十ヵ月ぶりの再会
シンたちはその後も囮を続け、次々と喰い付いてきた賊を撃破した。
ジュリアたち三人は、戦いや人の命の価値について深く思い悩む暇すら与えられず、次々と襲い来る賊を打ち倒し続けるほかなかった。
結果として戦いの日々が日常と化すことで、それらの悩みは答えを得る前に、心と身体が慣れてしまったのであった。
三人は元々実力は確かであり、さらにシンたちによって厳しい訓練が施されており、賊ごときに間違っても後れを取るようなことはない。
新北東領の街道を抜ける頃には、彼等は一人前の戦士へと変わっていた。
ーーー
「そうか、報告ご苦労。で、今はカーンを抜けたのだな? であれば、あと数日か……」
皇帝ヴィルヘルム七世は、シンが次々と賊を打ち破りながら帰還の途に就いているとの報を受けていた。
シンが新北東領から、帝国内地への入口である城塞都市カーンへと入った頃合いを見て、この事を広く世に喧伝した。
帝国の若き英雄、エックハルト王国より帰還す、との報は、瞬く間に人の口から口へと伝わって行く。
さらにシンが、帰還の途中で賊狩りをして治安の改善に努めているという点も、皇帝は強くアピールしたのであった。
正義の人であると、民衆は口々にシンを褒め称えた。特に商人たちは昨今乱れがちな治安の改善を、心から喜んでいた。
また、その噂を聞いた賊や不埒者どもは、シンと鉢合わせでもしたら割に合わぬと、次々と新北東領から去って行った。
またシンもそれらの噂話が、皇帝が故意に流して広めたものであると確信していた。
あの皇帝ならば、賊狩りの僅かな戦果だけでも、それを十分に活かしてくれるだろうと……
この程度の事、互いを知る二人ならば、文を交わさずとも即座に意を組んで動くことが出来るようになっていた。
城塞都市カーンを発って一週間後、シンはおよそ十か月ぶりに帝都へと帰還した。
「俺はこのまま宮殿でと向かい復命する。グイード、ユリオ、ジュリアの三人は俺に着いて来い。陛下に紹介せねばならんからな……カイル、オイゲンに念のために三人分、新たに部屋を用意しておいて貰ってくれ」
わかりましたとカイルは頷いた。
カイルたちはそのまま、シンの家へと直行する。
シンは三人を引き連れて、宮殿の門を潜った。
直ぐに近侍の者が飛んできて、玉座の間ではなく普段通りの第二応接室で皇帝が待っていると伝えて来た。
「まぁ、そう緊張するな。結構気さくな奴なんだぜ」
一国の主を捕まえて、そのような物言いをするシンに今更ながらに驚いたが、三人にとってはこれから忠誠を誓い、その臣下となるのである。緊張するなと言うのが、土台無理な話であった。
エックハルト王国からの亡命貴族である自分たちを、皇帝は帝国に受け入れてくれるのだろうか?
三人は近侍たちに武器を預けると、シンの後に続いた。
「遅い!」
これが帰還したシンに対する皇帝の第一声であった。
「すまんすまん、予定より大幅に遅れてしまった。あ、これお土産……王国産のワイン、結構いけるぜ」
シンが差し出すワインの瓶を、皇帝はひったくるように受け取ると、そのままどかりと椅子に腰掛けた。
「紹介するぜ、この三人が手紙に書いたグイード、ユリオ、ジュリアの三人だ。俺が無茶したせいでこの三人はエックハルトに居られなくなっちまったんだ。そこで、頼みがあるんだが……」
皇帝は手を前に出してシンの言葉を遮った。
「言わずともわかっておる。この三名は余が責任を以って預かる。そう心配するな、すでにこの三人には魔法騎士位の授与と、男爵の位を用意してある。それに手紙に書いてあるとおり、この三名は優秀なのであろう?」
「ああ、剣の腕は確かだし、魔法の実力も日々大きく伸ばしている。これからどこまでその才が伸びるのか、楽しみな三人だ。すまない、感謝する!」
シンは深々と皇帝に対して頭を下げた。それに追従するようにジュリアら三人も腰を折る。
ジュリアらは、帝国の自分たちに対する高待遇ぶりに驚く。
男爵位といっても、それは領地を持たぬ法衣貴族ではあるが、それでも一家を興すことが許されるというのは破格と言っても良いことであった。
またシンの自分たちに対する評価の高さも嬉しい。もっともこれは、自分たちを売り込むための言葉かも知れないが、それでも褒められて嬉しく無い者は居ないだろう。
皇帝はシンと三人に同じテーブルの席に着くようにと勧めた。
慣れているシンは、普段通りに着席する。だが三人は、皇帝と同じテーブルに着いても良いのかどうかわからず、救いを求めるような目でシンを見るばかりであった。
「何してんだ? 座れよ。エルもいいって言ってるんだし」
皇帝が再び着席を促してやっと、三人は恐縮した体で恐る恐る着席した。
「このワインを開けるか?」
お土産で貰ったワインの瓶を皇帝が軽く掲げる。
「いや、真昼間から酒は俺は良いとしても、お前は拙いだろうが」
ではいつものようにお茶で、と皇帝は席を立って自らお茶を煎れはじめた。
そして手慣れた手つきで次々と茶を煎れて配っていく。
シンは遠慮も何もせずに煎れたての茶に口を付けたが、三人は皇帝の行動に驚いて瞬きすら忘れてしまっていた。
シンはそれを横目で見て、仕方のないことだろうと思った。
いくら戦乱の荒れ果てた世とはいえ、封建社会の頂点である皇帝が、気安く臣下にお茶を煎れるとは前代未聞のことであろうから……
その後、シンは三人も交えてエックハルト王国でのことを報告した。
「お前はいつもとんでもないことを仕出かすな……この三名のみならず、エックハルトの王太子まで弟子にしてしまうとはな……少し意地の悪い質問をしてやろう。もし仮に、帝国とエックハルトが争うこととなった時には、両国に弟子が居るお前は、一体どちらに加担するのだ?」
皇帝の目の奥には、自分を選んでほしいと言う期待と、絶対的な権力者であるがために有する冷酷さが混同していた。
もしもシンが帝国では無く、エックハルトを選ぶと言ったのならば自分はどうするのだろうか?
シンには帝国に対しての忠誠心は無い事は当に承知している。だが、自分が居る帝国ならば……という思いが皇帝にはあった。
「そうだなぁ……大義のある方かな。まぁエルが生きている限り、民を蔑にはしないだろうが、もし民を虐げるような悪政を敷くのならば、その時は帝国に対して牙を剥くかもな」
「肝に銘じておこう。ふふ、そうだな……お前はそういう奴だし、それで良い」
皇帝はシンの答えに満足していた。つまりは自分が悪政を敷かねば、シンはずっと帝国に居るということである。
「ああ、それとこの三人を例の作戦に連れて行こうかと思っているんだが……」
シンの言う例の作戦とは、魔導熱気球を用いたラ・ロシュエル攻略最大の難関である、サン・アルン城塞攻略作戦である。
「おお、それは良いな。成功すれば、この三人にも箔が付く。それに、あれを操縦するだけの魔力を有する魔導士が不足していたところでもあるしな」
いくら他国からの亡命貴族を政治、軍事などの様々な利点から厚遇するのが習わしと言っても、限度というものがある。
いきなり二十歳にも満たない若者に、男爵の位を与えれば国内の貴族たちからの反発もあるだろう。
だが、危険な任務に参加することの前昇進も兼ねているのだとすれば、その反発も弱まるだろうという考えであった。
それに皇帝は、シンが手紙でも度々褒めていたこの三人を、出来れば帝国に対する忠を植え付けて、何れは帝国の重臣とするのも面白いと考えてもいたのであった。
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更新が遅くなり申し訳ありませんでした。ちょっと、インフルエンザで休んでいた分の仕事が溜まってしまいまして、時間が思うように取れない日々が続いてしまいました。まだもう少し忙しいかも知れませんが、出来るだけ時間を作って投稿出来るようにしたいと思います。




