棄てる国、拾う国 其の一
王都に駐留待機していた帝国兵たちの帰還と入れ替わりに、シンの元へ帝国からある荷物が届けられた。
その荷物とは以前にシンが皇帝へと頼んでおいた、ミスリル銀を用いて作られた三本の剣であった。
「ん? 長剣が二振りとこれ、片手半剣が一振り……片手半剣かぁ」
長剣はどこの国でもスタンダードな武器であり、刃渡りが大体成人の肩から指先までの間に収まるため、腕の延長として考え、用いやすいのである。
だが片手半剣は違う。片手でも両手でも扱う事が出来るようにと作られた剣であり、刃渡りの長さや柄の長さ、そして重心の位置が長剣とは大きく異なる。
シンは帝国で、剣術指南役を務めるザンドロックとの訓練で度々この片手半剣を使ったが、はっきり言って非常に扱いにくい剣という印象である。
片手で扱うにしても長すぎる柄が邪魔であるし、両手で扱うにしても大剣に比べると重量が劣っているために破壊力に欠ける。
刀も柄が長く、片手でも両手でも扱えるではないかと思うだろうが、そもそも西洋剣と日本刀では戦い方が違う。
尖った剣先で突くのは同じであるが、日本刀の斬撃は文字通り断ち切るのに対し、西洋剣の斬撃はその重量を活かして押し切るのである。
また日本刀にある僅かな反りや、刃の厚さ、それらによる重量や重心の位置など、ほんの僅かな差異で使い勝手は劇的に変わってしまう。
片手半剣はこの重心の位置も、長剣や大剣とも違って独特であり、とかく使いにくい剣であるとシンは敬遠していた。
シンが以前に訓練で使った理由は単に武器の特性を知るためと、使ってみる事でその利点や弱点を知るためであった。
このように非常に扱い難い剣ではあるが、使い手によっては片手でも両手でも扱える非常に戦技に幅を持たせることが出来るという優秀な剣でもある。
現に、シンの訓練相手を務めたザンドロックは、片手半剣の扱いにも非常に卓越した技量を誇り、シンは何度もその変幻自在な剣技の前に、敗北の苦渋を舐めさせられたのである。
ーーー
シンは早速、グイード、ユリオ、ジュリアの三人を呼んだ。
「帝国から剣が届いた。魔法剣の訓練で使う剣だが、気に入ったのならば己の差料にしても良いとの仰せだ」
布に包まれている剣をシンは一本ずつ丁寧に解き、鞘から抜いて刀身を改める。
最初に包みを解いた剣は長剣であり、鞘には豪奢な金細工の飾りが散りばめられており、それだけで一財産になりそうな代物であった。
そしてその鞘から抜き放たれた刀身は、ミスリル銀特有の青白い光を放ち、それを見た三人はその美しさに、無言で感歎の溜息をついた。
剣には銘が刻まれていた。その銘は真夜中の太陽という。
その銘から由来や剣自体が持つ特異な力を知るのは難しい。シンは剣を鞘へと納めると、二本目の剣の梱包を解く。
次に現れたのは、見たシンが思わず馬鹿じゃねぇのと呟きたくなるほどの、贅を凝らした逸品であった。
それは何と鞘の装飾にまで、希少なミスリル銀を用いていたのである。
そのせいで全体がほんのりと青く、その場にあるだけで清涼感さえ感じさせられる、そんな剣であった。
シンは半ば呆れながら鞘から剣を抜いてみる。
これもまたミスリル銀を用いているため、刀身は先程の剣と同じく青白く輝いている。
そしてこの剣にも当然のように銘が刻まれていた。
「えっと、なになに……水竜の涙ねぇ……」
これもまた銘からその秘められた力を推し量るのは難しい。
「まぁ、さっきのもそうだが、綺麗な剣だな」
そうシンは呟くと、その水竜の涙をさっさと鞘へと戻して三本目の剣の梱包を解きだした。
その間、三人は一言も言葉を発していない。いや、発する事が出来なかったと言うべきか。
この二振りの剣は真に見事な作りであり、国宝とされてもおかしくも何ともないレベルの逸品である。
この剣一振りを売れば、過度の贅沢をしなければ一人が生涯生きていくだけの金銭が得られるのは確実である。
また三人は、シンがその二振りの剣をさして興味が無さそうに、悪く言えばぞんざいな扱いをしていることにも驚きを隠せない。
だがシンにとってみれば、愛刀が日本刀であることから見ればわかる通り、西洋剣には大して興味を惹かれる事が無いだけである。
ただ良く使用する大剣の死の旋風は、シンのブーストの魔法と非常に相性が良いため愛用しているに過ぎない。
死の旋風は重量こそ重いが、非常に強力な頑健の魔法が掛けられており、切れ味は鈍いもののその強度は凄まじいものであるがために、シンが全力で振り回しても一向に壊れる気配を見せないのだ。
これはシンにとってはありがたいことであった。普通の武器をブーストの魔法を用いて使用すると、すぐにガタが来てしまったり、戦いの最中で破損してしまうからだ。
三本目の剣、それは包みの長さからシンが推測した通り、片手半剣であった。
刀身が長いため、鞘は無く剥き出しのままである。これはシンの死の旋風と同じく、背に背負うしかないだろう。
そしてこれも、前の二振りと同じくミスリル銀を用いているために刀身は青白い。
「えっと、これの銘は……蒼熊……熊かよ! 何で熊なんだよ!」
シンは一人でその銘に突っ込みまくる。名前のセンスもそうだが、これもその秘められた力が何であるかはわからない。
だが目の前にいる三人には、そのシンの声すら耳には入って来ない。
立て続けに三本も国宝級の逸品を見せつけられたのである。そしてそれらを己の差料にしても良いという言葉によって、三人の意識は目の前にある三本の剣にのみ注がれている。
「本当かよ……これが……これが、本当に俺の……」
そう呟き、剣に震える手を伸ばそうとするユリオ。
シンはそこで両手をパンと叩いて、三人の意識を現実世界へと引き戻す。
「おっとそこまでだユリオ。この剣は皇帝陛下からの下賜……その意味はわかるな? この剣を取るということは、このエックハルト王国と決別し帝国の人間になるということだ。後戻りは出来ない、許されない選択だ。一晩だけ時間をやる。もう一度よく考えてから決めろ」
三人は無言で生唾をゴクリと飲み込む。
シンの言う通りこの剣を取れば帝国の一員となり、場合によっては今日までの祖国に、その剣を向けなければならないのだ。
それでも手を伸ばそうとするユリオの手をシンはそっと掴んだ。
「言っただろ? 一晩考えろと。一生の問題だ、考えもせずに突っ走るもんじゃないぞ。もし帝国に来るのを拒んだとしても俺は怒りはしないよ。それに、この国に残ってもお前たちの身に危険が及ばないように、手を打つからその点は安心していい。最後に一つだけ忠告というか、アドバイスだ。自分で選んだ道を疑うな。道を選んだ後は、ただひたすら走り続けろ。それと、後ろを振り向いてばかりの人生は送るな……疲れちまうからな……」
最後の言葉を呟いたシンの顔を三人は、生涯忘れることが出来なかった。
それは寂しさと悲しみ、そして強い後悔の色を灯していたからであった。
三人はシンに言われた通り一晩考えることにし、部屋を後にした。
「……偉そうに言ってはみたが、どの選択肢を選んでも人生なんて後悔しかねぇんだよなぁ……」
窓から差し込む夕陽を浴びて、シンは顔を顰める。だがそれは、ただ夕陽が眩しいからだけのものではないだろう。
「願わくばあの三人の、やがて抱くであろう後悔が、より小さいものでありますように……」
シンはそっと祈りを捧げるようにそっと呟き、その瞳を閉じて未だ眩しく差し込む夕陽をシャットダウンした。
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