理解不能な訓練
会議の後すぐにホダイン三世は、近衛騎士の一部をシンの護衛へと充てた。
警備の騎士や兵が増えたのを知ったシンは、仲間を集めて警戒を怠らぬよう注意する。
「急に警備の兵が増えた。その意図がわからない以上、警戒を怠らない方がいいだろう。そこでだ……せっかく個室を与えて貰って、くつろいでいるところを悪いと思うが男女で二手に別れ、二交代制で夜を明かそうと思う」
「賛成じゃな。兵を増員したのは儂らを襲うためか、それとも何者かから儂らを護るためかはわからぬが、どっちにしろ用心に越したことはなかろうて……」
こうしてシンたちは交代で見張りをしながら夜を明かす。
「まったく、これじゃ野営と変わらんな」
「いやいや、しっかりとした壁と屋根があるだけで、だいぶ違うもんだぜ」
夜明けを迎えたシンがごちると、一緒に見張りをしているハンクがそれに応える。
今日は兵たちとともに訓練を行う予定である。シンと共に王都に駐留させて貰っている帝国兵五百名は、来年早々の結婚式のパレードに参加したあと速やかに帝国へと帰還の途に就く予定である。
その結婚式まで、おおよそ一月あまりの間、兵をただ遊ばせておくわけにはいかない。
帝国の精兵たちを鈍らせて帰国させるわけにもいかないのだ。
そのために適度な間隔で訓練させることにしたのだが、ここで問題が発生する。
既に訓練のための場所は許可を貰って確保済み。では問題とは一体何か? それは訓練内容をエックハルト王国に知られてしまうということであった。
その点は皇帝とも既に話しあっていて、一応の結論を出してはいたのではあるが、軍事には疎い皇帝ヴィルヘルム七世は結局の所、細かい部分はシンの裁量に任せる他は無いとこの問題をシンへ丸投げしたのだった。
自分たちの訓練を見て、エックハルト王国が真似をしたり積極的に取り入れたりするだろうか?
シンは帝国とエックハルト王国の違いを再び考えてみる。まだ僅かなものしか目にして触れてはいないとはいえ、実際にこの国に来てからの事も考慮に入れて比較してみる。
帝国は相次ぐ反乱などで多数の有力貴族が粛清され、皇帝に権力が集中し始めている。もっとも、外戚が幅を利かせ始めてはいるが、周辺諸国に比べれば中央集権化が進んでいると言えるだろう。
それに比べて、エックハルト王国はやはりというか貴族たちの力が強い。当然その発言力も強く、絶対王政とは言い難い。
帝国が織田家なら、エックハルト王国は武田、上杉って感じだな。エックハルト王国も王がある程度力で押さえつけながら、王族と有力貴族とを婚姻などで結び付けて支配しているのだろう。
だとすれば、王がやれと命じてもそれに逆らったり、サボタージュを決め込む貴族もいるのではないか?
それに王自身が、貴族たちに遠慮をする可能性もある。王が絶対的な権力を有していない以上、帝国の新しい訓練法を知ったとしても、すんなりと取り込むのは難しいのではないか?
それと、この訓練には精鋭ぶりを見せつけるという示威的な意味合いもある。
一朝一夕で追いつかれるものでも無し、訓練メニューを無理に変えることはないか……
結局の所、シンはいつも通りの訓練メニューをこなすことに決めたのであった。
ーーー
こうしてシンが兵たちを普段通り鍛えて数日が経った。
「陛下、お耳に入れたきことが御座います」
そう国王ホダイン三世に謁見を申し入れて来たのは、シンの護衛として就けられた近衛騎士たちであった。
ホダイン三世は謁見を許し、その話を聞くところによれば、竜殺しのシンが自ら練兵しているとのことであった。
「その件ならば彼の者から申し出があり、了解しておるが?」
それが……と騎士達が口篭もるのを見て、ホダイン三世の心が本能的にざわつき始める。
「……申せ……そなたらは何を見た!」
王の纏う雰囲気が変わり、口調が戦場のそれに変わったのを知り、御前に跪いている近衛騎士達は緊張を覚える。
「その、シン殿の練兵法を我らは任務に就きながら間近で拝見致しましたが、どうも……その、何といいましょうか……」
騎士の歯切れの悪い言葉に、王は苛立ちを感じ始める。
「遠慮はいらぬ。はっきりと申すが良い」
「はっ、では……我らの知らぬ、まるで見た事の無い練兵方法の数々を、この目にて確認しておりまする」
む、とホダイン三世は低く唸る。そして間髪入れずに続けよと、騎士に話を先へと促した。
騎士の話によれば、訓練の際には決まって必ず最初に笛の音に合せて、奇怪な踊りをするのだという。
この騎士が言う奇怪な踊りとは、他でもないラジオ体操のことであった。
その後は、異常ともいえる程に入念なストレッチ体操をする。そして、そして訓練場をぐるぐると走り出すのだと言う。
それも一周や二周ではなく、相当の距離を走るのだと……それが終わり、やっと剣や槍、弓などの武芸の稽古に入るのだと言うのである。
そして訓練の終わりにも、必ずまた笛の音に合せて奇怪な踊りをするのだという。
「一糸乱れぬ踊りを毎回、最初と最後にするのですが……我らにはどうも理解しがたく、兵の中には気味が悪いと申す者もおりまして……」
「あい、わかった。報告、御苦労であった。卿らに命じる……引き続き任務を果たしながら、その練兵の様子を見てその真意を探れ」
「御意!」
騎士達が去ると、これは調査の必要がありと考えたホダイン三世は、オルレンス伯爵を呼んだ。
オルレンスはエックハルト王国の中で、一番長く竜殺しのシンと過ごして来た臣である。
呼び出されたオルレンスは、ホダイン三世から話を聞くと自ら率先して、その訓練法の意図を探る任に就くと申し出た。
先日見せられた魔法剣といい、折り畳み式スコップなどの兵装といい、シンが考案し実用化したものの数々に強い興味を惹かれていたのである。
ホダイン三世からその意図を探る任を受けたオルレンスは、早速翌日から練兵場に自ら赴いてシン独特の訓練方法を見る。
早朝、等間隔に並ばされた兵たちは、ピッピという笛の音に合せて飛んだり跳ねたり、王から聞いたように奇怪な踊りを繰り広げている。
「おはよう、シン殿。朝早くから精が出ますな……」
こっそりと覗うよりもいっそのこと大胆に懐に飛び込んで見ようと、オルレンスは指揮を執るシンに挨拶をする。
「おはようございます、オルレンス閣下……えっと、某に何かご用でしょうか?」
いやいやとオルレンスは手を振りながら、素直に帝国の練兵法に興味があるのだと言う。
「変わった訓練法ですな……これには一体何の効果が? あ、いやいや、話難ければ結構ですぞ」
既に数日もの間続けている事でもあり今更隠すことでも無し、それにここで変に隠しては角が立つと思ったシンは、素直に今やっているラジオ体操の意味を教えた。
「これは、訓練前に体を軽く動かして筋肉などを解しているのです。こうすることで、訓練中の怪我を未然に防ぐのです」
ほほぅ、と頷きながら、オルレンスは内心でやはりなと確信した。この男が、何の考えも無い事をするはずが無いと。絶対に、その行動には意味があるのだと。
次に兵たちはストレッチ体操を始める。
これは? と聞くと、シンは自分もストレッチ体操やりながら、またもや素直にその効能を語った。
次に始めたのは持久走。これにも意味があることを知ったオルレンスには、もはや最初の余裕は欠片も無い。
持久走が終わり小休止の後、シンは兵たちと共に訓練に参加する。
今日は兵たち曰く、地獄の日だという。
「おら~走れ、走れ! そこ! 転んだら直ぐに立って走れ! お前らはなにか? 戦場に傷ついた親兄弟や戦友を置き去りにするのか? そうじゃねぇなら、気合いを入れて走れ!」
自身もカイルを背負いながら、シンは声を張り上げる。
シンたちが今何をやっているのかというと、体育会系の部活などではお馴染みのおんぶダッシュである。
背に背負っている者を負傷者に見立てたこの訓練を行うのは、大陸広しといえども帝国軍の皇帝直下の精鋭部隊だけであろう。
他にも、二人で負傷者を左右から挟み肩を貸して運ぶ訓練や、即席の担架を作り運ぶ訓練など、エックハルト王国では考えられない訓練が続いていく。
王から聞いていた話とはまるで違った訓練の数々に、さしものオルレンスも戸惑いを隠せずにいた。
ご指摘、ブックマークありがとうございます! 感謝です!
皆さんが体育などでやっていたラジオ体操は第一でしたか? それとも第二でしたか?
私は小中と第二だけでした。




