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帝国の剣  作者: 0343
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試合開始


 御前試合の日がやってきた。王宮の敷地内に設けられている円形闘技場は異様な熱気に包まれていた。

 円形闘技場といっても、今回のように試合だけに使われるわけではない。大道芸や演劇などにも使われるのだという。

 要するに総合競技施設やホールのような物なのだろう。

 その大きさはあまり広くは無い。半径は凡そ二十五メートルほどだろうか?

 その周囲を取り囲むように設けられた席には、王を始め重臣たちや武官たちが隙間なくびっしりと並び、着席している。

 その一部の席には、特別に見学を許された冒険者パーティの碧き焔のメンバーの姿があった。

 さらに、王の近くには王太子であるパットル王子と婚約者であるヘンリエッテ皇女の姿もある。


「どちらが勝つと思いますか?」


 パットル王子が闘技場で王に向かって跪いているシンと三人を見て、隣にいるヘンリエッテ皇女に問いかけた。


「それは勿論、師が勝ちますわ」


 ヘンリエッテ皇女の答えにはいささかの澱みが無い。

 その声を聞いた国王、ホダイン三世は隣に座る宰相のミロスラフに同じ問いを投げかけた。


「さて……どうでしょうか? あの三名は数千の中から選ばれし者たち、その腕前は確かであると聞き及んでおりますが……」


 そのミロスラフの声を聞いたパットル王子は、もしかすると、もしかするかもしれないと横に居るヘンリエッテ皇女に再び声を掛けた。


「それでも師が勝ちますわ。わたくし、師より強い方を知りませぬ。師のこれまでの活躍を聞くに、古の英雄に勝るとも劣らぬと思っておりますわ」


 凛とした澄んだ声は、隣にいるパットル王子のみならず、その周囲にまで響き渡る。

 さすがにそれは言い過ぎではと、パットル王子が苦笑いを浮かべるが、ヘンリエッテ皇女はそれでも師が勝つと言って譲らなかった。


「では、試合を開始しよう。シン殿、最後にもう一度聞くが、本当に御身一人でよろしいのか?」


「構いませぬ」


 ホダイン三世の最後の確認に対しても、シンは余裕の表情を崩すことはない。

 その余裕を含んだ大胆な答えに、三人の騎士は再び顔を怒りで朱に染めた。

 わかったと、審判役を務めるトゥスクラム伯爵に向かって頷き、試合の開始をするよう促す。


「では、試合を開始する。ルールは事前に知らせた通り、試合続行不可能となるか降参するか、ただしこれは殺し合いでは無い。相手を殺せば、それ即ち負けと心得よ。よいかな?」


 シンも三名の騎士も異論無しと了承する。

 試合に臨むシンと騎士たちは、ソフトレザーアーマーを身に着けている。頭部にも皮を鞣して作られた帽子を被る。

 シンの獲物は木刀。騎士たちは訓練用の木剣である。一応シンは、木刀を相手に渡して小細工などしていないことを確認させる。

 

「では双方、地面に描かれている線へ……」


 開始線でシンは相手に向かって一礼する。相手は、それに対して憮然としながらシンを睨み付けている。

 シンの最初の相手は、シンと背格好の近い大男であった。名はグイード・コンザーガ、エックハルト王国でも有数の銘家であるコンザーガ子爵家の次男で若いながらも、その身が示す通りの剛剣の使い手として知られていた。


 見た感じでは力自慢といった風体ではある。

 さてどうするかなと、シンはグイードを見て考える。敵意剥き出しで睨み付けて来るグイードの顔を見たシンは、簡単な作戦を思いつき、実行する事にした。


 シンは開始線につくと、つま先で何度も地面を蹴った。闘技場の地面は軽く抉れ、抉れた土が小さな山を作る。

 対戦相手のグイードも審判のトゥスクラムも、王を始めとする観客たちもシンの行動の意図がわからない。

 そんな中で碧き焔のメンバーたちだけは、やれやれといった表情を浮かべている。

 彼らには、シンがこれから何をやろうとするのかがわかったらしい。


「シン殿?」


 流石にトゥスクラムが不振に思い、声を掛ける。

 とは言っても、審判のトゥスクラムを始めとして、多くの者はシンがただ地面の具合を確かめているだけだと思っていた。


「ああ、いつでもどうぞ」


「ならば……始め!」


 始めの合図と共に、グイードが雄叫びを上げて猛牛のように突っ込んで来る。

 シンは向かって来るグイードに対し、まだ距離があるにも関わらず木刀をゴルフスイングの要領で振るった。

 木刀の切っ先が、先程シンが地面を掘り返して出来た小山を掬い上げる。

 猛スピードで突っ込んで来るグイードはその掬い上げられた土を、真正面からモロに被った。

 宙に舞った土が目に入ったのか、グイードは叫びながら両手で顔を覆い、目を擦る。

 シンはグイードに近付くと、顔に手を添えてがら空きになったわき腹に、胴薙ぎ一閃をかました。


「ぐふぅ」


 胴を払われたグイードは、口から息を吐きだしながら体を九の字に折り、地面に崩れ落ちる。

 ソフトレザーアーマーを着込んでいるとはいえ、その衝撃の全てを吸収できるわけではないのだ。

 シンは振り返って、そのままスタスタと歩いて開始戦まで戻った。

 王を始め観客はおろか、審判のトゥスクラムまでもが声も出せずに唖然としている。

 その中で、ハンクとハーベイだけが大笑いをしている。


「ぷふぅ、いまどき、はっはっは、あんな、手に、引っかかるなんて、あっはっは」


「シンの言った通りだったな。まるでなってない……剣が使えるただの素人だ。あれなら俺たちでも勝てる」


 笑い続ける二人に、近くに居た武官が食って掛かる。


「なんだあれは! 卑怯ではないか!」


 その声を聞いたハンクとハーベイは、何言ってるんだお前と言った風に、はぁ? と首を傾げる。


「騎士として、あのような戦い方は卑怯ではないか! 正々堂々と戦うべきであろう!」


「アホか……あれはシン流剣術、土被せだ。だいたい、シンが土を穿ってるところで気が付くだろうが……それに目はどんな動物でも急所だ。それを守らずに、顔を突き出して突っ込んで来る方が悪い」


 勿論、土被せなどという技は無い。あれを剣術と言い張るのには多少の無理があるのだが、異邦人であるシンがそういうのならば剣術なのかと、その武官は渋々引き下がった。

 実を言うと、たまにシンたちは毒を吹きかける動物や魔物対策の練習の際にこれをやることがある。それにこれは、傭兵や冒険者のありふれた泥臭い戦い方の一つである。

 だが、注意深く相手を観察すれば即座に見破れる、所詮は子供だましの技である。


「審判、判定は?」


 シンが審判のトゥスクラムに声を掛けるが、当のトゥスクラムは苦虫を噛み潰したような顔をするのみであった。


「はいはい……じゃあ続行だな」


 グイードが低いうなり声を上げながら、立ち上がる。目は真っ赤に充血しているが、それは土が入ったせいだけでは無いだろう。

 顔は憤怒の形相で、口の端には蟹のように細かい泡が溜まっている。


「……コロス……」


 グイードは再び雄叫びを上げると、猛然と剣を振るってくる。

 もはやそれは剣術といえるようなものではない。ただ力任せに振るわれる剣を、シンは飄々と躱していく。

 

 手首が固い。いや、手首だけでは無く肘、肩、膝……関節のすべてがコチコチだ。

 これでは伸びもないし、剣の軌道も素直で単調……剣の速度も力を無駄に入れているせいで、殺されちまってる。いくら怒っているとはいえ、緩急をつけるぐらいの知恵はないのか?


 シンはそのままグイードとはまともに打ち合わず、その剣を躱し、受け流し、いなし続けた。

 剣を振り続け、怒りに囚われ無駄な動きの多いグイードの息は、あっという間に上がってしまう。

 それに対してシンの呼吸は、いささかの乱れも無い。

 それでもなおも剣に力を込めて振るい続けるグイードの攻撃を、シンは飄々と躱し続けた。

 グイードの剣はシンを一度たりとも捉えることが出来ない。そのことがかえってグイードをムキにさせ、より力を込めて剣を振るい続ける結果となる。

 シンにとってみれば豪快な風切り音と放つ斬撃とはいえ、その軌道は単調で怒りのせいか足さばきもままならない攻撃など恐れるに足らない。そのような気の入っていない攻撃など、いくらでも躱しつづける事が出来る。

 グイードが一方的に攻撃し、シンがそれを躱し続ける。それが十分ほども続いただろうか? 遂にグイードは力尽き、剣を振る事が出来ずに息を荒げて地面に膝を着く。

 そのままぐらりと巨体を揺すり仰向けに倒れたグイードは、全身を烈しく震わせてながら荒々しく呼吸することしか出来ず、最早立ち上がる力さえ残ってはいなかった。


「審判?」


 シンの声にトゥスクラムは応え、大声でシンの勝利を宣言する。

 巨漢どうしの激しい打ち合いを予想していた観客たちは、このあっけない終わり方に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして呆然とするほかない。

 そんな微妙な沈黙の中、かろうじてホダイン三世が声を出して次の試合を促したのであった。

 

 


ブックマークありがとうございます! 感謝、感謝!


難癖つけられて腹が立った主人公が、ささやかな仕返しをするというお話。

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