シンと絵画と紙芝居 其の四
「取り返した財宝に一切手を付けないなんて、プフィルは騎士の鏡だ! 尊敬に値する!」
「俺なら金貨の一袋、延べ棒の一本くらいはくすねちまうね。命を張った正当な報酬ってやつさ」
「それをしなかったからこそ、プフィルは偉大でこうやってお話になったんだよ……もし、ハーベイが主人公だったら話として残らなかったんじゃないか?」
「はははっ、そうだなハーベイが主人公だったら、魔女から譲り受けた魔道具で悪さをしそうだもんな……例えば、美女を誑かすのに使ったりとか……」
「お前ら、もうちょっと俺を信頼しろよなぁ……俺なら精々、報酬の追加で可愛い村娘を紹介して貰うくらいにしとくぜ」
紙芝居が終わったリビングは、それぞれがわいのわいのと感想を述べ合っていた。
その中でも近衛騎士候補生であるクラウスは、話の中の主人公であるプフィルに、自分の理想とする騎士の姿を見つけたのか興奮冷めやらぬ様子であり、ハンクやハーベイと茶化しあいをしていた。
「シン、魔女の使った魔道具じゃが、名前は何と言うのかの? 物は現存しておるのかの?」
ゾルターンはというと、話に出て来た魔道具の方に強い興味を示した。
残念ながら昔話であり、名前も明確には伝わっていないとシンは咄嗟に誤魔化す。それはそうだ、本来の桃太郎には魔道具など一切出て来はしない。
この中央大陸には黍が流通していないので、黍団子と言ってもわからないだろうから、シンが代わりに創作した物なのだから……。
「そうか、それは残念じゃのぅ。しかし、魅了か……幻覚を見せるのか、それとも……」
エルフは長命とはいえ、ゾルターンは普人種の云うところである還暦をとうに越えた老人である。
だが、老いてなおも魔法に関する全てを追い求める姿を、シンは心の底から素直に美しいと思っていた。
シンは数十年後の自分も、ゾルターンのように何かを追い求める、アグレッシブな老人でありたいと願ってやまない。
「老いて益々盛ん……老黄忠だっけか……俺もこうありたいものだ……」
ブツブツと独り言を呟きながら、自室兼研究室へと戻って行くゾルターンの後ろ姿を見て、シンはその熱意に称賛を送った。
その背を見送ったシンが、ふと視線を移したその先では、数えで四つになったローザが狼であるアトロポスに対して、よく分からない言葉を発しながら手に持った積み木を掲げている。
その姿から察するに、手に持った積み木は魔道具のつもりであり、狼であるアトロポスを物語のプフィルのように従えようとしているのだろう。
だが魅了の魔道具を掲げられている当のアトロポスは、新しい遊びか何かだと思ったのか、盛んに尻尾を振ってローザに覆いかぶさり、その顔を大きな舌でペロペロと舐め回している。
「ねぇシンさん、家に戻ったプフィルはその後どうなったの?」
「あっ、それ自分も聞きたいです師匠」
カイルとエリーがその後の話は無いのかと詰め寄って来るが、シンは微笑みながら首を横に振った。
それを見たカイルとエリーが、残念そうに仲良く肩を落とす。
「なんだ、残念ね……でも、きっと幸せに暮らしたはずよね?」
物語の人物の行く末までも案じる優しいエリーに比べてと、シンはある一点を見つめて深い溜息をついた。
その視線の先には、賊の頭領の首をどうやって刎ねたのかを論じるレオナとマーヤ、そしてジュリアの姿があった。
最近、ジュリアはレオナに剣と魔法の手解きを軽くだが受けているので、どうもその性格が似て来たように思えてならない。
それらの会話をシンは盗み聞きしつつ、少しは女らしい話をしろよと思わずにはいられない。
なにせ聞こえてくるのは、首の刎ねやすい刃の入れ方だのといった物騒極まりない話なのだ。
「師匠、この話は師匠の故国のお話なのですか? 俺……いえ、自分は深い感銘を受けました。他にも師匠はこのようなお話を御知りなのでしょうか? ならば、是非……是非にお聞かせください!」
貴族であり、騎士であるグイードとユリオもプフィルの気高い精神に貴族としての本質と、騎士としての矜持を見たと肩を震わせている。
シンにとってはありふれた馴染み深いただの昔ばなしだが、彼らの反応を見るとその評判はすこぶる良い。
これはと、シンにあるアイデアが浮かんだ。
「……お前ら、もしこの話が演劇になったら観に行くか?」
行く! と部屋に残っている者たちが声を揃えて言う。こればらばと、シンは思いついたアイデアをより現実的に整えるべく思考し始めた。
ーーー
「シン様、シン様! シン様がこの度演劇を始められたと聞きまして、我ら一同まかり越しました次第であります」
シンが紙芝居した数日後、自宅に帝都にある各劇場の座長らと、商業ギルドの長が訪ねて来た。
彼らが言うには、演劇等はギルドによって手厚く保護されており、新規参入する場合はギルドに申請しなければならないのだという。
それは半分建前で、彼等……集まった各劇場の座長たちは、あることを恐れていた。
シンは帝国ならば誰もが耳にしたことのある若き英雄であり、生ける伝説である。
そのシンがもし劇場を開いたとすればどうなるだろうか? おそらくはシンがどんなに酷い演技をする大根役者であろうとも、根こそぎ客を奪われてしまうだろう。
芸で食べている彼らにとって、これは死活問題になりかねない。
今日は、何としてもそのような事態にならぬように釘を刺さねばと、普段ライバル関係にある各劇場も手を組んで、シンの自宅を訪れたのであった。
「おいおい、ちょっと待ってくれ……俺は演劇なんぞやった覚えも無いし、やる気も無いぞ」
シンは慌てて根も葉もないことだと否定するが、彼らはたつきの道を断たれるかも知れぬとの疑念を拭い去る事が出来ない。
それならばと、シンは彼らに紙芝居を見せてやる事にした。
こうして彼らは、この世界で紙芝居を見た二番目の者たちとなったのであった。
「す、素晴らしい! シン様、このお話を是非、当劇場へお売り下され! 金貨百枚お出ししますゆえ……」
「抜け駆けとは卑怯な! 当劇場ならば金貨二百枚、二百枚お払いしますぞ!」
「ええい、物の価値のわからぬ輩め! わたくしならば、金貨五百枚お支払申す! 是非、わたくしめに!」
その後も彼らは勝手にヒートアップし続け、遂には金貨二千八百枚の値段が付くに至った。
それだけの大金を払ってもなお、彼らはシンの作ったプフィルズィヒリッターの脚本の権利を欲した。
話の内容だけでも目を引くものはあるが、それに増してこの話を書いたのがシンであるというのが大きい。
この事実を全面に押し出せば、連日満員御礼間違いなし……莫大な利益を生み出す正に金の卵なのだ。
あまりの喰い付きの良さにシンは若干引き気味であったが、予てから考えていた案を彼らに提示することにした。
「脚本を売っても良いが、幾つか条件がある。これを飲んでくれるなら、他にも幾つか別の脚本も用意してあるのでそれもまとめて売っても良い」
おお、と座長たちの口から歓声が上がる。その歓声には、他にも幾つかの脚本があるのならば、無駄な値上げ競争をする必要も無く、それぞれの劇場で違う話を演じれば客の一極集中化も防ぐことが出来るだろうとの目論見が含まれていた。
「その条件のまず一つ目はな……この紙芝居を世に広めるために、投資して欲しいのだ」
投資? と彼らは一様に首を捻った。
「そう、投資だ。この紙芝居を演じる講談師を雇う金と、紙芝居を作る金、それらの負担をお願いしたいのだ。話を最後まで聞けば、多額の投資をしても悪い話では無いとわかるはずだ……」
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