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帝国の剣  作者: 0343
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厳しい仕打ち


 第一試合は大方の予想を裏切り、思わぬ形で幕を閉じた。

 疲労困憊の体で未だ立ち上がる事も出来ないグイードに、近衛騎士たちが駆け寄って肩を貸す。

 肩を貸して貰いながら立ち上がったグイードの双眸から大粒の涙が渇いた地面にこぼれ落ちる。

 その涙は、一矢も報いる事も出来ずに敗北したことによるものなのか、それとも思いあがっていた自分に対する悔恨の涙なのか……どちらにせよ、敗者に掛ける言葉は無い。

 

 闘技場に訪れたしばしの沈黙。それを破ったのは、審判役であるトゥスクラム伯爵であった。


「シン殿、しばし休憩致すか?」


 その言葉にシンは首を横に振った。そして直ぐに次の試合を所望する。

 もう一度トゥスクラムは聞き直すが、シンの答えは変わらない。


「よかろう……では、第二試合を開始する。ユリオ、前へ……」


 そう言われて前へと出て来たのは、先程戦ったグイードとは対照的に細身で切れ長の目をした青年であった。

 細身とはいっても鍛えこまれており、決してモヤシではない。

 彼はやはりというか、エックハルト王国有数の銘家であるボルゼー伯爵家、その三男であった。

 開始線へと歩きながらユリオ・ボルゼーは思う。先の戦いを見て僚友は不幸であったと。

 グイードは確かに並外れた膂力を有しているが、ただそれだけ……だが自分は違う。力、速さのバランスが取れた自分ならば、必ずや勝機はあると。

 

 開始線についたシンは、第二試合の相手であるユリオに礼をする。

 木剣を構えて始めの声を待っていたユリオは、慌てて剣を下げて礼を返す。

 

 いかん、いかん……これではグイードの二の舞いになる。落ち着け、落ち着くんだ……さっきの動きも、決して捕えられない速さではなかった。冷静に対処していけば、勝てるはずだ!


 逸る気を抑え込もうとするユリオを、シンはじっくりと観察する。

 

 さっきの奴の構え、握りが若干甘かった……おそらく柄の握りをワザと甘くして、斬撃や突きの時に柄を滑らせて、間合いを誤らせるような小手先の小細工を仕掛けて来るつもりだったな? だが、それはもう銀獅子で経験済みだ。その対処法も、ちゃんと考えてあるのさ……やはりこいつらは実戦の経験が足りていない。そういうのは、最初から見せちゃダメなんだよ……


「では、第二試合を開始する。始め!」


 始めの声が掛かるが、両者は殆ど動かない。お互い正眼に構えたままである。

 一分、二分……二人はそのままの姿勢で対峙し続ける。そんな二人を闘技場の観衆たちも、無言のまま固唾を飲んで見守っている。 

 どちらが先に動くのか……やはりというか、先に焦れて動きを見せたのはシンよりも少しだけ若い、ユリオの方であった。

 だがその動きも、ゆっくりとしたものでジワリ、ジワリと距離を詰めていく。

 シンは相変わらずそのままの姿勢を保ち、保ちながらも目玉だけをギョロリと動かして、ユリオの全身をその目に捉え続けている。

 やがて剣先と剣先が触れ合う距離まで、互いの距離が縮む。

 その時である。シンが片足のつま先で、地面を軽く蹴った。

 ユリオは先程のグイードの試合の際にシンが見せた小細工を警戒し、砂が目に入らないようにと僅かに顔を背ける。

 シンはその僅かな隙を見逃さない。鋭く半歩踏み込むと、木刀を木剣に絡めるようにして跳ね上げた。

 ユリオの木剣は宙高く舞い上がり、落ちてカラカラと乾いた音を闘技場に鳴り響かせる。

 これは剣道のいうところの、巻き上げである。ユリオの剣の握りが甘いのを見たシンは、さらに陽動でユリオの気を逸らせてから巻き上げを試みた。

 結果は成功。剣を失ったユリオは、呆然とただ立ち尽くすのみである。


「ああ~、あれなぁ……やられるとショックなんだよなぁ……」


 ハーベイが、ユリオを憐れむような目で見つつ言うと、カイルが鼻を鳴らした。


「ふん。握りが甘いからああなるんですよ。それに彼はまだいいですよ……わたしやクラウスなんか、あの後で師匠に拳骨と大目玉喰らいますからね。馬鹿者! 戦いの最中に剣を失ったら、死を待つのみだぞと」


 その時の拳骨の痛みを思い出したのか、カイルは自分の頭を手で軽く摩った。


「試合続行だ。早く剣を拾ってこいよ……忘れたのか? 試合の決着は、戦闘不能か降参のみだぞ。それとも、もう降参か?」


 シンは棒立ちのままのユリオに声を掛ける。

 ハッと我に返ったユリオは、おちょくられたと知り怒りで顔を歪めながら落ちた木剣を拾いに行く。

 戻って来たユリオの手には、もう二度と落とすまじと言わんばかりに、木剣の柄をきつく握りしめていた。


 それこそがシンの罠であるとも知らずに……


 再び二人は開始線まで距離を取って向かい合う。トゥスクラムの続行の声が掛けられると、シンはスタスタと歩いて距離を詰めた。

 距離を詰めたシンは、再び正眼の構えを取る。ユリオも同じく正眼に構えるが、巻き上げを警戒しているのか握りだけでなく、手首と肘、肩に力が入っている。

 それではだめなのだと、シンは心中で首を横に振る。関節はあくまでも柔らかく使わなければ、スムーズに動くことは出来ないのだと。そして……関節にガチガチに力を込めて固めるとどうなるのか、身を以って知って貰わなければならないと、ほくそ笑む。


 再び睨み合いが続くのかと思われた皆の期待は、あっさりと裏切られた。

 シンは鋭く踏み込むと、ユリオの木剣に鋭い一撃を放つ。

 静寂の中、カン! と乾いた音が響く。シンはただ木刀を木剣に振り下ろしただけ……だが、ユリオの顔は苦痛の色に染まっている。

 そしてもう一度シンは、同じようにユリオの木剣に木刀を鋭く振り下ろす。

 再び乾いた音が鳴る。だが今度はそれに、カラカラと木剣が地面を転がる音が続いていた。

 シンがやったのは剣道でいうところの軽い打ち落とし……だがシンの重く鋭い打撃は、関節を固めてしまったユリオの腕にその衝撃をダイレクトに伝えてしまう。


「どうした? 早く剣を拾うがいい」


 ユリオの顔が驚愕に染まる。再び剣を拾って構えるが、シンに完全に飲まれてしまったユリオは、その後も何度も同じように木剣を弾かれて落としてしまう。

 

「……拾え……」


 何度目のやり取りだろう。もうすでに頭の中が真っ白になっているユリオにはわからない。

 壊れかけたロボットのような動きで、落ちた木剣の元へと歩み寄る。

 だが、痺れが消えず震える手で木剣を拾い上げようとするも、すでに手は手としての役割を果たすことが出来なかった。

 ユリオは、ううっ、と唸りながらその場で膝を折り、崩れ落ちる。


「………………ま……参った…………いえ、参りました……」


 蚊の鳴くようなか細い声で降参の意を告げる。ユリオの目にもまた、グイードと同じように大粒の涙が後から後からと溢れ出し、頬を伝う。

 終始すべてシンの手のひらの上で踊らされたと知ったユリオは、ただ静々と泣くことしかできない。

 彼もまた、駆け寄った近衛騎士に支えられて闘技場を後にした。


「シンも酷いことをするもんじゃ……身体は傷一つ無くとも、心の傷は大きいぞい」


 ゾルターンが闘技場を去るユリオの背を見ながら呟く。


「あのくらいでヘタレるんならそれまで……実戦はもっと厳しいものです」


 レオナの言葉に、碧き焔の全員が頷く。


 闘技場は静寂に包まれている。碧き焔のメンバーとヘンリエッテ皇女以外の皆は、まさかシンがこれ程までに強いとは思っても見なかったのである。

 若いとはいえ、シンが全く寄せ付けずに倒した二人は、流石に選び抜かれただけのことはある俊英名高き者たちであった。

 それが全く相手にもならないのである。それがまだ正面から激しい打ち合いの末であれば、エックハルト王国側の面子も保たれようが、それすらもなくただ一方的に軽くあしらわれたとあっては、声を失っても仕方のないことなのかも知れない。


「審判殿、次の試合を……」


 シンはまたもや休憩などいらないからと、試合開始を促す。

 これまでの試合を、誰よりも間近で見ていたトゥスクラムは確信した。次の相手も、必ず負けると。 

  

感想、ブックマークありがとうございます!


やばい、書いてたらこんな時間に……寝ないとって、明日というか今日は休みじゃーい!

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