いておりますシンと申します。此度は両国の友好と協力を深めるために、まかり越しましたる次第で御座いますれば……」


「型っ苦しい挨拶はいい。兎に角そこに座りな、若いの……」


 天幕の中は床に敷物が敷かれており、その上に幾つもの動物の毛皮が出来る限り隙間の無いように敷かれている。

 ガンフーはその毛皮のひとつの上に、胡坐をかいて座っていた。シンもそれに倣い、向かい合って同じように胡坐をかいて座った。

 

「此度は某との腕試しがご所望とのこと……」


「そう、急くな……どうも、若い奴はせっかちでいかん。先ずは何にせよ、おめぇさんの旅の疲れを取ってからだ。今、酒と料理を用意させる」


 最初にその威に呑まれてしまい、相手に主導権を完全に握らせてしまったことを、シンは少しだけ後悔していた。

 これならばいっその事、傍若無人な振る舞いを見せて、相手がどう反応を見せるのか、試した方がマシだったかも知れないと思った。

 

「なぁ、酒はいけるんだろう? 女の方はどうだ? 女も欲しけりゃ幾らでも用意するぜ?」


 即答しなかったシンの背に突き刺さるような二対の視線と、ぎりりという奥歯を力いっぱい噛みしめたような音が耳に聞こえてくる。そしてそれらを発する主が、はっきりとわかる殺気を向けて来た瞬間、シンは弾かれたように返答する。


「いや、いや結構! お気遣いはありがたいが、遠慮させて頂きます」


 ここで万が一にも鼻の下を伸ばそうものならば、後でレオナとマーヤの二人に八つ裂きにされかねない。


「そうか? 遠慮はいらぬぞ? おめぇさんにとっては最後の夜になるかも知れんのだぞ?」


 その最後の一言がシンに火を点けたの。てめぇ、この野郎……安っぽい挑発をしやがってと、そう思いつつも努めて顔に出さぬよう努力したが、目に溢れる闘志を隠しきる事は出来なかった。

 それがシンの若さだろう。逆にガンフーは老獪そのもの。

 隠し切れないシンの闘志を見て、口許を綻ばせる余裕がある。


「まぁいいやな、欲しくなったら遠慮なく言ってくれや」


「来て早々ではありますが、本題に入りたいと思います。某との腕試し、どうしてもやらねばなりませんか?」


「ああ、俺は……俺たちは弱い奴等に付く気はねぇ。俺たちの助力を望むなら、それなりに色々と示してもらわねぇとな」


 こういった考えは嫌いではないが……とシンは思いつつも、今一度ガンフーに対していま現在の状況や、帝国と組むメリットなどを説明する。


「条件は悪くねぇ……あくまでも帝国は俺たちと対等であらんとするその姿勢も好ましいものに思える。だが、駄目だ。帝国が俺たちの力添えを欲するならば、シン……帝国の代表であるお前が、俺と戦って勝つしかねぇ」


「他に道は?」


「ねぇな」


 即答である。取り付く島もないとは正にこの事だろう。

 やはりやるしかないのか、とシンは覚悟を決めるものの、次から次へと嫌な脂汗が吹き出してくる。

 そんなシンを見てガンフーは、ニヤリと笑う。亜人は嗅覚が鋭い。シンの身から滲み出す脂汗の匂いを、察知したのだろう。


「まぁ、今日の所はなしだ。おめぇさんが疲れを癒してからでいいわな……」


「随分と余裕かましてくれるな……驕っていると足元を掬われるぜ?」


「はっはっは、この俺に向かって軽口叩くとは大した度胸だ。気に入ったぜ。だがよ、おめぇさんの方こそ驕っているいんじゃねぇのか? この俺に勝てるとでも思ったのかよ? 小僧」


 二人の間に殺気が漲る。そんな二人を見守る者たちには、不可視であるはずのそれが、バチバチと火花を散らしているように感じられた。

 天幕中に漲りつつある殺気が、不意に掻き消える。二人の殺気を消したのは他でもない、暖かな湯気を立てている料理の香りであった。


「良い匂いだ」


「おう、遠慮せずにじゃんじゃん喰え」


 運ばれて来た鳥の丸焼きを、ガンフーは手掴みで引き裂き、骨ごとバリバリと音を立てて咀嚼する。

 シンも骨ごととはいかないまでも、ガンフーと同じように行儀悪く手掴みで鶏肉を頬張る。

 

「いい喰いっぷりだな、ほれ」


 そう言ってガンフーは空になったシンの酒杯に酒を注ぐ。

 

「おっとっと」


 並々と注がれた酒をシンは一息に飲み干す。


「おう、飲みっぷりもいい。ほれほれ」


 ガンフーはシンに息をつかせる間もなく、再び酒杯に酒を注いでいく。

 シンはガンフーに進められるがままに、酒を飲み、料理を喰らった。

 そんな二人を、同じく酒と料理を振る舞われているレオナたちは、呆れた目で見つめていた。

 それもそのはず、先程まで殺気を漲らせて火花を散らしていた二人が、今や親子のように互いの酒杯に酒を注ぎあい、和気藹々と談笑しているのだから。

 そのままシンたちは食事と酒を存分に楽しんだ後、用意された天幕へと引き上げたのであった。

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