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帝国の剣  作者: 0343
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異国での新年


 年が明けた。大陸歴787年の始まりである。

 この世界では年齢は数え年であり、新年が明けると一斉に一つ年を重ねることになる。

 これによってシンは二十一歳となった。レオナは十九歳、カイルとエリーは十八歳、マーヤは十七歳となった。

 もう誰もが所帯を持っていてもおかしくはない年齢である。

 シンとしては、聖戦が片付くまで身を固める気はないということはレオナ達に伝えてはある。

 待ちきれなかったり、他に好いた男が出来たのならば自分に遠慮はするなとも。

 だが彼女たちは待つつもりらしい。それは嬉しくもあり、些か心苦しくもある。


 カイルとエリーは相思相愛であり、身を固める気は満々なのだが、カイルは師を差し置いて自分が結婚するわけにはいかないと言って、一向に結婚しようとはしない。

 変に頑固な部分があるカイルは、シンが自分に気を使う必要はないと言っても、決して首を縦には振らないのであった。

 エリーはというと、そんなところも好きになった理由の一つであると、半ば諦めていた。

 その代わりに、結婚したらう~んと幸せにして貰うのだとカイルに日々、プレッシャーを掛けている。


「シン殿、私の孫娘のサリーシャですわい。祖父の儂が言うのも何ではありますが、実に良く出来た孫娘で……」


 シンは今、王宮で行われている新年を祝うパーティに呼ばれ、参加している。

 数々の武名を鳴らしながら未だ独身であるシンは、こういった場所に出ると、娘や孫を嫁がせようとする貴族たちに取り囲まれるのが常であった。

 そういった数々の申し出をシンは、自分は帝国に仕える身であり、何れは帝国に帰らねばならぬ身だと言ってやんわりと断り続けている。

 それでもなお、食い下がって来る者たちには、自分は冒険者でもあり、冒険者的観念からすると妻とするには、自分の背中を預けられるだけの強さを持つ女性でなければならないと言って煙に巻いた。

 

 遠目から華やかな衣装を身に纏った貴族の娘たちを見ても、シンの胸はときめかない。

 針仕事一つしたことのなさそうな真っ白な手より、今の季節ならば冬の寒さの中での水仕事で、あかぎれを起こしているような、働き者の手の方が遥かに美しいとさえ感じてしまう。


 やはり、住む世界が違うのだろうな……貴族になんかならなくて正解だったな。俺にはどうも、他人を恒常的に支配するというのが無理だし、好かない。やはり元が日本人の一般家庭の出だからなのだろうか?


 シンは爵位を持たず、騎士位のみ……帝国で新たに制定された魔法騎士の位のみであるが、仮にも一国の王子……それも王太子として擁立された者に剣を教えるにあたって、ほぼ無位無官では体面というものがあるとして、シンをエックハルト王国では伯爵位相当として扱う事に決まった。

 当然ながら、形だけであり実権は無い。法衣貴族の伯爵位相当の給金が支払われることとなったが、シンは二君には仕えずと言って、これを固辞した。

 このシンの発言は賛否両論ではあった。せっかくの王の好意を無碍にするとは傲慢であるとの意見もあったが、どちらかというと、きちんと筋を通す姿が潔いとする意見の方が多かった。

 王国としては仕方が無いので、給金の他に何か望みはないかと尋ねた。


「それならば一つ、お願いしたきことが御座います。エックハルト王国の南東に、アリュー村という小さな村が御座います。そこには友人がおりまして、帝国に帰る前に立ち寄って挨拶をしていきたいと思いますが、お許し頂けるでしょうか?」


 それならば容易い御用であると、王であるホダイン三世は快諾した。

 正式に待遇と恩賞が決まり、シンは無位無官の身なれど伯爵位相当として扱われるようになった。

 そのせいで本来ならば、王族と高位貴族しか入れぬ王宮での新年を迎えるパーティーに、参加せざるを得なかったのである。

 婚姻や色恋の駆け引きが通じないと知ると、貴族たちはシンに武功話をせがんだ。

 シンは元々そういった自慢話の類は好きでは無いのだが、先に婚姻を迫る貴族たちを煙に巻いたこともあり、これ以上角を立てるのは得策ではないとして、仕方なしに冗談を交えながら話すことにした。


「そのマラクという巨竜は、某が全力で斬ったにも拘らず薄皮一枚傷つけるのがやっとのありさまで……王者の余裕でしょうな、某の健闘を讃え見逃してくれた次第でありまして……」


 いつの間にかシンの周りには、人だかりが出来ていた。その人だかりの中に、パットルやヘンリエッテ、それと国王であるホダイン三世や王妃であるクラトーマの姿までがあった。


「すると、卿はそのマラクとか申す竜に負けたと言うのだな? あの噂話は本当であったか……」


「はい、そのマラクの放つ炎は巨大であり、あれならばどんなに厚い壁でも意味を成しますまい。さらに竜は魔法を使います。それらを見て某はこう思いました。齢を重ねた成竜は、神に準ずる存在と言っても過言ではないと」


 シンの言葉に、おおっ、と会場である大広間全体がざわめく。

 

「それは不敬ではないか? たかが竜ごときを神に近いなどと……」


 信心深い貴族なのだろう。力信教のシンボルを首から下げていることから、そのことが窺い知れる。


「いえ、決して誇張ではありません。マラクの火球ブレスによって、齢数百年はあると思われる巨木が、灰も残さず燃え尽きるのをこの目でしかと見ておりますれば……しかも同地にはそのマラクに匹敵する巨竜が他にもいるらしいのです。神々の屋根の麓には巨大な雷竜が住んでいるらしく、同地の空を支配しているのだとマラクが申しておりました」


 おお、と再び会場が揺れる。

 そこで一人の初老の男がシンの前に進み出て来た。


「今のお話を聞いた限りですと、シン殿は魔法も堪能のようですな。ああ、申し遅れました……この国で筆頭宮廷魔導士に任じられているベリザリオと申します。先の闘技場での試合を拝見させていただきました。いやぁ、実に見事でありましたなぁ……そこで私も思いついたのですよ。剣だけ帝国と我が国が交流するのは勿体無いのではないかと……どうです? いっそ魔法も我が国と帝国とで交流を深め合うというのは?」


 これは目の前にいるベリザリオとう男だけの思いつきではないだろうと、シンは考えた。


「こちらとしては構いません。流石に今すぐとはいきませんが……」


 ベリザリオはこちらの提案に素直に乗って来たことに内心で驚く。

 普通は自分の手は騎士であろうと、魔導士であろうと隠せる限りは隠すものである。

 それが冒険者となれば尚更の事こと……だがこの男は容易く応じた。これは傲慢と見るべきか否か……


「随分と面白い話をしているようだな」


 ここで国王の登場である。その王のために、貴族たちは海を割るようにして道を作る。

 

「はっ、陛下……今シン殿と魔法についても先日の試合のように、互いに交流しては如何かと話していた次第でありまして……」


「なるほど、確かに卿の言葉には一理ある。今後は帝国と我が国は、何かと手を取り合う事が多くなるやも知れぬ。そう言った意味でも、互いを知るのは実に重要な事であろう。そうは思わぬかな?」


 ええ、確かにと、シンは微笑みながら答える。

 シンとしては魔法を見せても別に問題はないと思ってる。何故なら、ゾルターンは別格としてシンのレベルにまで到達できるものが、そうは多くは無いことを知っているからである。

 魔法はイメージが大切であり、さらにそのことわりを知っていればいるほどに、同じ魔法で同じ魔力を込めても、詠唱の早さや魔法そのものの正確さや威力が上がって行く。

 例えば雷の魔法を唱えるには、まず雷を知らねばならないし、さらには雷が空中で発生した放電現象であることを知らねばならない。そしてさらに威力や精度を上げるには、電気についての知識などが必要不可欠である。

 残念ながらこの世界では、長きにわたる戦乱ゆえか科学や化学といった学問の発展が停滞気味というよりは、そちらに力を回す余裕が無くなってしまっているのだろう。

 識字率の低さから見ても、科学や化学等にかかわらず学問自体があまり盛んでは無いことが窺える。

 なので、例えシンの魔法を見ても理解できるのは本の一握りの人間だけであり、さらにそれを使いこなせる人間は少ないだろう。

 だからこそシンは、堂々と魔法を披露しても構わないと答えたのであった。


「では、そうじゃな……今月下旬には王太子と王太子妃の婚姻が控えておれば、その前に彼らに対する景気づけを兼ねて中旬あたりに行うとするかの」


 シンは二も無くその条件を飲んだ。内心では、やれやれと思っていたのではあるが……

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