シンと絵画と紙芝居 其の三
画材等の支度金と、報酬の前払い分をマルセルに渡したシンは、日々の生活の合間を縫って僅か三日で紙芝居の脚本を書き上げた。
とは言っても、この話の内容はシンのオリジナルでは無く、日本人ならば誰でも知っているとある昔話を、この世界に合うように改変したものであった。
題名はプフィルズィヒリッター、内容は桃から産れた子供が成長し、民を脅かし砦をアジトとする賊を、犬、猿、鳥を従えて成敗するという、そう……有名な昔話である桃太郎そのままである。
昔々、あるところに高潔な老騎士と、かつては名うての魔法使いであった年老いた魔女が住んでおりました。
二人は子が無いながらも、仲睦まじく過ごしていました。
そんな二人に子が無い事を憐れんだ神様は、二人に大きな桃の実を授けました。
二人は神様から賜った桃の実を食べようと、実を割って見ると中から驚いたことに、珠のような可愛らしい男の子の赤ん坊が産声を上げて出てきました。
二人は桃から産れたこの男の子にプフィルと名付け、大層可愛がり大事に大事に育てました。
老騎士はプフィルに剣を、魔女は魔法を教えました。
そして時は流れ、二人の教えを受けたプフィルは立派な若者へと成長しました。
ちょうどその頃、辺りをタチの悪い賊が荒らしまわり、人々の命や財貨を奪っていました。
老騎士は憤り、賊を退治しようとしましたが歳のせいで体が思うように動きません。
悔しさに臍を噛んでいたところ、すっかり二人の子として成長したプフィルがこう言いました。
「僕が賊を退治するよ」
老騎士と魔女は危険だと止めましたが、プフィルの決意は変わりません。
止めても無駄だと根負けした二人は、プフィルを賊退治に送り出すことにしました。
老騎士は先祖伝来の剣をプフィルに授け、魔女は三回だけ使える、どんな者でも魅了する魔道具を与えました。
剣と魔道具を受け取ったプフィルは、賊退治へと出発します。
プフィルが賊の籠る砦を目指して進んで行くと、突然、人を一口で丸呑み出来そうなほど、大きな大きな狼が現れました。
プフィルは咄嗟に剣を構えますが、とても太刀打ち出来そうにありません。
「そうだ!、魅了の魔道具を使おう!」
プフィルが懐から魅了の魔道具を取り出して掲げると、魔道具からパッと光が放たれ、狼を包み込みました。
光が消えた次の瞬間、狼は嘘のように大人しくなり、プフィルに大して従順になりました。
狼を従えたプフィルは、賊を退治すべく先へと急ぎます。
そんなプフィルと狼に、今度は空から馬を軽々と掴み上げるであろう大きな鳥が襲い掛かります。
プフィルと狼は必死に反撃しますが、プフィルの剣も狼の牙も、空を悠々と飛ぶ鳥には届きません。
空を飛ぶ鳥に効くのかはわかりませんが、一か八かプフィルは魅了の魔道具を使ってみる事にしました。
すると狼を従えた時と同じように、魔道具から放たれた光に包まれた鳥は攻撃を止め、羽根を羽ばたかせてプフィルの目の前に着地し、甘えた鳴き声を上げ始めたではありませんか。
こうして、狼に次いで鳥をも僕としたプフィルは、賊の砦を目指して山を越えようとします。
その山の頂に辿り着いたその時、周りに生える木々を薙ぎ倒して、大きな大きな猿が現れます。
猿は牙を剥き、薙ぎ倒した木を軽々と振り回してプフィルたちに襲い掛かってきました。
プフィルと狼、そして空から鳥が果敢に戦いを挑みますが、猿は強くてちょっとやそっとじゃ倒せそうにありません。
猿との戦いで追い詰められたプフィルは、魔女から貰った魅了の魔道具の最後の力を使う事にしました。
猿も狼と鳥と同じように、魔道具から放たれた光に包まれると、さっきまでの凶暴さは嘘のように消え、プフィルに服従を誓います。
魔女から貰った魅了の魔道具は、その力を使い果たしてしまいましたが、こうして三匹の強い魔獣を従えることが出来たプフィルは、賊の籠る砦に辿り着くと魔獣たちを操って戦いを挑みます。
猿はその力を活かして砦の門を打ち破り、狼はその素早さで賊たちを攪乱し鳥が空から襲い掛かると、さしもの賊たちも算を乱して慌てて逃げ出して行きます。
そんな混乱の最中、プフィルは賊の頭領と一騎打ちをし、見事老騎士から授かった剣で頭領を打ち倒します。
賊が居なくなった砦には、あたりの村々から奪った金銀が山のように積み上げられていました。
プフィルはその金銀財宝を、襲われた村々へと返してあげました。
人々はプフィルに感謝し、この地方を治めて欲しいとお願いしました。
ですがプフィルは首を振り、そのお願いを断ると老騎士と魔女が待つ家へと帰る事にしました。
途中の山で猿と別れ、次に鳥と別れ、最後に狼と別れたプフィルは、二人の待つ家へと帰ってきました。
二人はプフィルの無事を喜びました。
それからプフィルは老騎士と魔女と、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし めでたし
「面白い、面白いですよ! 最初は老騎士と魔女の絵からですね。高潔さと腕の良さを、子供にもわかりやすいように、どう描くか? これは腕が鳴るというものですよ!」
脚本を読み終えたマルセルは、創作意欲に火が点いたのか、興奮した面持ちで筆を取り、彩具を選び始めた。
シンに取って見れば、これは桃太郎そのものであり手抜きと言えば手抜きなのだが、自身が子供の頃に桃太郎が好きだったことから、数ある昔話の中からこの話を選んだのであった。
「勧善懲悪の方が子供にはわかりやすいだろうしな。そっちの羊皮紙に、細かい設定などが書いてあるから一応目を通してから描いてくれ。じゃあ、頼んだぞ」
マルセルは直ぐにその羊皮紙に飛びつくと、返事も返さないで夢中になって読み漁り始める。
邪魔をするのも何だしと、シンは一応マルセルに声を掛けてからアトリエを後にした。
それから瞬く間に一か月が過ぎた。近所の者によると、マルセルは殆ど外にも出ずアトリエに入り浸っているという。
シンは度々差し入れを持ってアトリエを訪れたが、マルセルの顔には無精髭がぼうぼうと伸びており、金はあるはずだが満足に食事を摂っていないのか、日々痩せ細っていった。
「ご、ご覧下さい……どうしても二十枚に収めることが出来ず、三枚多くなってしまいました……」
完成した紙芝居の絵をシンの自宅へと持って来たマルセルは、誰がどう見ても立っているのがやっとの有り様であった。
「構わない。追加の報酬も払おう。うん、短い期限でありながら丁寧な仕上げといい、素晴らしい出来栄えだ……感謝するぞ。来たついでだ、飯でも食っていけよ」
紙芝居を受け取ったシンは、オイゲンにマルセルに飯をたらふく食わせてやるように命じると、早速出来立てほやほやの紙芝居を持って、ローザの姿を探し回った。
冬毛に包まれた真っ白な毛玉こと、狼のアトロポスと戯れるローザを見つけたシンは、ローザを抱っこしてリビングへと移動する。
リビングに入りローザをソファに座らせると、シンは早速紙芝居を始めた。
観客は最初ローザ一人だけだったが、すぐにカイルとエリーが、そしてレオナとマーヤがと、段々とリビングに人が集まり始め、最終的には家に居る全員がリビングへと集まったのであった。
シンは気恥ずかしさを覚えながらも、紙芝居を食い入るようにして見るローザのためにと、熱の籠った演技を続ける。
後で馬鹿にされるのだろうなと、シンは思っていたのだが、紙芝居が終わりにリビングは盛大な拍手が鳴り響いたのであった。
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