スピーチ問題
新年を迎え、さらに二週間が過ぎた。
王の前で魔法を披露する、御前試合もとい御前魔法披露の日は目前に迫っていた。
丁度その頃、帝都シャルロッテン・ヴァルデンベルクに、シンが影へと託した手紙が届けられた。
「なになに……御前試合をして勝った褒美として、エックハルトが用意した三名の魔法騎士の卵を弟子として帝国へと連れ帰る許可を得た? どういうことだ? わけがわからんぞ? 魔法剣を伝授する相手は王太子であるパットル……パットル王子はヘンリの夫……つまり余の義弟ではないか! どうしてそうなったのかが全く書かれておらぬな……影の報告ではシンには監視の目が光っているとのことだから仕方なしか……え~と、あとは……ヘンリは元気、それとミスリル銀製の剣を三本送れ? あやつは余の宝物庫を空にでもする気か! まぁ、良い……適当に見繕うとするか」
要点しか書いていない短い手紙である。そのことから、意外にも監視の目が厳しいことが窺い知れる。
現在のところ、この手紙がエックハルトの内情を知る貴重な情報源である。
今月の下旬にエックハルト王国の王都で行われる、パットル王子とヘンリエッテ皇女の結婚式と結婚パレードのために、帝国からも式典官以下数名が派遣されており、もうそろそろ王都へと着く頃である。
結婚式が終われば、パレードに参加するために派遣中の兵と、その式典官らが帰還するのでいま少し詳しい情報が聞けるだろう。
「ヘンリは元気か……それを聞けば母上もお喜びになるだろう」
おそらくは生涯二度と会う事が無いであろう妹の顔を思い出す。
無邪気でお転婆で、それでいて妙に繊細な心を持つ妹は、もうこの国にはいないのだと思うと、寂寥感を感じ窓の外を見ながら深い溜息をついた。
しかし、と皇帝はソファに深く腰を掛けて思案に暮れる。
シンの手紙に書いてあった三名の魔法騎士の卵とはいったい何者であろうか? シンはその者たちを帝国に連れ帰る気のようだが……これは、こちらからも少し探りを入れた方が良いかも知れぬ。
皇帝は立ち上がると机の上の鈴を鳴らし、隣室に控えている近侍を呼ぶ。
そして影の頭領であるアンスガーと、諜報機関の長であるブナーゲル子爵を呼ぶように申し付ける。
「まぁ、何事もなく終わるとは思っておらなんだが、やはりと言うべきか……あやつは、良い意味でも悪い意味でも台風の目のような男だからな……」
窓を空けながら呟いた言葉は、真冬の寒風に融けて近侍の耳には伝わらない。
冷えた外気を胸いっぱいに吸い込んだ皇帝は、換気のためにしばらくそのまま窓を開けておくようにと、近侍に申し付けて、いつもの第二応接室を後にした。
ーーー
「ご無沙汰というほどではありませんが……お元気そうで何よりです」
帝国から結婚式に帝国側の立会人の一人として、参加するために派遣された多数の貴族と高官の内の一人に、シンも見知った顔があった。
それはかつて、シンと共に西にあるムベーベ国へと赴いた、ヴァイツゼッカー子爵であった。
よくよく考えてみれば当たり前の人選とも言える。ヴァイツゼッカーは、エックハルト王国に使者として赴いたことがあり、その点を考慮したのであろう。
「そちらも元気そうだな。陛下はお元気であらせられるか?」
ヴァイツゼッカーの他にも幾人か、宮殿で見た顔がちらほら見える。
シンに貸し与えられている宿舎を訪れた彼らは、結婚式が目前にまで迫っているので、挨拶もそこそこに早速打ち合わせを始める。
まず、シンに帝都から結婚式に着る正装が送られて来た。
それを着て、シンは帝国側の席に着くことになっている。シンは貴族位を持たないが、帝国では功臣であるシンを伯爵位相当の待遇で遇する事が、案に決められている。
エックハルト王国が、シンを伯爵位相当として遇しているのも、そのことに起因しているのである。
よって、前の方の席に着かねばならない。それは良いのだが、ここでヴァイツゼッカーの口から、とんでもない爆弾発言が飛び出した。
「シン殿は皇女殿下の剣の師でありますれば、新たなる門出を祝すお言葉を、お二人に掛けるのが宜しいかと……」
「は?」
これはいわゆる友人代表スピーチとか恩師のスピーチとかそういった類のものだろうか?
拙い、これは拙いとシンの背筋に緊張が走る。勿論、ヘンリエッテ皇女は自分の弟子でもあり、友人の妹でもあるため、その結婚を祝う気持ちは人一倍ある。
これが、ヘンリエッテが平民ならば何の問題も無い。だがヘンリエッテは皇族であり、その配偶者であるパットルも自分の弟子ではあるものの王族である。
皇族や王族の結婚式で、自分はいったい何を喋れば良いのか全く見当もつかないのである。
「ヴァイツゼッカー殿、結婚式で俺は何を話せば良いのか?」
「ああ、ご心配には及びませぬ。普通に、帝国で行われている世間一般の結婚式と左程変わりはありませぬので……」
それがわからないのだと、シンは焦る。
「それは難しい話だ……卿も御存じの通り、某は帝国の……いやこの大陸の世情には疎いのだ……それにこ帝国に仕える前も、その後も誰かの結婚式に参列したことが無いのだ」
今度はヴァイツゼッカーらが焦る番である。
「い、一度もでありますか?」
うん、とシンが力強く頷くのを見て、その場に居る者は皆卒倒しそうになる。
ああそういえばと、改めてその場に居た者はシンの経歴を思い出す。
シンは確かに伯爵位相当として遇されてはいるが、貴族位を持っているわけではない。
それがために、今まで結婚式などの式典に呼ばれなかったのだろうと納得する。
「参りましたね……わかりました」
ああ、スピーチを免除して貰えるのかとシンは安堵する。
だが、ヴァイツゼッカーの口から出た言葉はその真逆であった。
「残された日数は少ないですが、結婚式当日までに結婚式に於ける作法などを、覚えて頂きます。これは国の威信に関わる事であり、皇女殿下に恥を掻かせるわけにはいかないので、厳しく指導致しますのでどうか御覚悟を!」
シンは今すぐにこの場を逃げ出したい気分に襲われた。
作法を教わるのは良いのだが、スピーチの言葉は自分で考えろと言うのだ。
ヴァイツゼッカー曰く、この場にいる中で皇女殿下のことを一番ご存じなのはあなたなのですから、それは至極当然のことであると。
シンは文字通り頭を抱えた。ヘンリとの思い出……いくら思い返してみても、お涙頂戴の感動話などは見つからない。
ヘンリエッテ皇女殿下は、とても絵がお上手で……駄目だ……狼を模写してどうしてあの羊みたいな絵になるんだよ……エルはなんだか気に入っていたが、これは没だな。
後は何があるんだ? 皇女殿下はとてもお淑やかで……んなわけあるか! あんなお転婆皇女なんぞ、世界広しと言えども、あいつだけだ。
ヘンリエッテ皇女は、見てくれだけは良く…………褒め言葉になってねぇし! ああ、もうどうしたらいいんだ……
打ち合わせが終わり、簡単な作法のレクチャーを受けた後、シンは仲間にこのことを相談した。
「むぅ…………駄目じゃ、儂はもう寝る。他の者に聞くが良い」
賢者であるゾルターンが真っ先にその場を逃げ出した。
「カイル……おい、カイル!」
一番弟子は決して自分と目を合わせようとしない。薄情な奴だ! と他の者たちに救いを求めるが、誰一人として目を合わせてはくれなかった。
「おい、これじゃがあまりにもヘンリが可哀そうだろ! 何かあるだろ? な? な?」
シンは必死で知恵を貸して欲しいと懇願する。
「ま、まぁ、元気よね……うん、無駄に元気!」
エリーの顔を引き攣らせながらの発言に、それ褒めてないだろと非難の視線が突き刺さる。
無理も無いのである。ヘンリエッテの言動と行動は、シンたちの抱いていたお姫様像を、完膚なきまでに粉砕していたのだ。
「そうだ! 師匠、エマさんたちに聞いてみればどうでしょうか? 長くお仕えしているでしょうし、皇女殿下のいいところを一杯知ってますよ……………………多分」
最後の一言が引っかかったが、カイルの言葉に従うことにする。
翌日、正式に結婚式についての打ち合わせという名目で、筆頭侍女のエマから話を聞くことにした。
「…………………………………………ほ、ほら、元気で可愛いでしょ? ね?」
駄目だこりゃ、打つ手なしと、シンは両手で顔を覆い天を仰いだ。
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もう一方の作品、自分が三人揃えば文殊の知恵は、推敲と校正が終わっていないので、申し訳ありませんがお休みします。




