最後の忠告
シンたちはそのまま冒険者たちの相手をして時間を潰し、日暮れと共に訓練場を引き上げた。
「これはこれで良かったかもな。俺たちがカールスハウゼンに居るという話が広まれば、間者の目もこの地に集まって今後動きやすくなるからな」
「では、予定通り明日の夜に出発ですか?」
「ああ、取り敢えず今晩は軽く一杯引っ掛けて、これからのための鋭気を養おう」
シンはレオナと今後の予定などを話ながら、とある一軒の酒場を目指す。
その酒場は、日暮れと共に開店し夜明けと共に閉店するという、現在の日本の居酒屋のような営業形態をとっている。
完全に酒場としてのみ営業しており、他の店のように宿屋を兼業していたり、食堂を兼業していたりということは無いらしい。
「夜だけ、それも宿や食堂の兼業じゃないのか? それだと明かり代が嵩むだろうし営業が成り立つのか?」
シンはその酒場を知るハンクとハーベイに聞いてみるが、二人は行けばわかる、店に入ったらきっとみんな驚くぞと言って教えてはくれなかった。
その一風変わった営業形態である迷宮の明かり、という看板を掲げている酒場に到着する。
「さぁ、入った、入った」
まるで自分の店かのように、一行を呼び込むハーベイに思わずシンたちは苦笑する。
「おう、待ってたぜ!」
店に入った途端、奥のカウンターから懐かしい野太い声が掛かる。
空気がこもる迷宮内で、大声だろうが小声であろうが良く通る野太い声……それはかつてシンに迷宮のイロハを教えてくれた、荷物持ちのグラントであった。
その声を聞いた途端、シンの胸に熱いものがこみ上げる。ぶわっと、脳裏に迷宮での数々の出来事、ここカールスハウゼンでの修行の日々、様々な人々との交流など、次から次へと思い出が溢れ出す。
それは、たった数年前の出来事ではあるが、それは遥か昔の事のように感じられてしまうのは、その後の人生の密度の濃さによるものだろうか?
「なに入口でボーっと突っ立っていやがる。今日はお前たちが来るからと、他の客を追い出して貸し切りにしといたんだぞ。さぁ、入った、入った!」
その声に導かれるように、シンは奥のカウンターへと歩み寄った。
「グラントさん、お久しぶりです!」
「おう、シン! 相変わらず無茶やってるみたいだな。レオナ、エリー、カイルも元気そうで何よりだ。ん? おい、クラウスは? あのやんちゃ坊主はどうした? おい、まさか?」
グラントはシンたち一行の中に、碧き焔の盾であるクラウスの姿を見つけられず、顔色を険しくする。
「クラウスなら心配ない。あいつは今、帝都で近衛騎士になるための修行中さ、このまま何事も無ければ今年の終わりには、アイツは立派な近衛騎士様になるはずだぜ」
「なんだって? そいつはなんというか……まぁ無事ならばそれでいい。それにしても、相変わらずお前たちのやることは滅茶苦茶だな。しかし、あのクラウスが近衛騎士ねぇ……大丈夫かこの国は……」
平民であるクラウスが騎士、それも近衛騎士である。これは一昔前では考えられない事であり、このグラントの反応は至って普通のことであった。
「へっへっへ、騎士になったのはアイツだけじゃないんだぜ。実はよ、俺とハンクも皇帝陛下より直々に騎士の位を授かってるんだぜ」
ハーベイが胸を張り、その張った胸をドンと拳で叩きながら自慢すると、グラントは驚くよりも半ば呆れた顔をした。
「おいおい、騎士の大安売りかよ? ハンクは兎も角として、騎士からある意味一番遠い男を騎士にしちまうなんて、本当にこの国は大丈夫なのか?」
それを聞いたシンたちは、笑いを堪える事が出来ずに爆笑する。
確かにハンクならば、その優し気なマスクと生来の穏やかな気性から来る普段の言動などから、騎士や貴族だと言われてもおかしくはないが、見た目がシンと同じ、荒くれ者丸出しのハーベイを見て、騎士を連想する者は皆無だろう。
「ひっでーな! まぁ、ここに居る奴等は、全員騎士か導師なんで自慢にもならねぇんだけどな」
これにはグラントも素直に驚いた。老人であるゾルターンを除くとして、二十代後半のハンクとハーベイは年齢的に中堅の冒険者。だが他はグラントから見れば、シンを含めて駆け出しに毛が生えた程度の年齢である。
特にカイルやエリーの昔を知るグラントは、この二人がそのような位階を授かっているとは考えもしなかったのである。
「おいおい、それじゃあ何か? カイルやエリーも騎士なのか? 嘘だろ、おい!」
「本当よ、カイルは騎士、私は導師だけどね」
エリーも懐かしい知人に会えた喜びが、その声に満ち溢れているのがわかる。
「なんてこった……これだから人生ってやつは面白い。数年でこうもみんな変わっちまうんだもんなぁ…………おっと、いけねぇ、さぁみんな席に着いてくれ。今日は俺の奢りだ、いくらでも好きなだけ飲み食いしていってくれよな」
「おっ、流石はグラントのおっさん! 気前がいいぜ!」
ハーベイを皮切りに、皆の口から歓声が上がる。
席に着くと、直ぐに給仕たちが酒と料理を次々に運んで来る。
「これまでの日々と、これからの栄光に乾杯!」
杯が高く掲げられ、乾杯の音頭が酒場内に響き渡る。
先程まで冒険者たちの質問に答えていたシンたちは喉がカラカラで、直ぐにエールを飲み干し、二杯、三杯と杯を重ねていく。
「グラントさん、大丈夫なのか? こいつら滅茶苦茶飲み食いするぞ?」
そのペースの速さを見て心配になったシンが、グラントに申し訳なさそうに尋ねると
「なぁに、気にするな。お前たちが来た酒場ってことで、明日からは満員御礼になるのは確実だからな。元どころか、多分儲かりまくってしょうがないぜ」
俺の店も箔が付くってもんよ、とグラントが豪快に笑うの見てシンは胸を撫で下ろす。
「それにしても夜なのにこの明るさは凄いな……この天井から吊るされているのは魔道具か? ライトの魔法が掛かっているようだが……」
「うむ、ライトの魔法に間違いないじゃろうな。しかも使い切りでなく永久式……店主、これは相当値が張ったであろう?」
魔法とくればどんなことでも口を挟まずにいられない、そんなゾルターンも天井から放たれる煌々たる光に眼を細める。
「おう、爺さんわかってるじゃねぇか。こいつはこの店のもう一つの看板さ。こいつは俺の冒険者時代の貯金を全て叩いて買ったもんでな……名前は、確か……永光灯とかいったっけな? まぁ、これが買えたのはシンのおかげなんだがな」
「俺の?」
「そうさ、残念ながら俺が人生の約半分を掛けて貯めた金だけじゃ、こんな便利な魔道具を買う事なんて出来やしない。シン、お前が地竜を倒してくれたおかげなのさ。あの時の金を足して、やっとこいつが買えたんだ。だがこいつを有り金叩いて買って良かったぜ、コイツのおかげで店は有名になるし、何より高い油代に悩まされることもないんだからな」
店も順調なようで、シンはホッとする。
その後も和気あいあいと語り合い、飲み明かす。
「シン……お前幾つになった?」
そう問いかけるグラントの声に明るさは無く、かつて迷宮で散々受けた忠告や警告と同じ質のものあ含まれていた。
「えと、確か二十二かな?」
「そうか……お前ももう立派な中堅ってとこだな……今から話すのは俺からお前に出来る、元冒険者としての最後の忠告だ。いいか、シン……歳をかさねていって少しでも身体が衰えたと思ったら、その時はすっぱりと冒険者を辞めろ。それでもまだ未練があるなら、俺のように第一線からは退いて荷物持ちなどにしろ。俺は今まで散々この目で見て来た……歳を取り、身体が衰えたにも拘らず、若い時と同じように突っ走って死んでいった者たちをな……」
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みんなバレンタインデーにチョコ貰えた? 有名ブランドのゴディバが義理チョコ止めようキャンペーンやってたけど、自分はその考えに大賛成です! だってお返しめんどいんだもん。




