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帝国の剣  作者: 0343
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シンと絵画と紙芝居 其の五


 シンは各劇団の座長だけでなく、商業ギルドの長もいるので丁度良いと思い、紙芝居を作る前から考えていた計画を明かす。


「各劇団には、紙芝居を作る金を出資して欲しい。そして講談師を行商などに付随させ、劇場で公演している劇の紙芝居を演じさせるんだ。良い宣伝になると思わないか? 一方、商業ギルドには講談師を雇って貰いたい。行商などに付随させて方々の街や村などで紙芝居を行えば、良い客引きになるだろう。それにギルド的にも製紙業が盛んになり画材も売れ、行商たちも客引きにより潤うから悪い話じゃないはずだ」


 なるほど、とその場に居る者たちは頷いた。確かにシンの言う通り、良い宣伝になるかも知れないと。


「なるほど、紙芝居で金を稼ぎさらに行商人の商品を売る。一石二鳥で儲かりますな」


 ギルド長もホクホク顔であったが、それにシンは待ったを掛けた。


「いや、それは駄目だろ。客たちに紙芝居で金を使わしたら、その後の売買の時に入る金が減るぞ。娯楽に飢えている客たちは初めて見る紙芝居に殺到するのは目に見えている。宣伝としてもそうだが、あくまでも紙芝居は無料で見せるのだ。そうすることで客もお得感が得られ、気を良くして後の売買の時の財布の紐が緩むことだろう」


「ああ、言われてみればそうですな。いやぁ、申し訳ない……ついつい目先の利益を追ってしまいましたわい。確かに宣伝も兼ねているのならば、その方が宜しいでしょうな」


 ギルド長は失敬、失敬と頭を掻いた。


「一つ宜しいでしょうか? 先程シン様は、他にも幾つかの脚本が御有りだと申されましたが……」


 ちょっと待ってろとシンは席を外すと、自室に戻って羊皮紙の束を持って来た。

 

「取り敢えず完成しているのは、これとこれだな……」


 シンが座長たちに手渡した羊皮紙には、びっしりと文字が書きこまれていた。

 そしてその一番上には、脚本のタイトルが示されている。


「……ズィーベンリッター、そしてこちらが妖精騎士物語……ふむふむ」


 座長たちは肩越しに、横からと先を争うようにしてシンの持って来た脚本を読む。

 ズィーベンリッターは某有名な映画、農村を襲う野武士たちから村を守るために奮戦する侍たちの話を、野武士を賊に侍を騎士に改編しただけのものであった。

 妖精騎士物語の方はこれも誰もが知る、お伽話である一寸法師を改変したものであり、シンのオリジナルでは無い。

 先の桃太郎を改変したプフィルズィヒリッターといい、このズィーベンリッター、妖精騎士物語といい、シンは出典を隠すつもりはさらさら無いので、素直にこれらの作品は自分の国のお伽話や劇を改変したものであると告げている。

 

「素晴らしい、素晴らしいですぞ! 両作品ともとてもわかりやすく劇にし易いですな。それでいて実に刺激的で、これならば多くの観客が喜んでくれるでしょう」


 学校などもない時代である。演劇にしろ何にしろ、学の無い者たちでもわかる内容でなければヒットはしないのだ。

 その点で、お伽話などは話の大筋はシンプルであり、実にわかり易いと言える。

 そもそもが、帝国の若き英雄であるシンが手掛けたというだけで、その内容がどんなに稚拙であろうとも大ヒットは間違いないのである。

 約束された成功を脳裏に描いた座長たちは、この三本の脚本を何としても手に入れねばと色めき立った。


「ああ、この三つの脚本は皆に無料タダであげるよ。と言っても脚本が三つしか無いから各劇場でやると演目が被っちまうな。そうだな…………話の大筋さえ変えなければ細部はどんどんアレンジして、各劇場ごとの色を出せばいい。そうすりゃ大本が同じ脚本でも、客も同じ演目だが今度はこっちの劇場に、となるかも知れないな。それで脚本を無償提供する、その代りと言ってはなんだが……一つ頼みがある。いや、一つじゃないな……先ずは宣伝媒体でもある紙芝居の絵を描く絵描きや、講談師たちを手厚く保護してもらいたい。それと各劇場とも、これらの脚本を使った際の売り上げの一割を、三教団が運営する孤児院へと寄付して頂きたいのだ」


「えっ? シン様の取り分は如何ほどでしょうか?」


 座長たちは頭の中で、目まぐるしく算盤を弾いている。シンが言った条件の売り上げの一割を寄付に回すとして、シンが取り分として五割、六割を要求しても儲けは出ると踏んでいた。


「ああ、俺は要らない」


「はっ? 今何と?」


「俺の取り分は無くていい。その代り、さっき言った条件を必ずや守って欲しい。俺の望みは、帝国の物心両面を豊かにすることだからな」


 脚本は無料、さらに自分は一切の報酬を必要としないという、ある意味で途方もない条件に、本来ならば喜ぶべきはずであったが、座長たちどころか商業ギルドの長までもが、大きく狼狽えてしまった。

 彼らは本当にそれで良いのかと、しつこいほどに確認をしたが、シンの意志は変わらず条件を変える事は無かった。

 これがシン以外の者が言ったのならば、かえって不気味に感じたのだろうが、ここでシンが今まで培って来た評判が活きることになる。

 無欲の人。シンは世間では度々そう評される。大功を立てても貴族にならず、自分から金品を要求したことも無く、官位を得ても役目が終わると直ぐに返上してしまう。

 もっともシンにとっては元々為政者になる気が無く、金品を要求するにしてもその尺度がわからないだけであり、官位も宰相や大臣らの多忙ぶりを見ては、登り詰める気など起きなかっただけであるが、世間一般ではその姿は清廉潔白と映っていたようである。


 そんなシンの提示した条件を、彼らは困惑しながらも飲んだ。


「わ、わかりました。で、ではその条件で……必ずやお守りする事を神の名にかけて誓いましょう」


 座長らの言葉にシンは満足気に頷く。


「ああ、それとな……この紙芝居、よく出来ているだろう? これを書いたのはマルセルと言う絵描きでな……」


 シンは無理を聞いてくれたマルセルのために、次の仕事の斡旋を行ったのだ。

 それを聞いた座長たちの中には、すでに腰を浮かしかけている者も多くいる。

 マルセルは当然一人である。それも腕はシンのお墨付き……契約は早い者勝ち、或いは金を積んだ方が勝ちだろう。

 シンは三つの脚本をギルド長に渡した。


「まずは複写しないとな。それは各々の懐から出してくれよ? ギルド長も行商人たちと講談師たちとの橋渡しを頼む。それと製紙業等の活性化もな」


「はい、お任せ下さい。契約書の方は……」


 各座長とも知らない仲では無い。皆を信頼しているよと、シンは敢えて契約書を交わさなかった。

 座長たちは若き英雄に信頼されたことに感激し、涙を浮かべる者までいた。

 そしてその場に居る全員が、その信頼に応えんと決意する。

 彼らは、シンの意気を買い自分たちも売り上げの一割を、孤児院へと寄付すると明言した。

 こうして冬の帝都は文化的、商業的な熱気に包まれ例年にない活気に満ち溢れることとなった。



ーーー



 この一連の騒ぎは、すぐに民衆へと伝わりまたしてもシンの評判は鰻登りに上がった。

 無欲の人ではなく、慈愛の人であると民衆たちはシンを讃える。

 その話は直ぐに近臣たちから皇帝の耳へと入る。

 話を聞いた皇帝は、あの者のやることだと大いに笑ったという。

 そして傍に控える近侍の者たちに、なぜシンは利益を求めなかったかを問うてみた。


「……小官が愚考致しますに、シン殿は目に見える利益よりも評判をお買いになられたのではありませぬか?」


 そう答える者に皇帝は、満足気に頷きながらもそれでは満点はやれぬなと、微笑んだ。

 他の者たちも皆頭を捻るが、それ以上の答えがどうしても出てこない。

 それもそうであろうと皇帝は、それ以上答えを求めず、窓の外を見ながら一人思いに耽る。

 そして、シンが考えているであろう本当の答えを心の中で呟いた。


 シン、お前の考えていることが余には手に取るようにわかるぞ。孤児たちへの寄付、これは贖罪なのだろう? お前が幾多の戦いで討った者たち、その者たちの家族らに対して迂遠ではあるが、何かしらの手を差し伸べずにはいられなかったのだろう? だがシンよ……お前が気に病む必要は無いのだ。これはお前を引きこんだ、余に全ての責があるのだからな……

感想、評価、ブックマークありがとうございます! 感謝です!


ちょっと忙しくて投稿間隔がぽつぽつと空いてしまい、申し訳ないです。

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