シンの悪知恵
試合の日から五日が経った。もうすっかりと年の瀬で、王都は新年を迎え入れる準備に追われ通りには人が溢れている。
その王都にある王宮では、ホダイン三世が重臣たちを集め会議を行う。
集まった重臣たちの顔色は悪い。会議の内容は、先の試合の不始末をどうつけるかである。
重臣たちを見る王の目は冷たい。お前たちの言う事を聞いて、その通りにしたら国としての威信が傷ついてしまったぞ……いったいどうするのか? と、言葉を口に出さずとも王の目はそう語っている。
「あの者たちも不甲斐ない……せめて一太刀でも浴びせればまだ面子が立つというのに……」
「まったく……三家とも即勘当し、追い出したと聞くが……まぁ当然であろうな」
重臣たちは試合に臨んだ三人を悪しざまに言う事で、選出した責任をうやむやにしようとしているのだ。
だが王はそれを許さない。そこを突いて、この会議の主導権を握る。
「余は何度も大丈夫かと、念を押したはずだが?」
誤魔化しきれずにかえって痛撃を浴びせられた重臣たちは、一様に押し黙る。
「ミロスラフよ、あの者……竜殺しをどう見る?」
王の問いに、ミロスラフは目を閉じて当時の情景を瞼の裏に浮かべながら答える。
「激怒しておりましょうな……何せ帝国より遥々、技を教えに来たと言うのに、その腕を疑い試すような仕打ちをされ、怒らぬはずがありませぬ。先の試合の内容がそれを雄弁に物語っておりましょう。もし、シン殿が怒っていないのであれば、我が国の面子を重んじて、それらしい試合運びにしたでありましょうが、そうせずにあの三人に醜態を晒させたということは、そういうことでありましょう」
うむ、と王は頷いて同意を示す。
「そうであれば、機嫌を直して貰わねばな……調べたところによると、爵位には全く興味を示さないそうだ。それで皇帝は武具を送ったとか……国宝級のな……」
憮然として呟く王の鋭い視線が、集まった重臣たちの顔を撫でる。
国の体面を穢された王の怒りは、まだ解けていない事を重臣たちは改めて知る。
「金子も受け取ったと聞いておりますが……」
「ふん、あれは聞けば半分押し付けたに等しいではないか。貰った金の大半は手つかずで、慎ましやかな生活ぶりだと聞くぞ」
ああいった輩が一番扱いにくいとホダイン三世は頭を抱える。
奇しくも、それはかつて皇帝が通った道でもある。国は違えど、為政者にとってシンは非常に扱いにくい男ではあった。
「ならば武具を与えればよろしいのでは?」
重臣の一人がそう言うと、王が怒気を発する前に宰相のミロスラフがその重臣を睨み付ける。
その国宝級の武具を誰が用意するのかと。
「武具といっても、もう既にシン殿は鎧兜は皇帝より拝領しており、剣もザギル・ゴジンから奪った死の旋風があり、今一つの剣は嘘か真か神より授かりし聖遺物だと聞く。それに勝る品など、そう簡単に見繕うのは難しい。各々方には、それらに勝るとも劣らぬような品々に心当たりがおありか?」
そう言われてしまうと皆一様に俯いて黙りこくる他はない。
もし仮にであるが、自慢の品や自家の家宝を差し出したとしても、シンが受け取らなければ、それはそれで恥となる。
これ以上、国の体面を穢そうものならば、王の勘気を被るどころの騒ぎでは済まない可能性がある。
王はやれやれと、溜息をついて憂鬱な表情で呟く。
「仕方あるまい。彼の者を呼んで、自分で選ばせる他はあるまい。彼の者が常識的な者であることを祈るのみよな……では、次だが……魔法剣を伝承する候補者の件であるが、あの三人の他に誰ぞ有望な若者はおるか?」
重臣たちの口は閉ざされたままであった。下手に推薦して、その者が不適格であった場合のことを恐れたのだ。王であるホダイン三世は、この様子を受けて心中でほくそ笑んだ。
終始会議の主導権を握り、五月蠅い重臣たちの口を完全に封じることに成功したのである。
今この時とばかりに、王は切り込んだ。
「そうか……残念な事だな。居ないというのならば仕方が無い……我が息子であるパットルに魔法剣を覚えて貰うとするか……他に居ないというのならば、仕方のないことよな」
あっ、と重臣たちの顔色が青ざめる。魔法剣を貴族派の者が覚え、貴族が力を付けるはずだったのが、逆に王に力を付けさせてしまうとは……パットル王子が魔法剣を体得すれば、王権はさらに強化されることは間違いない。
だが人材選出に失敗したからには、それに異を唱えることは出来ない。
「では、明日にでも彼の者を呼んで頼むとするか……余が頭を下げてな……」
皮肉のスパイスをこれでもかと重臣たちにふりかけながら、王は席を立ち会議は終了した。
ーーー
王宮で会議が行われた晩、シンたちはというと……
「ふ~ん、あの三人は勘当されちまったのか……そうか……なぁ、貴族の行う勘当ってのは、どういうもんなんだ? その内、怒りが解ければ家に戻れるのか?」
シンは自分に突っかかって来た三人に対して、別に罪悪感を感じてはいない。
ただ売られた喧嘩を買っただけだと思っている。彼らに対しては、試合で十分に憂さを晴らさせて貰ったので、それ以上は何とも思ってはいない。
「そうですね……状況を考えると王の目の前で恥を掻かされたのですから、おそらく生涯勘当を解かれることはないと思います。よしんば、もし家に戻れたとしても社交界などに顔を出すことも出来ず、また経歴に傷がある者を何処の騎士団も迎え入れようとはしないでしょう」
元貴族令嬢であるレオナが、冷静に考えながらそう述べると、シンはニヤリと笑った。
それを見たカイルは、わが師がまた何か途方も無い事を仕出かすつもりだと感じて身構えた。
「なぁ、あの三人をどう見る?」
「どうって? 腕は立つな……でも、経験が圧倒的に足りない。所詮はお高くとまった貴族の剣ってところだ」
ハーベイの感想にシンは頷く。他の者に聞いても、似たり寄ったりの乾燥である。
「磨けば光る珠……いや、地獄に叩き込めば目覚めるとでも言った方が正しいかな」
「言い得て妙じゃの。お主……まさか……あの三人を?」
シンはゾルターンに向かってクスリと笑う。それは悪知恵を働かせる悪漢の笑みである。
「ああ、エックハルトがあの三人をいらないって言うのならば、貰っちまおうかと思ってな……いや、さっき国王の使いが来てよ……試合に勝ったご褒美が頂けるらしい。そこであの三人の生殺与奪の権利でも貰おうかと思うんだが、どうかな?」
「シン、お前いつもとんでもないこと考えるな……でも、あの三人ってそこまでして欲しいか? 素直に金でも貰った方がいいんじゃないか?」
「ハーベイ、剣も使えて尚且つ魔法の才がある者ってのは、案外数が少ないもんなんだ。今、帝国ではザンドロックを団長として魔法騎士団を設立したが、団としての定員を満たすなんて夢のまた夢な状態だ。あの三人は確かに経験不足で、今はお話にならないが、エックハルト王国が国の威信をかけて集めた人材だ。伸びしろはあると俺は見ている。国の宝は人、人材だ。帝国にあの三人を連れ帰ったら、陛下に対して良い土産になると思わないか?」
この時、皆は間違いなくシンを悪党だと思った。相手が追い込まれている、この状況を利用してのヘッドハンティングである。悪党だと思わないはずがない。
だがそのしたたかさは、この乱世では美点でもある。相手が見せたほんの僅かな隙も見逃さないシンを、頼もしくも思っていたのだ。
「ですが、結局は本人たちの意志の問題でしょう。貴族や騎士の道は断たれても、国に愛着を感じていて不遇をかこつとも残ると言うかもしれません」
その可能性はある。その時はやむを得ない、諦めるまでだとシンは考えていた。
「だが国に残ると言っても、もう傭兵か冒険者になるしか道はないだろ? 坊ちゃん嬢ちゃん暮らしだったあの三人に、それが出来るとは思えねぇけどなぁ……」
ハーベイの言葉も、もっともであった。貴族暮らしのボンボンが、いきなりその日暮らしの貧乏に耐えられるとは思えない。
もしこちらの提案を渋るようならば、経済面の方からも突いてみるかとシンは考えた。
名誉、金、そして武の三点で攻めれば、必ず一人や二人は口説き落とせるはずだとシンはほくそ笑むのであった。
ブックマークありがとうございます!
感想の返信、申し訳ありませんが今少しお待ちくださいませ。




