獅子族
「いかがだろうか、ガンフー殿……帝国は我らを属国ではなく、対等の友好国として共にラ・ロシュエル王国と当たろうと申しておるのだ。貴殿ら獅子族も、我らロップ族と共に帝国と組まぬか? 既にアルパとホルスの両部族は帝国に与する事に決めたのだ」
皇帝ヴィルヘルム七世より、亜人諸部族を味方に引き入れるようにと頼まれたロップ族の族長ラグスは、山岳民族であるアルパ族と農耕民族であるホルス族を、自分たちと同じく帝国に与するよう説き伏せ、見事両部族を帝国の味方につけた。
この成功で勢いづいたラグスは諸部族の中でも強く、発言力の強い獅子族を味方に引き入れるべく自ら赴き、獅子族の族長であるガンフーと面会していた。
「帝国の皇帝が先帝とは違い、愚か者ではないことは理解した」
「ならば!」
あと一押しかとラグスは意気込むが、ガンフーは目を瞑ったまま首を縦に振る気配を見せはしなかった。
獅子族の族長であるガンフーは、右手で喉元から襟首までを覆う見事な鬣を撫でつつ、思案に暮れる。
現在、ラ・ロシュエル王国の亜人討伐軍はその主力の大多数が、南方の戦線へと引き抜かれているため、なんとか膠着状態を保ってはいる。
しかし最近になって南方の小国の幾つかが滅び、また幾つかがラ・ロシュエルに降り恭順を誓ったと聞く。
となれば、次は亜人地区とエルフ族の国であるシュバーラ王国、もしくは亜人地区には抑えだけ置いて、南方での勝利の余勢をもって一気に帝国に攻め入るか……いずれにせよ現状、獅子族だけではどうにも身動きが取れない。
せめて諸部族の心が一つに纏まればと、ガンフーは心中でため息をつく。
だがそれは既に無理な話であった。エルフ族は排他的で、自分たち以外の種族を短命種として見下す傾向が強く、獣人種などは獣同然と蔑んでいる。
また諸部族は長きにわたって、縄張り争いの部族間抗争に明け暮れていた歴史があり、各部族間の仲はあまり良くは無い。
一応、ラ・ロシュエル王国の侵攻に対して連合を組んではいるが、その内情は散々たるものであった。
まず、どの部族が総指揮を執るのかで揉めた。さらに各部族間の力の差により、指揮系統を統一することが出来なかった。
結果として連合とは名ばかりであり、単に部族間抗争の一時的な停止程度の意味合いしか持たないものとなってしまった。
部族間が連携しての抵抗は無く、各部族が思い思い勝手に戦っているため、ラ・ロシュエルの勢いを阻むことが出来ずに、既に幾つかの部族が降ってしまっていた。
「儂としては帝国に与するのは、やぶさかではないのだが……血気盛んなウチの連中が、弱い普人種と与するのを嫌うでな……」
「いや、いくら普人種が弱いと申されても、帝国は我らとは比べものにならぬほどの大国ですぞ。それに帝国には竜を倒すほどの剛の者が居りますれば、決して弱いとは言えぬかと……」
ラグスの言葉を聞いたガンフーの目が、好奇に染まって細まる。
獅子族はガンフーの言う通り、血気盛んな部族である。魔物の退治や、傭兵として各部族に雇われることも多い。
「その話にはいささか興味があるな……その剛の者のことを詳しく聞かせて欲しい」
ラグスはガンフーに自分の知る限りのシンの情報を教えた。
曰く、その者は竜を倒し、剣も魔法も巧みに操る強者であると。
先に起きた帝国とルーアルト王国との戦いで、一人本陣に斬り込みルーアルト王国一の剣士を討ち取ったと。
その話には多分に誇張が含まれていたが、それを差し引いても尚、ガンフーの強い興味を誘うものであった。
「是非一度手合せしたいものだ……」
ガンフーは話に聞いた竜殺しのシンの姿を想像して、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らす。
現代の地球人が聞けばそれは、大型バイクのエンジンの唸りのような、ラグスにとっては雷鳴にも感じられるような、腹の底まで大きく響き渡るような唸り声であった。
「良い考えを思いついたわ……その竜殺しのシンと儂が手合せをして、もし儂が負けた場合には帝国に力を貸しても良い」
ガンフーは獅子族の族長であると共に、部族一の戦士である。その戦士を降すほどの力量を示したとすれば、部族の者たちも帝国を認めるであろうと考えたのだ。
だがガンフーは誇り高き獅子族の戦士である。やるからには一切の手加減はしない。
ラグスは、これだから獅子族はと心中で半ば呆れながらも、確かに獅子族をこちら側に引き入れるにはそれしかないと思った。
「とりあえずは、今日のところはこれで……この話を急ぎ帝国へと届けるということで……」
現状を見るに、これ以上話し合っても進展の見込みは無いと、ラグスは席を立ち獅子族を後にした。
ーーー
一方その頃シンは王都ロンフォードに戻り、冒険者ギルドを訪れていた。
ダンが結婚しているとは知らなかったので、遅ればせながらも結婚の祝いの品を送る事にしたのであった。
「この包みと手紙を、アリュー村のダンという男に届けてくれ」
包みと手紙を渡された職員は、相手がシンだとわかると恐縮し慇懃に応対する。
しばらくして包みを受け取った職員が、地図を携えて戻って来た。
「あ、アリュー村へは直通の駅馬車や商隊が御座いませんので、途中幾つかの街を経由することになります。それと、ここ王都からは距離がありますので、その……お値段の方も高くなってしまうのですが……」
「構わない。必ず届けてくれるのであればだが……」
「それは勿論でございます! こういった仕事は信用が第一で御座います。必ずや、お届けいたしますとも」
では頼もうとシンは頷いた。
「え~、このように……」
職員が地図にある街の幾つかを経由する順に指でなぞっていく。
そして掛かる費用を計算すると、配達料だけで金貨三枚もの高額になるという。
シンは気前よく金貨三枚を支払い、さらに職員に銀貨を数枚握らせた。
職員は手のひらの銀貨を見て満面の笑みを浮かべ、最速で一番信用のある者に任せる事を約束した。
その後シンは、送別のパーティの主賓として宮殿に招かれ、若い弟子夫婦と別れを惜しんだのであった。
翌日、エックハルト王国に於いての役目の全てを終えたシンたちは、帝国に帰還すべく王都ロンフォードを発つ。
王都の郊外まで、王と王太子夫妻の見送りという前代未聞の手厚い送り出しを受けたシンは、予定より大分遅れてしまった日時を少しでも取り戻すべく、帰還を急ぐ。
エックハルト王国と帝国の国境までは、再びスタルフォン麾下の近衛騎士たちが護衛に就く。
「シン……お前さんには感謝してるよ。お前さんのおかげで近衛になれただけでなく、一部隊を預かる隊長にまで出世したんだからな」
スタルフォンはエックハルト王国に仕えた時、また以前のように平騎士の身で一生を終えるのだろうと思っていた。
だが、シンがエックハルト王国を訪れたことで、その人生は一転して明るいものとなった。
「お前さんは、俺にとって正に福の神だな」
シンと馬を並べて並走するスタルフォンが、大口を開けて笑った。
「そうか? まぁ、何にしても役に立ったのなら喜ばしいことだな」
シンも自分と知己であったという、些細なことだけで異例の出世をしたことについて、本気で面白がって笑った。
――――さて、やっと帝国に帰れるな。エルのやつも、さぞ首を長くして待っている事だろう。帝都に帰ったらやることは山ほどある。ジュリアたち三人を紹介して、さらに魔道熱気球の操作の習熟をさせねばならない。
鉄条網の生産は進んでいるだろうか? 皇帝直下の部隊の編制と兵装は終わっただろうか? いずれにせよ、戻ってからも忙しい日々が続きそうだ……
感想、評価、ブックマークありがとうございます! 感謝です!
高熱は治まったのですが、喉の腫れが引かなくて辛いです。
更新が滞りがちになると思いますが、どうかご勘弁を




