バイパス
季節は瞬く間に移り変わる。日中の熱気が和らぎ、吹く風に秋の香りを感じる晩夏……パットルは遂に魔法剣の体得に至る。
ジュリアら三人は半月ほど先に威力や効率は兎も角、どうにか魔法剣を体得している。
現在宮殿の裏庭の一角で王が見守る中、パットルはシンの指示の元、体得した魔法剣の披露をしていた。
「よし、始め!」
シンの号令と共にパットルは剣を抜き、剣に魔力を流し込んでいく。
目を瞑って精神を集中するパットルの額に、珠のような汗粒が浮き上がる。
「はあああっ!」
気合いと共に剣を大きく振りかぶって一閃、炸裂音と共に土埃が舞い上がる。
土埃が収まると距離にして三メートル、深さ三十センチほどの抉れた地面が現れた。
「見事!」
誰かの声が上がる前に、シンはパットルに声を掛ける。
肩で大きく息をつくパットルの顔には、魔法剣を体得したという喜びと、満足感の笑みが浮かんでいた。
「最初はそんなもんだ。魔法剣は、未だ発展途上の技……これ以降は、各々が精進を重ねていくしかない。こういった道に終わりはない。一度その道を走り出したら、死ぬまで走り続けるしかないのだと俺は思っている」
シンの言葉にパットルのみならず、離れて見ていた王もまた頷いた。
シンはその王に向き直り跪くと、魔法剣の伝授が無事終了したことを告げる。
「パットル王子は見事、魔法剣を体得なされました。従って、某の任は終えたと判断し帝国へと帰還致します」
王は頷いた。シンは約定を果たしたのだ。
「うむ。シン殿には礼を言わねばなるまい。卿は数々の知識や技を我が国にもたらし、教えてくれた。よって我はここに誓おう。余が生きている限りの間は、帝国と事を構えることはないと」
シンはその言葉に、無礼であるとは知りながら面を上げ、王の瞳を直視した。
王は変わらず穏やかな笑みを浮かべている。直視した瞳には誠実さの他に、打算の色も見え隠れしていた。
だがシンはそれを見取って逆に安心した。エックハルト王国の現国王であるホダイン三世は、確かに個人としては誠実に約定を果たしたシンに、好感を抱いているのだろう。
シンはパットルに授けた魔法剣の他にも、ラジオ体操や柔軟運動、持久走その他、スポーツ科学に基づいた知識を余すことなく伝授している。
特にラジオ体操と柔軟運動は、王に民間にも広く伝えるように進言した。確かにシンの言う通り、肉体労働者が仕事を始める前に、これらの運動で身体を温め、ほぐすのは理に適っているとして王は先ずは宮仕えの者たちに行うよう布告し、その効果が認められたのならば国中に広く伝える事を約束した。
結果、数ヶ月の間で怪我や事故が以前より減ったため、王は約束通り国中に布告を発した。
またシンがエックハルト王国に伝えた物の中で、娯楽としてのサッカーの存在も大きい。
開けた土地と、ボールを用意するだけで良いこの新しい娯楽は、宮廷から兵へ、そして民間へと瞬く間に伝わって行き、今では屋外での娯楽の一つとして認められ、定着しつつあった。
特に王が気に入った事と、帝国の皇帝に対する対抗心のせいで、王国中に急速に広まっていったのである。
また、シンは自分たちが行っている基礎訓練方法を公開し、それらを参考にしようと多くの武官たちが見学に訪れるのを良しとしていた。
それら武官の質問にも包み隠さず答え、一部の貴族では早速自領の騎士団や兵の鍛錬に取り入れているという。
帝国から見れば、シンの行為はいくら友好国であるとはいえ、やり過ぎであるとの声が上がるかも知れない。
それに対するシンの表向きの答えはこうであった。
「現在の帝国の状況を考慮するに、友好国であるエックハルト王国が万が一にも、ルーアルト王国やソシエテ王国に敗れ滅亡したとするならば、いくら国力豊かな帝国とはいえその命脈を保つことは出来ないでしょう。従ってエックハルト王国にはその二国に敗れる事の無いように、ある程度の梃入れは必要なのです」
だがシンの本当の目的はそこには無い。その真の目的は、数百年後この星を管理しているAIを始めとする各種の科学文明の残滓が、そのままシステムダウンするのならば良いが、万が一にも暴走したときに対抗する、下地を作って置かねばならないと考えていたのだ。
詰まる所、人類全体の能力や技術の底上げが目的なのだ。だが目下のところ、世界の情勢を考えるにこの地に住む人類全体に知識や技術を伝える事は出来ない。
ならばと、シンは帝国を選んだがその帝国も絶対に安泰とは言い難い。そういった理由もあり、今回のエックハルト王国に知識や技術を伝えられるのであれば、伝えるに越したことはないとシンは考えていた。
これは勿論シンだけの考えであり、皇帝の許可は得てはいない。そのことが少しだけ不安ではあったが、あの聡明な友ならばきっと理解してくれるだろうという確信があった。
「ありがたきお言葉を賜り、某は感無量で御座います。願わくば、帝国と王国とが永久に手を取り続けて互いに繁栄をしていかんことを……」
その言葉に王もパットルも頷く。武を尊び、戦乱の時代に生きているからこそ、平和への憧れは強いのかも知れない。
そう言った意味では形だけの平和に堕落した現代の日本人よりも、平和というものに対してより真摯に向かい合い、かつ熱望しているのかも知れない。
「おお、そうだった。シン殿は我が王国を去る前に、旧友に会いに行きたいと申しておったな。通行許可と護衛を付けるゆえ、安心して向かわれよ」
「重ね重ねの御厚情、痛み入ります。つきましては、今一つお願いが御座います」
「何か? 余に出来る事ならば良いのだが……」
「世が平穏を取り戻した暁には、再びエックハルト王国を訪れる許可を頂きたいのです。パットルもヘンリエッテも我が弟子であり、友であります」
世相から考えて、表立って完全な同盟を形成できないのならば、シンは自らをバイパスとすることで両国を結び付ければ良いと考えていたのだ。
流石に聡明と謳われているだけはあり、王であるホダイン三世は即座にそのシンの考えを見抜いた。
だがそれで良いとも思っていた。現在の状況で帝国と事を構えても、エックハルト王国には何の得もないのである。
余とパットルの代の間位は、帝国と友誼を結んでいても良いであろう。その後のことなどは知らぬ。そもそもその時には余もとうにこの世を去っておろうしな……
「あいわかった、許す。我が国は卿に対して門を閉ざさぬ事を約束しよう」
こうしてシンはエックハルト王国での任を終えた。
ーーー
王は早速お触れを出し、シンの国内における通行の許可を出した。
そしてシンの希望である、南東部にあるアリュー村への訪問に付ける護衛の手配をする。
時は九月の十二日、薄く小さな雲がちらほらと見える秋晴れの中、シンが王都を発つ日がやってきた。
もっとも、アリュー村を訪れてから再び王都に戻っては来るのではあるが、弟子であるパットルとヘンリエッテは王宮の出口までシンの見送りに来ていた。
「二人とも元気でな。適度な運動は健康の礎だ……定期的に訓練をするように。パットルは、王太子として忙しいだろうが訓練は欠かさないように。お前がこのエックハルト王国での魔法剣の礎なのだからな。国王陛下から許可も頂いたことだし、また来るよ。エマさんたちにもよろしく伝えておいてくれ」
時間にして約九ヶ月という短い期間であったが、シンとパットルの間には強い絆が産れていた。
「師よ……師が再び我が国に来る日を、我ら二人はお待ちしております。どうか、それまでご壮健で……」
「いや今度来る時には二人じゃなくて、三人になってるんじゃないか? なぁ?」
そうシンがからかうと、若い夫婦である二人は顔を赤らめた。
パットル、ヘンリエッテ共にシンに散々のろけ話を聞かせるほど、その仲は良好であった。
「ははは、まぁ順調に行けば一月ちょいしたら、またここに戻って来るんだがな」
そう言ってシンが笑うと、パットルとヘンリエッテもそれもそうだと笑った。
「師の御友人というお方は、どういうお方なのですか?」
「そうだなぁ……名前はダンと言って、背は低くてずんぐりむっくりで……愛想は悪いが面倒見の良い奴でな……そして何より勇気がある……そんな男だ」
シンは昔を懐かしむように眼を細め、共に魔物と戦った友人を思い出す。
「いつかお会いしたいものです。それでは師よ、旅の御無事を祈っております」
二人の高貴な弟子に見送られ、シンは一路アリュー村へと旅立って行った。
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正月に酒をチビチビやりながら、好物の餅を食べまくっていたらめっちゃ太ってしまいました。
ベルトの穴の位置が、二つほどずれてしまいかなり焦っております。




