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帝国の剣  作者: 0343
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帰りがけの駄賃


 シンたちが囮役を始めてから三日目の早朝、街道にちらほらと賊の影らしきものがチラつき始める。


「あれで隠れているつもりかね?」


 斥候役のハーベイは賊の稚拙な偵察に、笑いを堪えていた。

 一方で鼻の利く獣人種であるマーヤは、何年も水浴びしていないような饐えた匂いを放つ賊の体臭が、風下である自分たちの方へと流れて来ることに、露骨に顔を顰めている。

 ハーベイは賊に気付いていない振りをして、立ち止まって大きく伸びをして見せる。

 そのハーベイの動作を見たシンは、賊が囮である自分たちに喰らい付いた事を知る。

 

「グイード、そのままの姿勢で聞け。ハーベイが賊を見つけた。俺は馬車に水を取りに行く振りをして皆に知らせに行く。お前はそのまま、何も気づいていない振りを続けろ。もし賊が仕掛けてきたら、ハーベイとマーヤの援護に向かえ、いいな?」


 並走する騎兵のグイードに、シンは談笑しているような笑顔を浮かべながら指示を出す。

 指示を受けたグイードが思わず頷きそうになるのを、シンは鋭い視線で制した。

 そしてシンは馬足を緩めて馬車へと近付く。


「おーい、水をくれ! 喉が渇いちまった」


 これは事前に決めておいた敵襲間近の合図である。

 後ろに続くハンクとロラの馬車まで聞こえるように、シンは大声でカイルに水を求めた。

 カイルは幌の中に潜り、ゾルターンと同乗する騎士たちに敵の接近を告げると、水の入った革の水筒を取り出した。

 

「行きますよ? 準備はいいですか?」


「おうよ」


 カイルは水筒をシンへと軽く放り投げ、シンはその水筒を見事にキャッチして別に喉は乾いてはいないのだが、蓋を開けて口を付けた。

 どこで見られているかはわからない以上、襲い掛かって来る瞬間まで、演技に手を抜くわけにはいかないのであった。



ーーー



「頭、獲物が来ましたぜ」


 ハーベイに酷評された賊の偵察員は、シンたちの人数や馬車の数を確認すると本隊へと戻り報告する。


「おう、それで規模は?」


「駄目でっせ……馬車が二台、湿気しけていやがりまさぁ……でも、二台とも馬車の御者は女でしたぜ。それも若くて、美人! あれなら、いい金になりまさぁ」


 女と聞いた賊の頭と周りにいた連中は、下卑た笑い声を上げながら口笛を吹いた。


「売るのは俺たちが散々楽しんだ後だ……いいか、てめぇら! 女は必ず生け捕りにしろ! 大事な商品だ、なるべく傷つけるんじゃねぇぞ!」


 これから季節は冬になる。冬になれば、比較的温暖な中央大陸でも積雪や寒波により、街道を行く者たちの数は減るだろう。

 大きな街の温かい酒場や娼館などで冬を越すため、今が稼ぎ時であると賊たちは意気込む。


「でも頭、馬車二台に騎兵が五騎も居やがったんですわ……それも、着ている鎧兜は見事なもんで……」


 妙だなと、周りの賊たちも首を傾げる。さらに偵察員から詳しい話を聞くと、護衛は騎兵の五人の他には歩兵の二人しかいないのだと言う。

 それも騎兵に女が二人、歩兵にも女が一人、人数の割に妙に女の比率が高い。 


「いいじゃねぇか、女がより取り見取りでよぅ」


 賊たちは口の端に涎を溜めながら喝采を上げる。

 ただ頭だけは何か引っ掛かりを覚えたのか、首を傾げた。


「おい、そいつらの配置は?」


 歩兵二人が先頭で、その後ろに騎兵二騎、そして馬車二台が続いて最後に後衛に騎兵が三騎であると偵察員は報告する。

 

「ん? 横は? 側衛はどうした?」


「それが奴等、横には一人も置いてねぇんですわ。ありゃ素人ですぜ」


「奴等の顔は見たか?」


「ええ、しっかりと……それがどいつもこいつも青二才ばかりで、さっき言ったように、まるでなっちゃいねぇって感じですわ」


 どうしやすか? と偵察員が聞くと、頭である男は笑い出した。


「どうもこうもねぇだろ。おめぇの話を聞くからには、おそらくは駆け出し……それも下級貴族の次男三男坊ってとこだろうよ。着ている鎧兜が良く、馬に乗ってるとくりゃまず間違いねぇ……よし、野郎どもも出来る限り生け捕りにしろ。貴族どもから身代金をふんだくってやる。何でぇ、ちっせぇ行商かと思えば、女といい貴族のボンボンといい、金が歩いてきたようなもんだぜ」


 彼らは彼らが勝手に描いたバラ色の未来を想像して、哄笑する。

 だがそのバラ色の未来図は、数時間後には地獄絵図へと変わるということを知る者はその場には居なかったのである。



ーーー



「来たぞ! 敵襲、敵襲!」


 ハーベイとマーヤの前に十人ほどの賊が、街道を塞ぐように立ち塞がる。

 ご丁寧にも街道を塞ぐように、丸太を幾本も並べながらである。


「抵抗するな、運が良けりゃ命は助かるかも知れねぇぞ。特に女、お前は大人しくしてりゃ、傷一つ付けないでいてやるぜ?」


 ハーベイとマーヤはそれぞれ武器を構えながら、賊と向き合ったままじりじりと後退する。

 賊の一人がマーヤに向かって、無謀にも大きく踏み出し間合いを詰める。


「そりゃ!」


 軽い掛け声と共に放たれた、殺気の無い脅しの一撃。

 マーヤに当たらないようにと、手加減した攻撃は風を斬る音と共に虚しく宙を舞う。

 当たらぬ攻撃など避けるまでも無いと、マーヤはそのまま微塵も動かない。

 それを見てマーヤが怯え竦んで動けなかったのだと思った賊は、さらに大胆に踏み込み、マーヤを組み敷いて生け捕りにしようとする。

 だがそんなことを許す程、マーヤは御人好しでも間抜けでも無い。

 自ら一歩、大きく踏み込むと賊の下顎を黒いナックルダスターである星砕きで、下からアッパースイングで打ち砕いた。

 賊の男は、パンという乾いた音を立てながら大きく放物線を描きながら吹っ飛ぶ。

 どさりと地面に落ちた男の首から上は、大きく爆ぜたように僅かに後頭部が残っているのみであった。

 顔に着いた血と脳漿をマーヤは袖で軽く拭うと、次の獲物はどれにしようかと、まるで狩猟者のような鋭い眼光で賊たちをめる。

 

 マーヤの放った死の一撃を間近で見た賊たちは、目と口を大きく見開き呆然と立ち竦む。


「お前ら正気か? 戦闘中に呆けて間抜け面を晒すなんてよぉ!」


 その大きく開いた口の中に、ハーベイがすかさず短槍の穂先を突き込んで捻った。

 うなじから飛び出た穂先がクルリと半回転し、賊は槍の柄を手で押さえながらガボガボと血泡を吹いて倒れる。

 ハーベイは既に骸となった賊の体に脚を掛けて槍を引き抜くと、未だ動揺浅からぬ賊たちに敢然と立ち向かう。

 その右に居るハーベイの動きに合せるように、マーヤも左から緩く弧を描くように次の獲物へと襲い掛かった。


 先頭の二人が襲われると共に、シンとグイードにも左右の茂みに伏せていた賊たちが襲い掛かる。

 賊の手から放たれた生け捕りにするための網を、二人は馬腹を蹴って馬を操って必死に躱す。


「師、師匠!」


「怯えるな、冷静になって奴等を見ろ! どいつもこいつもボロを纏っているだけの案山子に過ぎん!」


 シンは背の大剣を抜くと、手直にいる賊目掛けて力いっぱい振り下ろす。

 賊は愚かにも手に持っていた剣の平で受け止めようとするが、シンの放った剛剣はその剣を打ち砕いてそのまま賊の頭部を粉砕する。

 グイードも同じように片手半剣を振り下ろし、一人の賊の腕を斬り飛ばす。

 傷口を抑えて蹲る賊に対して、グイードは馬腹を蹴って距離を空けると、再びその賊目掛けて馬を掛けさせる。

 重傷を負い、身動き叶わぬ賊はそのまま馬蹄に掛けられ息絶える。

 

「生け捕りは女だけでいい、こいつらは殺せ!」


 予想外の強い抵抗を受けた賊は、生け捕りを諦めて槍先を並べて二騎を取り囲もうとする。


「おう、自ら集まってくれるなんて、こりゃ楽でいい」


 シンは左手をその集まった賊に向かって突きだし、火炎放射の魔法を唱えて薙ぎ払った。

 突如猛火に包まれた賊たちは、悲鳴を上げながら地面を転げまわる。

 その地面を転げまわる賊たちに対し、シンは無情にもさらに火炎を撒いて追い討ちをかける。

 人の肉が焼け焦げる嫌な匂いが辺りに充満する。


「グイード、ぼさっとするな! お前は炎の中から逃げる敵をやれ!」


 眼前で行われる酷い一方的な虐殺ともいえる戦闘に、呑まれかけていたグイードは、シンの声に我を取り戻してその指示に従い炎の中から逃れようと転げ出て来る賊を、一人……また一人と止めを刺していった。

 

 

評価、ブックマークありがとうございます! 感謝です!


やっぱり少し仕事が溜まってました。明日も早出するので、更新は夜になると思われます。

夜更新がされなかったら、ああ、あいつ残業だなと笑ってください。

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