結婚パレード
重たい鼠色をした空から、白い雪がひらひらと舞い落ちて来る。
灰のような、それでいて厚みのある灰雪は、積もる前に地面へと融けて浸み込んでいく。
折角の晴れ舞台の日に、降雪に見舞われた王都ロンフォードは静まり返るかと思いきや、近年稀に見る熱気に包まれていた。
道という道に人が溢れ、その人々を相手に商人たちが声を張り上げる。
そんな中、宮殿内の教会では王太子であるパットルと、帝国より嫁いできたヘンリエッテ皇女の結婚式が行われていた。
エックハルト王国のお歴々と、帝国より遣わされた幾ばくかの貴族たちと共に、シンは若い二人の人生の門出を祝福する。
シンのスピーチは独創性の欠片も無いものであったが、戦闘とは違った緊張で身を固くしている、シンの珍しい姿を見た若い新郎新婦は、その顔に自然と笑みを浮かべた。
「お美しい……陛下や太后様にこの御姿をお見せできないのが、実に残念で仕方がありませんな」
横にいるヴァイツゼッカーの言葉に、シンは同感であると頷いた。
新郎新婦共に白を基調とし、金糸で豪奢な装飾が施されたドレスとスーツは、若い二人の華やかさをこれでもかと強調し続けている。
この国の結婚式には指輪の交換や、誓いの口づけなどの風習は無い。
二人の人生に関わった主なる者たちが、新郎と新婦をどれだけ素晴らしい人物であるかを述べ、褒め称えるのである。
これによって新郎と新婦の素晴らしさが参列者に伝わるという、些か茶番じみた風習がある。
それが終わると、二人は神に仕える者……今回は王太子と皇女との結婚であるため、帝国より力信教の総大司教であるハイメリクリウスが呼ばれている。
その総大司教の前で、新郎新婦は永遠の愛を誓い合う。
その後は参列者一人一人が、新郎新婦に祝福の言葉を掛けていくのである。
国王夫妻から始まったそれは、参列者の位階の順に従って行われ、やがてシンの順番がやってきた。
若い新郎新婦の頬は緊張からか、それとも興奮や高揚感がもたらすものか、本来の白さは鳴りを潜めて真っ赤に紅潮している。
「おめでとうございます、王太子殿下、王太子妃殿下」
シンは型通りの祝福を述べた後、ニッコリと笑う。
「二人とも似合ってるぜ。パットル……ヘンリは俺の弟子であり、お前の姉弟子でもある。泣かせたら承知しねぇからな。ヘンリ、パットルは見た通り今はまだ少し頼りない。だからお前がしっかりと支えてやるんだぞ。俺はいずれこの国を去るが、何かあったら遠慮なく呼べ。次期国王やその妃のためではなく、愛弟子たちのためならば何時でも力を貸すからな」
この言葉を聞いたパットルは胸を張り、ヘンリエッテは一筋の涙を流す。
シンは二人にとって初めて見るタイプの人間である。自分たちの位階や権威などに形式以外では決して膝を折る事がなく、一人の人間として向き合ってくれる唯一無二の存在である。
そういった特別な存在であるシンの言葉は、ありきたりではあるが二人の心にスッと沁み込んでいった。
そしてその二人の傍でその言葉を聞いていた国王であるホダイン三世は、宰相の言う通りシンが義理を重んじる人間であるということをやっと理解した。
義……それは裏切り、寝返りが横行するこの乱世では久しく聞かなかった言葉である。
無論シンは自分自身が義理堅い人間であるとは、これっぽっちも思っていない。
自分が義理堅い人間であるのならば、最初にクラスメートを見捨てたりはせずに、死ぬとわかっていても、最後まで彼らと運命を共にしただろうと思っている。
だから逆に自分自身では、これ以上軽薄な人間はいないだろうと卑下もしていた。
そんなシンの心情はさて置き、この世界の人々の目にはシンは誠実で義理堅い人間であると映っている。
「さぁ、次はパレードだな。生憎の空模様だが聞いた話によると、王都にはお前たち二人の晴れ姿を一目見ようと訪れた人々で溢れかえり、待ちわびているらしい。行ってその堂々たる姿と、目も眩むような美しい姿を見せて、皆の祝福を一身に浴びて来い!」
はい、と二人は元気よく返事をする。
シンは再度祝福の言葉を掛けてから、二人の前から辞して自分も参加するパレードの準備に取り掛かった。
ーーー
この日、王都ロンフォードに溢れかえる人々には三つの楽しみがあった。
一つは言わずもがな、次期国王であるパットル王子とその妃となったヘンリエッテの晴れ姿。
二つ目はこの日のために帝国より招いた、力信教の総大司教ハイメリクリウス。
力信教の総大司教であるハイメリクリウスもパレードに参加する予定である。
そして三つ目は、竜殺しの二つ名を持つ英雄であるシンである。
娯楽の少ないこの時代では、下手をすれば死ぬまでの語り草にもなるほどのビッグイベントである。
似合わぬ貴族服から、着慣れた鎧兜にお召替えをしたシンは、愛馬サクラに跨りこの日のために王都に残っていた帝国兵たちの先頭を進む。
人々の熱気が渦巻いているとはいえ、寒い事には変わりがない。
シンの吐く息は白く、サクラは時々寒さで身震いをする。
「さぁ、行くぞ諸君! 胸を張れ! 我ら帝国の将兵の精強さを王都の民に見せつけてやるぞ!」
応、という声と共に、儀礼用の装飾の付いた槍が天高く突き上げられた。
シン率いる帝国兵五百名は、隊列を組んで誘導の式典官の支持に従い王都の大通りを行進する。
空から降る白い雪とは全くの正反対の黒い出で立ちのシンが現れると、民衆たちは大歓声を上げる。
歓声に気を良くしたシンは、調子に乗って腰の刀を抜き放ち掲げてみる。
厚い灰色の雲を刀身に映したシンの姿を見た民衆のボルテージは、さらなる高みへと昇って行く。
「これは後に続く我々はやり辛いですねぇ……」
新郎新婦の前を行く総大司教のハイメリクリウスの言葉に、周りにいる司教たちも苦笑いを浮かべる。
シンが通り過ぎた後の熱狂冷めやらぬ中を、総大司教と司教らが歩く。
すると歓声は次第に鎮まりをみせ、その口からは祈りの言葉が呟かれ始めた。
その祈りに答えるように、ハイメリクリウスらも祈りの言葉を唱えた。
その静まり返った民衆を再び熱気が包み込む。今回の主役である新郎新婦が現れたのだ。
ヘンリエッテはドレス姿は教会の時と同じだが、その腰に兄である皇帝から賜った宝剣である雪の女王を吊るしていた。それを後で知ったシンは、どうかとも思ったがこれが集まった民衆のは大受けした。
「冒険皇女だ!」
ヘンリエッテのその姿を見た人々は、その勇ましくも美しい姿を見て熱狂的な、この日一番の歓声を上げる。その隣にいるパットルは完全に飾りであったが、その事に対して不満を抱くことはなかった。
寧ろ、このような美しく民衆を魅了するヘンリエッテが、自分の妻であることを誇らしく思っていたのである。
元々がお転婆でお調子者であるヘンリエッテは、シンに弟子入りしてその影響を受けたのか、その師であるシンと全く同じ行動を取った。
ヘンリエッテは腰から下げた雪の女王を抜くと、天高くその美しい宝剣を掲げて見せたのである。
純白のドレスに身を包み豪奢な金髪が風に靡かせて、青白い輝きを放つ剣を掲げる姿は、まるで戦に赴く勇ましき天の使いかと民衆に錯覚させた。
後ろからどっと湧いた歓声をその背に受けたシンは、ヘンリエッテがエックハルト王国の民衆たちに受け入れられたと知って、ホッと胸を撫で下ろした。
この日のヘンリエッテの姿は人々の口から口へと伝わり、その姿を直に見た者たちの口から、長く語られ続けるのであった。
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