魔法の師は神である
魔法を披露し終えたシンは、筆頭魔導士であるベルザリオを皮切りとして、駆け寄って来たエックハルト王国の宮廷魔導士たちに取り囲まれて、質問攻めとなる。
「始めに放った魔法は本当に炎弾なのでしょうか? あの魔法が炎弾だとするとしても、あの詠唱の短さは一体どういうことであろうか?」
「ウォーターカッター? 水の刃……水でどうして鎧が切れるのか?」
「ぜ、是非あの魔法をご教授願いたい!」
やはり、教えてくれと言い出す者が現れたかとシンは、予てから用意していた言い訳をして逃れようとする。
「皆様がたに魔法をご教授することは出来ません。何故なら、某は導士ではないからです」
「なんと! あれだけの魔法を操る事が出来るのに、導士ではないだと! 帝国のシン殿に対する遇しかたに疑問を抱かざるを得ませんな」
魔法の強大な力を恐れた過去の為政者が定めた、半ば形骸化している規則だが、魔法を他人に伝授するには国から認められた導士の位階が必要である。
当然だがガラント帝国皇帝であるヴィルヘルム七世は、シンにこの導士の位階を授けようとした。
だが当時のシンは、誰にも魔法を教える気がなかったのと、あくまでもこの規則は建前であると聞いて、授与を固辞してそのまま現在に至っていたのである。
「いや、皇帝陛下は導士の位階を授けようとしてくださいましたが、某の方がお断り致したのです。まだ某の魔法は未熟であり、人に教える段階ではないと思っておる事や、我が師に断りもせずに教えて良いものか判断が付かないので、魔法を教えるのは勘弁願いたく……」
あれで未熟だと? あれほどの魔法を授けた師とは一体誰なのかと、集まった魔導士たちは騒然とする。
「シン殿の魔法の師は、賢者として名高いゾルターン殿でござろうか?」
「いえ、某の魔法の師は創造神ハルです」
沈黙が場を支配する。魔導士たちの顔には、こやつは何を言っているのかという表情を浮かべている。
「失礼…………もう一度お聞きしますが、今何と申された?」
信じられないのも仕方のない事かとシンは思いながらも、もう一度この世界では神として崇められている人工知能の名を告げた。
「ですから、創造神ハルから魔法を学んだのです」
嘘は言っていないので、シンの良心は痛まない。
「な、なるほど…………あの魔法を見せられては、信じるしかないのだろうな…………神……か……」
ベリザリオは険しい顔をしながら、きつく奥歯を噛みしめる。
事の真偽は兎も角として、あの力を見せつけられた挙句の果てに神の名を告げられてしまっては、無理に聞き出すことは難しい。
この世界でも、宗教に関する事柄は非常にデリケートな部分が多々あるのだ。
さらに科学の発展が未だ未熟なこの世界では、森羅万象ことごとく神々が携わっていると人々は信じており、その神々の存在を疑う者はほぼ皆無である。
「まぁ手取り足取りと言うわけにはいきませんが、見たものを真似するのは自由ですし、そうですね……ヒントくらいならば、お教えいたしますが……」
その場にいる魔導士全員が、是非にとシンへ詰め寄る。
「最初に放った魔法は、炎弾の魔法に相違ありません。あれは小型化した炎弾を、連続で発射したものです」
普通は、威力を高めるために発射する弾自体を大型化したり、爆発力を強化したりするのが普通である。
それを敢えて小型化して、炎弾一発に込める魔力を減らすことで連続で発射するという、発想の転換とその自由さにその場にいる魔導士たちは、未熟者めと頭を強く殴られたような気がした。
「次に放ったウォーターカッターの魔法は、水に強力な圧力を加えて打ち出したもので……」
水鉄砲を強力にしたものだと、シンは再びウォーターボールの魔法を唱えて、手に水球を作り出すとその水球を魔力で包み込んで潰し、包み込んだ魔力の膜の一か所に穴を空けて水を押し出す。
ぴゅーっと水が吹き出したのを見て、皆はやっとシンが何をやったのかを理解した。
だが原理や仕組みがわかっても、それを再現できるかどうかは別である。
そしてシンがこれ以上はと言葉を濁すと、ベリザリオらは大人しく引き下がるほかなかった。
ーーー
その晩、筆頭魔導士であるベリザリオは王と重臣たちの前で、シンの魔法についての説明と見解を述べた。
「恐るべし、というしかありません。シン殿は実に気前よく、二つの魔法の種を明かしてはくれましたが、おそらくはあの魔法を今のところ再現できる者は、この国には居ないかと思われまする」
「なに? ベリザリオ殿、あなたでもあの魔法を再現出来ぬと言うのか?」
重臣の一人が驚いて聞き返すも、ベリザリオは今の自分には不可能であると、包み隠さず言って首を振った。
「もし……もしもですぞ……シン殿が有する魔法理論が帝国の魔導士たちに伝わっているとするならば、我が国と帝国が戦った場合、極めて不利な戦いを強いられるのは間違いないでしょう」
「勝てぬと言うのか? 馬鹿な! 魔法の一つや二つ位で、何を申すか!」
バン、と大きな音を立ててテーブルを叩いて立ち上がった重臣に、ベリザリオはただ黙して頷くのみ。
「落ち着くが良い。確かに、現在の所は帝国が魔法に関しては大きくリードしているのは間違いなかろう。魔法剣のこともある…………今は帝国と手を結び、力を蓄えて少しでもその差を埋めるしかあるまい。そのことがわかっただけでも、今回は十分な収穫があったと言えよう」
王の言葉に一同は首を垂れる。正論である。
現在エックハルト王国は、北にソシエテ、西にルーアルトの二国と事を構えている。
故に帝国とまで争えば、国がもたずに滅亡するのは明白である。ならばせっかく向こうから手を差し伸べて来たのだ、この状況を利用せぬ手はない。
以前は強大な力を見て取り乱してしまったが、こう何度も非常識な力を見せられた王は、シンの異常さに慣れてしまっていた。そのせいで今回の魔法を見ても、王は至って冷静に判断を下すことが出来たのであった。
「ベリザリオよ、あの魔法は時間を掛ければ再現は可能か?」
王の問いにベリザリオは力なく首を横に振る。
「わかりませぬ。ですが某を含め、多くの魔導士たちの凝り固まった思考に、一石を投じたのは間違いないでしょう。これを切っ掛けとして、我が国の魔法の更なる発展に、微力ながら尽くしたいと思っております」
「あの神から魔法を教わったとかいう話はまことか?」
「あの魔法を見た後では、その信憑性は極めて高いかと……某は敬虔な信徒であるとは申せませぬが、シン殿は神より御神託を託されたという話を、何度か耳にしたことが御座います」
「それは余も聞いたことがある。それに、腰に佩くあの変わった剣は神より授かりし物だともな……そうか、神か……神の寵児か……あの者の行動が神の手によるものだとするならば、神は我が国に強くなれと申しているのやも知れぬな。よろしい……ならばあの者には極めて友好的に振る舞い、その強さの秘密を少しでも多く手に入れるとしようではないか」
御意、と一同は再び首を垂れた。
ーーー
「いやー結構キツイわ、あれ。バルカンの魔法は兎も角、ウォーターカッターの魔法は幾ら加減しても、ごっそりと体内のマナが持って行かれちまうわ」
「あそこまで圧力を加えてさらに細かい操作をすれば、当たり前じゃ。儂も最初真似した時は、流石に死ぬかと思ったわい」
魔法の披露を終えて宿舎に帰ったシンは、ゾルターンに事の首尾はどうかと尋ねられた。
上手く煙に巻いたよと、言ってシンはソファに座り、その背もたれに身体を預けた。
タフなシンには珍しく、その顔には濃い疲労の影が映っている。
「後は、結婚式だけだな……ああ、考えるだけで憂鬱だ。そうだ、いいこと思いついたぞ! ヘンリを破門すれば、スピーチなど求められなくなるんじゃないか?」
「弟子の結婚スピーチをしたくないがために破門にするなど、前代未聞、末代までの笑い者じゃな。いい加減観念せい」
ゾルターンだけでなく、他の皆も呆れ顔である。
結局シンは、ありきたりな褒め言葉を並べただけの形式的なスピーチ文を羊皮紙に書いてもらい、それを暗唱できるようにと、暇さえあればその羊皮紙を眺める日々を送らねばならなかった。
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