魔法披露
結婚式の準備に追われる日々が続く中、ついに王の前で魔法の披露をする日がやってきた。
さすがに場所は、危険性を考慮して王都内では行わずに、王都郊外にある広い空地で行う事となっている。
シンは予め、二種類の魔法を見せると申し出ている。そして、その準備として一メートル間隔で木の杭を打ってもらい、その杭の板金鎧を括りつけて貰った。
一月中旬の真冬の冷たい風が吹く中、王を始め重臣たちや貴族、そしてエックハルト王国で筆頭魔導士を務めるベリザリオを始めとする魔導士たちが多数見学に訪れている。
「では、早速始めたいと思います。危険ですので、皆様がたはあちらに引いた線からは前に出ないよう、お願い申し上げます」
王であるホダイン三世は了承し、地面に引かれた線から決して前に出ないようにと、集まった臣たちに命じた。
シンが魔法を披露すると聞いた魔導士たちの反応は、二通りであった。
片方は、剣技、魔法剣ともに優れた力を有しているシンならば、その魔法も桁外れに違いないとする者たち。
もう片方は、シンが魔法剣なる技を編み出したのは、魔法がそれほど得意では無いからであろうと言う者たち。
純然たる好奇心、力を持つ者への嫉妬、その力を利用できないかと虎視眈々と狙う王の目……様々な思惑を有する視線たちがシンへと注がれる。
「唱える魔法の名前は何と申すのですかな?」
筆頭魔導士であるベリザリオが、まざ跪いたままであるシンへと尋ねる。
「炎弾の魔法をと、思っております」
それを聞いた魔導士の多くは明らかな落胆の意を示した。
炎弾の魔法は、炎系統の中級の攻撃魔法である。同系統の初級の攻撃魔法には、かつてシンが迷宮都市カールスハウゼンにある迷宮で最初に潜ったときに見た、炎の矢がある。
さらに同系統の上級攻撃魔法には、爆炎の魔法がある。
炎弾の魔法と爆炎の魔法の差はというと、炎弾は文字通り炎の弾を発射する魔法であり、そこからさらにシンにとっては簡単だが、他者にとっては複雑な詠唱と魔力を注ぐことで、爆発の追加効果を加えることが出来る。
爆炎の魔法はというと、弾を発射せずにそのまま指定した場所を爆破するという魔法である。
一見してこちらのが簡単に見えるのだが、例えば何もない空中を爆破しようとした場合、高い空間把握能力が求められたり、また爆発の威力が炎弾よりも高いために、自身や味方に被害が及ばないように爆発の指向性をもコントロールする必要があるため、炎弾よりも上級の魔法と位置づけられているのである。
何だ炎弾の魔法か、これは期待できないななどというヒソヒソ声が、跪くシンの耳にも届いている。
「ヘンリエッテ殿、私は師の魔法を見たことが無いのですが、ヘンリエッテ殿は見たことがお有りですか?」
見学する人々の中には、この国を将来担うであろう若き男女、パットル王子とヘンリエッテ皇女の姿もある。
そのパットルの問いに、ヘンリエッテは頷いた。
「ええ、何度かは……わたくし、魔法には詳しくはありませぬが、師の魔法に抗する事が出来るのは賢者として名高いゾルターンだけだろうと、兄が言っておりましたわ」
ヘンリエッテの兄とは、ガラント帝国の至尊の座にあるヴィルヘルム七世である。
その皇帝であるヴィルヘルム七世が、手放しで褒めたと聞いた周囲の者たちは、ギョッと目を見開いて隣国から来た皇女を見た。
「それは楽しみですね! 僕も乞えば教えて貰えるのでしょうか?」
その問いにはヘンリエッテは頭を横に振った。
「師曰く、自分の魔法は神により教えられたものであり、その師である神に断りも無しに教える事は出来ないと申しておりました。ですが、こうも言っておられましたわ……自分が使った魔法を見て、それを勝手に学ぶ、つまり技を盗むのはその限りでは無いと」
それを聞いたパットルや魔導士たちは、神から教わったなど冗談だろうと笑った。
そんな彼らの反応を見てもヘンリエッテは別段腹も立たない。何故なら、あと数分もすれば彼らのその笑みが、凍りつき顔色を青ざめさせるであろうことがわかっているためである。
「では、失礼!」
シンは立ち上がると、線を越えて鎧が被せられている杭から凡そ二十メートルほど前まで進んだ。
一メートル間隔で並べられた杭の数は二十本。その内の十本を最初の標的と定めた。
「いきまーす!」
体操選手のように、右手を上げてこれから始める事を宣言する。
カイルなどが見ていたならば、その間抜けっぽさに吹き出していたかもしれない。
「炎弾よ、穿ち、爆ぜよ!」
シンがその高々と上げた右手に魔力を集中させていく。開いた手を握り締め、天を突きあげるように高々と上げた手を肩の高さまで落としてから、握り拳を開いた。
そのシンの右手から、真っ赤なアイスキャンディーのような線が次々と放たれる。
光の尾を引いたそれは、一見すると連なって見えたかもしれない。
次々と放たれた小さい炎弾は、鎧に当たると穴を空け中で炸裂する。
それをシンは右から左へとなぞるようにして、次々と鎧を打ち抜き爆発させていく。
炎弾の爆発によって、内側から引き裂かれたような鎧の破片が、辺り一面に飛び散る様を見た見物人たちは、声を上げるどころか身動き一つ取れずにいた。
その中でただ一人、ヘンリエッテだけはこの炎弾の応用魔法であるバルカンを以前に見たことがあり、シンの手のひらから放たれる光の川を見て、その美しさにうっとりとしていた。
十秒ほどの掃射が終わると、辺り一面に粉々になった鎧の破片が散乱していた。
当然、その鎧を固定していた杭も、跡形も無く姿を消している。
「あ、あれは何か? 余の知る炎弾の魔法とは些か……………違うようだが……………」
王が近くに控えている筆頭魔導士であるベリザリオに問うも、当のベルザリオは瞬きも忘れて立ち尽くすのみである。
「べ、ベルザリオ殿……ベルザリオ殿!」
近臣が呆けているベルザリオの肩を揺さぶる。最初は軽く、だがベルザリオが正気を取り戻さぬので、近臣は止むを得ずに激しく揺さぶり、それでやっとベルザリオは精神を現実世界へと帰還させた。
「ベルザリオ殿、陛下の御下問にあらせられるぞ! 今の魔法は何か?」
「…………え、炎弾に御座います…………そ、それを連続で発射………あり得ぬ! こんな馬鹿げた魔法の使い方など…………誰が想像できるものか!」
シンは静まり返る見物人たちの方へと振り返ると、二つ目の魔法を放つことを告げた。
二発目の魔法はウォーターカッターの魔法だが、この魔法は射程を伸ばそうとすればするほど、燃費が悪くなる。
シンはそこからさらに十メートルほど前へと進み出た。
その一挙手一投足に視線が集中する。シンは先程と同じように手を上げて魔法を放つ合図をすると、一番右の鎧を指差した。
「水の刃よ、切り裂け!」
シンの詠唱は短い。シンは指を右から左へと並んでいる鎧をなぞるようにして、一気に横へと払った。
そしてそのまま振り返ると、スタスタと歩き出す。
そのシンの背後から、ガラガラと音を立てて真横に杭ごと切り裂かれた鎧が崩れ落ちる音がする。
この場にいる誰もが、シンが何の魔法を唱え、何をしたのかが理解出来ない。
これはヘンリエッテも見たことのない魔法だったので、彼女も驚いて目を見開いている。
そんな中、一人の者がシンの元へと駆け寄って行く。
「シン殿、シン殿! 今のは、今のは一体…………いや、いや…………儂には微かだが見えましたぞ! 指の先から放たれた光が! あれは一体何であるのか? どうか、どうか…………」
シンの魔法を見て居ても立っても居られずに駆け寄ったのは、この国で魔導士たちの頂点に立つ、筆頭魔導士のベリザリオであった。
ベリザリオは無能ではない。寧ろ、超が付く程に有能である。であればこそ、シンが放った魔法が如何に優れたものであるかを瞬時に見抜いたのである。
「あれは、ご教授するわけにはいきませんが種明かしを……」
そう言ってシンはウォーターボールの魔法を唱え、手のひらの上に水球を作り出す。
そして、そのまま魔力で水球に圧を加えて水鉄砲のように飛ばして見せた。
多くの者が首を傾げる中、ベルザリオと他数名はそれだけでシンが何をやったのかを知り、その顔が再び驚愕へと変わっていった。
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明日はクリスマスということで、見栄を張ってお休みします。リア充だかね!
嘘です、書きだめのストックが切れただけです。ごめんね!




