英雄の正体は悪党で狂人
シンが王宮から戻ってくると、すでに仲間たちが件の三人を連れて来ていた。
「よう、試合ぶりだな……カイル、お前たち誰かに襲われたり、後をつけられたりはしなかったか?」
「いえ、大丈夫でした。ただ、彼らを第三城壁の中に入れる際に、ちょっとだけ、すったもんだがありましたが……それ以外は、別に変ったことはありませんでした」
詳しい話をカイルに聞くと、王に忌避され実家を追われた彼らを、第三城壁内に入れる際に門の守備隊長らしき騎士と、多少揉めたという。
だがカイルたちは引かずに、身元も確かではあるし何よりもうこの三人は、我が師の門弟であると言って突っぱねたとのことだった。
「それでいい。まぁ何にせよ、この三人が殺される前に連れて来れただけでも大成功だよ」
シンの口から出た物騒な言葉に三人は驚き、その中の一人であるユリオが、なぜ我々が殺されたりしなければならないのかとシンに問う。
「えっ? わかんねぇのか? お前たち三人は、国賓である俺に喧嘩を売ったにもかかわらず、王の前で無様にも負けた。お前たちの実家としては、この失態における責任を、全てお前たちに被せて王の叱責を躱そうとするだろう。それに俺は、お前たちが無能だとは思ってはいない。寧ろ、数ある貴族家の若手代表として選ばれただけのことはあると思っている。だが、その有能さが災いを招く結果となった。王は勘当されたお前たちが、他国に流れることを恐れている。もし他国に流れるのであれば、いっそのこと始末してしまった方が良いと考えているだろう。それを防ぐには、国賓扱いである俺の門弟にしちまう他は無かったのさ……」
三人は唖然とする。未だあの敗北から立ち直ってはおらず、シンを前にするだけで軽い恐怖心を感じている中、その口から恐ろしい言葉がポンポンと飛び出して来たのである。
そして彼らは、心の中で後悔の涙を流した。確かに、喧嘩を売ったのは彼らの方だ。
それは若ゆえの思い上がり……騎士位を持つとはいえ、何処の馬ともしれぬ平民上がりのシンに、なぜ王国有数の名家の出である自分たちが、頭を下げねばならないのかという反発心の現れ。
ジュリアだけはそれに加え、父の仇を横取りされたという倒錯した恨みをシンに抱いていた。
だがそれらの感情をさらに後押ししたのは、他でもない実家であった。選民意識の高さからくる傲慢さ、元平民ごときに剣を教わるなど、自分たちの家名に傷が付くと三人を焚きつけたにもかかわらず失敗したとみると、まるでゴミを屑籠に捨てるように、あっさりと自分たちを捨てる無情な冷酷さを目の当たりにして、彼等は絶望した。
もっともジュリアの実家だけは違った。ファルネーゼ男爵……ジュリアの家を事実上乗っ取った叔父は、これを好機とみて邪魔なジュリアを亡き者にしようとしていたのだが、シンの手の方が僅かに早かったがためにその不逞な企みは失敗に終わるだろう。
「わ、我らをこ、殺したとしても、周囲が不審に思わぬはずが……」
グイードが上体をよろめかせながら、まだ何かに期待するかのようなか細い声を上げる。
「アホ、殺しちまえばどうとでもなるだろ。自殺に見せかけることなど、造作も無いことだ。自殺の理由は、試合に負けて生き恥を晒すのは嫌だのなんだのと、それらしい遺書の一つでも用意しとけばいいだけのことだろうが」
彼らは自分がもうどうすることもできないほどに、追い込まれているのを知った。
もっとも、そう彼らを追い込んだのは、他ならぬシンである。最初は礼儀を弁えないエックハルト王国の貴族どもの鼻っ柱をへし折ってやろうと思っただけであった。
だが、試合後に事態は思わぬ方向へと変わって行く。彼らに全ての責任を被せたとの噂話を聞いたシンは、狡知極まる悪巧みを思いついたのだ。有能な人材であることには間違いないのであれば、彼らをさらに追い込みエックハルト王国に居られなくしてやろうと。
そしてどこにも行く宛てもなく、いつ殺されるかもわからず怯える窮鳥を救ってやり、帝国へと連れ帰れば皇帝への良い土産になるのではと。
目の前で青ざめている三人を見て、シンは思う。元々の非があるのは彼らの方なので同情はしない。
それと、エックハルト王国が彼らをいらないというのならば、自分が拾っても文句の言われる筋合いはないだろうと。
「お、俺たちは、いったいどうすれば……」
グイードが、わなわなと震えながらその場に崩れ落ちる。無理も無いことである。
つい先日まで、国内有数の有力貴族の子弟であったにもかかわらず、今では命を狙われる、言わば罪人の如き扱いである。
あまりの身に周りの変化に、頭も心も着いていけないのだろう。悪どいシンは、ここぞとばかりにその弱った心を攻めたてる。
「お前らの選ぶ道は二つ……このままここを立ち去り殺されるか、それとも俺の弟子となって剣を学び、帝国へと亡命するか……無理強いはしない。好きな方を選べ……」
元より選択肢など、あってないようなものである。彼ら三人は、虚ろな目をしながらもシンの弟子となることを誓った。
「よーし、決まりだ。俺は先程、パットル王子に魔法剣を教えるよう王に命じられた。つまり、俺は王子の師となったわけだな」
「なに! ヘンリエッテの嬢ちゃんが、色仕掛けで王子を誑し込んだのか?」
まさかそんなと、ハーベイが素っ頓狂な声を上げる。やはりみんな最初はそう思うよなと、シンは笑いながらもそれを否定する。
「そんなわけないだろ。これは俺の想像に過ぎないが、王と貴族たちとの力加減、綱引きの結果なのではないかと考えている。この国は見たところ帝国に比べても貴族の力が強いように感じる。あの試合だって最初から仕組まれていたのではないだろうか?」
「ふむ……つまりは、国王はこの三人がお前さんに勝てぬのを知りながら、敢えて嗾けたと申すのか?」
ゾルターンの言葉に、シンは頷く。
「この三人は、王国でも有数の名家の出だ。最初から王は、この三人が負けたことに対しての責任を三家におっ被せて、三家の力を削ごうと考えていたのではないかと……さらに王は、先日見せた魔法剣の力を王家に取り込みその力を独占しようと考えたのではないかと」
「汚ねぇな……それはよ。つまり、こいつらは完全にダシにされたってことかよ」
けっ、とハーベイが顔を顰める。だがこれは、シンの考えすぎであった。
確かに国王ホダイン三世と貴族たちの間には、シンが言ったような駆け引きはあった。
だが当時のホダイン三世は、魔法剣を目の当たりにして冷静さを欠いており、そのような陰謀を企てる余裕はなかったのだ。完全に当たっているのは、魔法剣を王家に取り込んで独占しようというところだけであった。
「憶測の域は出ないけどな。まぁ真相はわからんが、この三人の命を救えただけで良しとするさ。でだ、明日から俺は王子の訓練をすることになった。ああ、お前ら三人も明日から俺が王子とともに鍛えてやるから覚悟しておけよ」
「おい、そいつはちょっと拙くないか? 王に忌避されてるこの三人を、王子と一緒にするのはさ」
ハンクは慌てた。慌てたのはハンクだけではない。
「そ、そうですよシン様! この三人がいくら有望だとしても、王の神経を逆なでするような真似は控えるべきではありませんか?」
「レオナ、確かにお前の言う通りなんだがな……だがよ……このまま舐められっぱなしっていうのも癪じゃねぇか……俺はあの玉座にふんぞり返った王が、目を白黒させる様が見たくてしょうがねぇんだ」
そう言ってシンは、クックと忍び笑いを洩らす。あの王はこの三人だけならず、自分までダシに使ったのだ。これぐらいの意趣返しは甘んじて受けて貰おう。
それを見た皆の反応はさまざまである。
いつものことだわとエリーが肩を竦め、レオナはがっくりとうなだれた。
カイルに至っては、新たに弟子となる王子と三人を揉んでやると息巻いている。
ハンクとハーベイはシンらしいと笑い、ロラは大丈夫かしらと首を傾げている。
ゾルターンは、面白いとばかりに目に微笑を浮かべながら、グラスに注いだワインを口に運び、マーヤは……話の内容を理解していないのだろう。それを誤魔化すように、盛んに尻尾を大きく振っていた。
そんな中で、グイード、ユリオ、ジュリアの三人は、シンの言っていることを一つたりとも理解出来ないでいる。
だが、三人が思うところは完全に一致していた。王に対して喧嘩を売るこの男は、紛れもなく狂人であると。
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