堂々たる引き抜き
翌日、先日に行われた試合に関しての褒美を授かる事になったシンは王宮へと呼ばれ、玉座の間へと通される。
玉座には国王のホダイン三世が、そして左右には円形闘技場でも見かけた重臣たちが居並んでいる。
シンは一礼し、国王ホダイン三世の前に跪いてかしこまる。シンは友好国からの客人扱いであり、王に対して直答を許されている。
「わざわざご足労を掛けさせてすまなんだ。先の試合でのシン殿の見事なる腕前と、不躾な申し出を受け入れてくれた礼をと思っての……」
「某ごとき軽輩に過分なるご厚情、恐悦至極に御座います」
ホダイン三世は鷹揚に頷くと、早速に褒美は何が良いのかと聞く。
「客人であるシン殿に無理なお願いをしたのはこちらじゃ、望む物を申すが良い。出来る限りは用意させようぞ……」
「はっ、ありがたきお言葉……ですが、その前に一つお聞きしたき儀が御座います」
「ん? なんであろうか? 余に答えられれば良いのだが……」
「はっ、某と試合をした三名のことで御座いまする。某が耳にしたところによりますれば、三名とも勘当されたとか……それはまことに御座いましょうか?」
それが褒美と何の関係があるのだろうか? もしや、未だ怒りが収まらずにあの者たちの首を、とでも言うつもりであろうかと、ホダイン三世は内心で身構えつつも表面上は平静を保ち、すっとぼけてみせる。
「ん? そうなのか? 余は謹慎していると聞いておったが……」
「はっ、確かに試合当日より二、三日は謹慎しておりましたがその後、勘当されたとの由に御座います」
脇に控える近臣が王の問いかけに答える。そのやり取りだけを見れば、王は三名の処遇について関わってはいないように見えるが、シンは内心でこの狸親父めと毒づいていた。
どう考えても、三人の実家に対して王が何らかの圧力を掛けたのは間違いないとシンは見ている。
だがそれを追及するような真似はせず、シンはその三名の処遇に対し同情的かつバツの悪いような表情を浮かべる。
「やはりその噂は本当でありましたか……某もまだまだ未熟であります。多少頭に血が上っていたとはいえ、前途有望な若者たちの将来を閉ざしてしまうとは……」
王も居並ぶ重臣たちも、この流れからいってシンが三名の処遇に対して王の寛恕を求めるものだと思っていた。
自分に対して言わば喧嘩を売って来た相手に対して、王の寛恕を褒美代わりに求めるとは……竜殺しも中々に情け深い男よと王も重臣たちも思っていたのだが、次のシンの言葉には飛び上がらんばかりに驚いてしまう。
「これは某の大人げの無い行動によるものであり、その責任を取らねばなりますまい。勘当されたということは、彼等にとってたつきの道を奪われたに等しいでありましょう。ならば、某があの者たちが生活に困らぬよう養いたく存じます。どうか、このことについてお許しを願いたく……それを以ってして、褒美とさせていただきとう存じます」
先に何でも望みの物を言えと言ってしまった以上、王は引っ込みがつかない。
王は内心でシンのしたたかさに対して、この糞餓鬼めがと激昂する。
つまりは引き抜きである。それも堂々と……
あの三人を要らぬと言ったのは、三名の実家である。それを拾って何が悪いと、シンは言外にほのめかしているのだ。
「……それは……そうじゃな……あの三名の意志によるのではないか? 余とて本人たちの意志を無視しての無理強いは出来かねる」
王は辛うじてこう言うのが精一杯である。そして、この会見が終わった後には、直ぐに三名に対して使者を送り、シンの申し出を受けないようにと言い含めねばなるまいと考えていた。
それでもシンの元へ行くと言うのであれば、三名を亡き者にするも止むを得ず……家の名誉を穢された三家の者が勝手にやったことにすれば良いことである。
「では、本人たちが承諾するならば、お許し頂けるので?」
「うむ、本人たちが納得するのであれば、余がとやかく言うことではあるまいて……」
「そのお言葉を賜り、某の心も軽くなったようで御座います。既に今頃は、弟子と仲間たちが彼の者たちにその話をしておりますれば……」
三人の処遇は噂話となり、既に広まっていた。そこでシンは、エックハルト王国の騎士や兵に酒を奢ったり、金を握らせたりして更なる詳しい情報を集めたのである。
その結果三名は王都にある、それぞれ別の宿に滞在していることがわかった。
三名は生粋の貴族のボンボンである。いきなり僅かな手切れ金を渡され、外に放り出されどうしたら良いかわからないのだろう。
その明日をもわからぬ不安に対し、付け入る隙があると見ている。
シンたちが外出する際には、必ず騎士や兵の護衛と言う名のお目付け役が着いて来る。
だが、今は年の瀬……王都の通りはどこも人で溢れかえっている。人ごみに紛れて、お目付け役を撒くことなど造作も無い事であった。
そこでシンは王宮へと向かう前に、パーティ全員を買い物に行かせる振りをさせて外出させたのである。
そしてカイルをグイードの説得に向かわせ、ハンクとハーベイをユリオに、女性には女性をと言うことで、レオナとエリーをジュリアの説得に向かわせていた。
「な、なに!」
王は驚き、僅かに腰を浮かばせる。そしてその内心では、烈火の如き怒りの炎が渦巻いていた。
つまりは、自分の息子と然して変わらぬ年齢のこの男に、完全に出し抜かれたというのである。
この男といい、皇帝ヴィルヘルム七世といい、帝国の曲者どもめが!
だが、ここで怒りを露わにすることは出来ない。王権を強くするためには、魔法剣をパットルに覚えさせねばならない。
「はっはっは……見事、見事、シン殿は見た目に寄らず駆け引きも得意という訳じゃな……これは一本取られたわい。では、試合の褒美はそれで良いとして……今度は余の頼みを聞いては貰えぬだろうか?」
今度は、シンが眉を細める番である。
シンには王が何を自分に頼もうとするのかがわからない。もしかすると、自国に現れた竜を退治して欲しいとかだろうか? それは出来れば勘弁願いたいところである。マラク級の竜には、現状では逆立ちしても敵わない事を知ったばかりである。
「はっ、某に出来る事でありますれば……何なりと……」
畜生、攻守が逆転しちまったとシンは焦った。どんな無理難題を吹っかけられるのだろうか? 戦いの緊張とは違った類の冷たい汗が全身から溢れ出す。
「そうか、そうか、余の頼みを聞いてくれるか。それは重畳である。頼みと言うのは他でもない、シン殿から魔法剣を教わる予定であった者たちの代わりに、余の息子であるパットルめに魔法剣を授けてはくれまいか?」
はっ? とシンは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
それはシンにとって願っても無い事である。身の安全は確保されたも同然である上に、もしも王太子であるパットルと師弟関係を結べたとしたならば、将来パットルが国王となった暁にはシンはエックハルト王国に対して多少なりとも影響力を持つことになるのだ。
まして、パットルの妻になる予定であるヘンリエッテは既に自分の弟子である。
夫婦揃って自分の弟子となれば、否が応でもそうなるであろう。
まさかヘンリがパットル王子を口説いたのか? いやいや、それは無いだろう。もしそうならば、勝ち誇って報告して来るはずだしな……だが、何にしてもこれは願っても無い状況であることには間違いない。
シンはすぅ、と大きく息を吸う。
「王子に某が編み出したる技をお教え出来るとは、まことに光栄に存じまする。ですが、引き受けるに当たって一つだけ、お約束頂きたいことが御座いまする」
なにか? と、王はシンを促す。
「はっ、パットル王子を我が弟子と致すならば、その訓練法に一切の口出しをせぬとお約束下さいませ。お約束出来ぬのであれば、某はもうここに居る理由が御座いませぬゆえ、帝国へと帰還させていただきまする」
つまりは余計な口を挟むなということである。それは王も予見していた範囲内の事であるため、素直に了承する。
「もう年の瀬ではありますが、善は急げと申します。明日より早速、訓練を始めたいと思います」
これも王は即座に了承する。ずるずると引き伸ばして、貴族たちの横槍が入るのを防ぐという目論みもあるからだ。
こうしてシンはパットル王子の師となり、魔法剣を伝授するための訓練を施すこととなった。
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