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帝国の剣  作者: 0343
368/461

試合終了


 数センチ、数ミリとじりじりと間合いが詰まっていく。

 そしてシンが構える木刀の切っ先と、ジュリアの握る木剣の切っ先が触れた瞬間、二人は静から動へと目まぐるしく変化した。

 コツンと切っ先が触れ合った感触は、ジュリアに掛けられていた殺気の呪縛を解き放った。

 ジュリアが半ば本能的に剣を引くと、まるでそれを予見したかのようにシンの木刀が迫って来た。

 実剣であれば火花が散るような激しい当たり。シンはそのまま力によってジュリアをねじ伏せようと試みる。

 それに対してジュリアはシンの木刀を滑らせ、その力を受け流そうとするがシンの木刀が自分の木剣にまるで磁石のように吸い付いて離れない。

 実はシンは見た目こそ単純な力押しを仕掛けているようでも、その力加減に緩急を付けていたのである。

 だが、相手に呑まれて冷静さを欠いているジュリアにはそれがわからない。

 ジュリアはやむを得ず左回りに足を捌いて、どうにかシンの剣圧を逃がそうとするが、シンはその動きに合わせて自分も足を使う。

 結果、二人はクルクルと駒のようにその場で回転し始める。

 一周、二周……一度こうなってしまうと、中々に厄介ではある。

 どちらの三半規管が、先に悲鳴を上げるかの勝負となるからだ。先に目を回せば、それ即ち死ということである。


「あっ、いけない! そこで引いては!」


 その様子を見ていたヘンリエッテが大きな声を上げる。

 ヘンリエッテは思わず叫んでしまった理由は、クルクルと回りながらもジュリアが、先に剣を引くタイミングを計っているのがわかったからである。


「何故です? あのままでは勝負が付かないでしょう?」


 隣に座るパットル王子が、ヘンリエッテの声に首を傾げる。


「師は以前、こう申されました。同格、あるいは自分より各上の相手ともつれ合った時には、決して自分から引いてはならないと……もし引くのであれば、相手と呼吸を合わせて同時に引かなければならないと。何故なら、引くというのは前に出るよりも遥かに難しく、同格ないし各上の相手ならばその時に出来るであろう毛ほどの隙を見逃してはくれないからだと。ここは師がこの攻めを諦めるまで、ただひたすらに耐えねばならない局面なのですわ」


 ほぅ、と周りに控える者たちから称賛の声が洩れる。

 ヘンリエッテ皇女は冒険皇女などと呼ばれているが、それは決して伊達ではないかもしれないと。

 ほどなくして、ヘンリエッテが言った通りの結果となった。

 ジュリアはもうこれ以上は耐えられないと判断し、一度大きく力を込めてシンの木刀を押し返そうとするがビクともしないので、やむを得ずそのまま後ろへと跳躍した。

 後方への跳躍で僅かでも体勢を崩したその隙を、若くとも百戦錬磨のシンが見逃すはずも無い。

 もし仮にジュリアが反撃してきたとしても、地に足の着かない、もしくは着いたばかりの腰の入らぬ反撃ならば、急所にさえ当たらなければ致命傷にはならないだろう。

 逆にジュリアにとっては、シンの強烈な踏み込みによる一撃を不安定な体勢で堪える事が出来ないのである。

 シンはさも当然の如く、大きく前に踏み込んで後方へと跳躍したジュリアを追う。

 そしてジュリアがまだ着地する前に、彼女の左腕に木刀の切っ先を叩きこんだ。

 シンの木刀に伝わる鈍い震動。その感触はシンにとっても馴染みの深いもの。

 即ち相手を骨折させたときの感触であった。

 普段のシンの稽古相手である、カイルやクラウスはシンに何度も木刀で骨を折られていた。

 エリーの治癒魔法で、骨折程度ならば即座に回復されるがゆえの荒行ではるが、その実戦的な訓練は互いの実力を大きく引き上げる結果となっていた。

 もっとも、シンも散々二人のよってあちこちの骨を折られてもいたのだ。

 結果として、シンたち三人は何処の骨が折れたら、どう動きが鈍るのか、何処の骨なら折られても戦い続けることが出来るのかを身を以って知ることになる。

 その内に三人はエリーの回復魔法を頼りにし過ぎて、骨折しても戦い続け彼女から大目玉を食らい、この危険な訓練法は封印されたのだが……


「ああっ!」


 左腕を折られたジュリアが尻もちを着きながら木剣を落とし、折れた左腕を右腕で押さえながら苦痛に喘ぐ。

 

「剣を拾え……まだ、右腕は残ってるだろうが……」


 シンの声が聞こえた者は、この男は正気かと耳を疑った。

 この時点で、シンが正気であるとわかっているのは、碧き焔のメンバーと弟子であるヘンリエッテだけかもしれない。

 そうシンの剣は、生きるための剣……生きるために、たとえ腕の一本を失おうとも戦える限りは戦い続ける剣であった。

 

「そ、そこまで、そこまで! 戦闘続行不能とみなし、シン殿の勝利とする!」


 審判役のトゥスクラム伯爵が、慌てて待ったを掛けてシンの勝利を確定させる。

 そうかと呟いたシンは、後ろを振り返るとエリーの名を叫んで、手招きをする。


「あーはいはいっと……」


 エリーは闘技場に軽やかな身のこなしで飛び降りると、小走りで腕が折れたジュリアへと近付いて行く。


「はい、腕を見せて治すから。ん~、単純骨折か、いや、これは……これならばと……」


 エリーの口から治癒魔法の呪文の詠唱の言葉が呟かれる。だが、それは他の治癒士が唱えるよりも簡素に省略されたものであった。

 だが、その効果は抜群でほぼ瞬時に骨が繋がっていく。ジュリアの苦痛に喘いでいた顔も、瞬時にして和らぎその後、驚愕の色に染まった。


「もう、手加減しなさいよ。みた目は単純骨折で綺麗に折れたように見えるけど、周りの骨が罅だらけだったわ。もう少しで彼女の手の骨が粉々に砕けていたわよ」


 エリーのお叱りを受けてシンは思わず首を竦める。


「いや、かなり手加減したつもりだったんだがなぁ……カルシウム不足なんじゃないか? 小魚を丸ごと喰え。後はチーズなんかの乳製品だな、それと海老や蠍なんかもいいぞ」


 誤魔化すんじゃないと、再びエリーお叱りを受けたシンは、そっぽを向いて頭を掻いてしらばっくれることにした。


「さてと、試合は終わりました。それともまだ誰かおられますか?」


 シンは佇まいを正してから審判であるトゥスクラムに向き直り、問うた。

 トゥスクラムは、背後を振り返り王を見詰めて判断を求めた。


「見事……見事である。流石は竜を倒し、ザギル・ゴジンを討ち取っただけのことはある。シン殿の鮮やかな剣技、まことに感服した。こちらの不躾な願いを聞き届けてくれたことにおいて、感謝の言葉もないほどである。シン殿にはまことに申し訳ないが、魔法剣の技術を授かる者たちについて、一度考え直させてほしい。然して時間は掛けぬゆえ、どうかそのことを了承して欲しい」


 シンはその場に跪き、即座にその件について了承した。


「これほどの剣技を見せて頂いたのだ……何かお礼をせねばなるまいな……それについても、少し考えさせてほしい」


「そのようなものは……どうぞお気遣いなく……」


 シンに不思議に思った。国王であるホダイン三世の声色に喜色のようなものを感じたからだ。

 それは闘技場に集まった貴族たちにも感じられたことであった。

 こうしてシンにとって茶番じみた試合は終わった。

 後に、王宮内に戻ったホダイン三世は、手に持った宝杖を地に叩きつけたという。

 だがこれはホダイン三世の演技である。しかしその話が貴族たちに伝わると、貴族たちはエックハルト王国の体面を穢された王が怒り心頭であると思い、恐々とする。

 そしてその貴族たちは、王の怒りの矛先を敗れた三名とその家へと向かうよう誘導を試みた。

 だが王は一度だけ、演技である怒りを見せたあとはこの件について、感情を露わにすることはなかった。

 それが余計に貴族たちには不気味に感じ、敗者である三名とその家に辛く当たるようになる。

 グイードのコンザーガ子爵家、ユリオのボルゼー伯爵家、ジュリアのファルネーゼ男爵家の三家は、王の沙汰を待たずして三名を謹慎させた。

 敗北とそれによる謹慎……彼らの王国貴族としての華々しい未来は、今ここに消滅した。

 謹慎が解けたとしても、もう誰も彼らに近付く者は居ないだろう。

 三名の謹慎の報を受けても、王は憮然として顔色を変えなかった。その様子を人伝てに聞いた三家は、三名を勘当し追放した。

 それを聞いた王は、そうか、と言っただけで後に何の言葉も続けなかったという。

 

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