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帝国の剣  作者: 0343
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あの時の棒


「集中しろ! そうだ、剣は手の延長と考えて、その長くなった手に魔力を送り込む感じだ……いいぞ……良し、そのままの状態を維持しろ」


 厳しい寒さの冬は去り、暖かな日差しが心地良い春を迎えて基礎訓練を終え、魔法剣の訓練が本格化していく。

 パットルとジュリアたち、四人の魔法剣士の卵たちはシンが課す厳しい訓練をこなす日々が続いていた。

 そうこうしているうちに春が終わり、日差しに段々と熱を帯びた初夏になる。

 現在、魔法剣の訓練は基本の最終段階へと差し掛かっていた。

 シンに言われた通り四人は構えた剣に魔力を送り、そのままの姿勢を維持する。


「ユリオ、剣先が揺らいでいるぞ。睨み合いの状態は、剣に魔法を込める絶好の機会でもある。その折角の機会を自分から隙を作って潰すんじゃない」


「は、はい!」


 四人の顔は油のようなねっとりとした汗に包まれている。

 口からは自然と呼吸が荒くなり、剣を構える手が、大地を踏みしめる足が、自分たちの意志に関わらず震え出す。

 シンは彼らの限界の頃合いを、目に魔力を送り込んで注意深く観察する。


「よーし、それまで!」


 シンの掛け声が掛かると剣に集めた魔力は宙へと霧散し、四人は糸の切れた操り人形のように、くしゃりと地面にへたり込む。

 

「き、きつい……あの状態を維持しながら戦うなんて、出来るわけがない」


 地面にへたばり弱音を吐くユリオ。その声を聞いたシンは、手本を見せようと言ってカイルを呼んだ。


「カイル、剣に魔法を込めたまま模擬戦をするぞ。寸止め、込める魔力は最小限でいい」


「はい!」


 シンとカイルは五メートルほど離れ、互いに向き合う。

 二人は腰から刀を引き抜くと、構えと同時にその刀へ魔力を流し込んでいく。

 常人ならば普通の剣の稽古にしか見えないが、魔法剣の修行を日々行っている四人には、二人の刀から僅かに漏れる魔力の揺らぎのようなものが、何となくだがわかってしまう。

 二人は同時に地面を蹴り出し斬りかかる。シンの刀はカイルの肩口でピタリと止まり、カイルの刀はシンの胴を薙ぐ寸前で同じようにピタリと止まった。

 そして二人は互いに後ろへと飛び退ると、刀を正眼に構えて対峙する。

 またしても二人は同時に斬りかかり、今度はシンがカイルの頭頂で刀を止め、カイルはそのシンの伸びた両腕を掬い上げるような形で、腕に刃が触れる寸前でピタリと止めた。

 

「どうだ? お前たちなら感じたんじゃないか? 俺とカイルの刀身を包み込む魔力を」


 四人は頷いた。完全な可視化とまではいかないが、確かに何かが刀を包み込んでいるのはわかったのだ。

 そしてそれとともに、四人はシンとカイルの技量に驚嘆した。

 剣に魔力を込め、それを維持するには驚異的な集中力を必要とする。

 しかし二人はその状態でありながら、真剣で寸止めの打ち合いをして見せたのだ。

 斬撃の早さからいって、二人が特に手を抜いているとは思えない。

 これが魔法剣の完成形だろうと、四人は先程の二人の姿を脳裏へ刻み込む。


「よし、今日はここまでにしよう。寝る前にでももう一度今日の事を思い出して、イメージトレーニングをしておけ。それにしてもお前たちは筋が良いな。教える側としても、教え甲斐があるというものだ」


 シンの指導は厳しいが、ただ厳しいだけでは無い。良かったところがあれば、必ず褒めてやる。

 厳しいだけでは才能を開花させるには不足である、やる気や向上心というものを引き出すためには、言葉による後押しが欠かせないとシンは考えていた。

 そのシンのやり方を誰よりも近くで見て来たのはカイルである。

 事実カイルは、シンが良かったところをちゃんと見つけて褒めてくれたからこそ、今の自分があると感じていた。

 カイルは未だ息を荒げている四人の顔を見つめる。その顔には濃い疲労の中に、喜びがあった。

 これならば明日の猛訓練にも彼らは着いて来るだろうと、カイルは確信する。



ーーー



 日の出から行われる訓練は、四人の魔力の総量がまだそれほど多くないため、基礎訓練を含めても正午前には終わってしまう。

 空いた午後の時間は、各自自由に使っても良いことになっているが、四人は魔法を使う事だけは禁止されていた。

 午前の訓練で常に限界近くまで使わせているため、これ以上魔法を使うと魔力欠乏症になってしまうからである。

 もっとも、今の四人に午前の訓練以外で何かをする余裕はない。

 もっぱらゾルターンによる座学の魔法の基礎講座か、ハンクやハーベイらによる魔物に関する知識を聞くか、ロラに弓術の指導を受けるか、マーヤに格闘を教わるかである。

 そのような濃い日々は、若い四人を徹底的に鍛え上げていく。


 そんな四人のことは仲間たちに任せておいて、シンは王から途中経過報告という名の昼食に招かれていた。

 当然帝国とは違うので、シンは武器を一切携帯してはいない。ただ昼食と聞いて箸箱だけを持参していた。

 その箸箱が、厳重なボディチェックに引っかかる。


「シン殿、これは?」


「これは箸といって、こうやって料理を摘まむものです」


 だが箸を使う文化がないエックハルト王国の近衛騎士は、シンが持って見せた箸を見て怪訝な顔をするのみである。

 実際に使っているところを見て貰った方が早いと、シンは厨房へと近衛騎士たちを引き連れて行く。

 そして宮廷料理長に話をし、適当な品を皿に盛って貰った。

 皿に盛られたのは、炒った豆類。厨房の者たちが、一息入れる際に摘まむために用意した物であった。

 シンはその皿に盛られた豆を、一粒箸で摘まむと口の中へと放り込む。

 それを見ていた近衛騎士たちも宮廷料理長も、ポカンと口を開けて驚いてしまう。

 シンは訓練後で腹も減っていたこともあり、次々に豆を摘まんでは食べ続ける。


「んん、香ばしくて美味い。おっと……この箸はこのようにして使う、言うなればスプーンやフォーク、の代わりのような物です」


 シンが持つ箸は、木製で先に行くにつれ細まり尖ってはいるが、鋭利というわけではない。

 さらにその箸をシンは口の中へと放り込んでいたため、毒が塗られていることもないだろうと、近衛騎士たちは携帯の許可を出したのであった。

 

 こうしてシンは箸持参で王との昼食に臨んだ。

 

「どうかな? 魔法剣の訓練のほどは?」


「パットルは筋が良いですよ。剣に魔力を込めるという、基本中の基本はもう既に習得しています。これからは段々と応用に移るところですね」


 シンは弟子であるとして、パットルに敬称を付けない。勿論これは剣に、訓練に関することのみであるが、同様にヘンリエッテにも敬称は付けない。

 王はそれを不快とは思わなかった。逆に剣や訓練において、シンは彼らの師であることを貫く姿勢に、好感を抱いていた。

 そして王も人の子である。自分の子が褒められて嬉しくないはずがない。


「そうか、そうか……ささ、シン殿」


 王が給仕の者に目配せで合図をすると、テーブルの上に色とりどりの料理が運ばれてくる。

 軽食とは言えないような量と種類の食事を見て、訓練の後で空腹だろうという王の気遣いを感じた。


「遠慮せずに、存分に味わってくれ」


「かたじけない。では……頂きます」


 シンは神など信じてはいないが、食事の際には手を合わせて頂きますの声とともに、軽く会釈をする。

 そして用意されたナイフやフォーク、スプーンなどに手を触れずに、懐から箸箱を取り出すと箸で次々と料理を摘まんでいく。

 それを見た王は、あっ、と脳裏に閃いた。昨年、帝国の使者が来た際に献じられた進物の中に、今正にシンが使っている物と同じ物……箸とそれを納める箸箱があったことを思い出したのだ。

 当然シンの持つ質素なものではなく、箸箱には繊細かつ豪華な装飾が施されてはいるが、使用方法は箸であるが為にシンの物と変わりは無い。

 王の目が自分の手に釘付けとなっているのを知ったシンは、これは自分の国でフォークなどの代わりとして用いられていた物であり、不作法は承知ながらも、この箸でないと落ち着かないので容赦願いたいと許しを乞う。

 王は笑ってそれを許し、シンの持つ箸について様々な質問を投げかけたのであった。

 後日、近臣たちは王がこっそりと箸の練習をしているところを目撃する。

 シンとの昼食の折に、ヴィルヘルム七世も箸に挑戦したが早々に諦めたと聞き、対抗心に火が点いたのである。

 王はそれからも度々シンを食事に招き、箸の握り方を教えて貰いその使い方を習得し、それを帝国に居るヴィルヘルム七世の耳に届くように、ワザとその話を帝国へと流した。

 その話を聞いたヴィルヘルム七世は、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、既にシンより箸の使い方を学んでいたシュトルベルム伯爵を招き、再び箸の使い方にチャレンジしたのであった。

 

 

 

最高権力者たちの子供っぽい対抗心、たまにはこんな話も良いかなと。

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