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帝国の剣  作者: 0343
358/461

ロンフォード入城


 エックハルト王国が誇る王都ロンフォードの巨大な城壁を見たシンは、感歎の声をあげた。

 数々の城塞都市を見て来たが、このロンフォードは正に別格と言っても良い。

 灰色の巨大な城壁によって王都と言うには華やかさが無く些か地味であるが、かえってそれが武を尊ぶエックハルトの気質を表しているかように感じられる。 


「聞いてはいたが、これほどまでとは思わなかった。こりゃ陥落させるのは無理だわ……」


 その声に気を良くしたのか、オルレンス伯爵が王都ロンフォードの城壁を指差しながら自慢げに笑った。


「はっはっは、王都ロンフォードは難攻不落。今見えている第一城壁が突破されたとしても、更に厚みを増した第二、第三城壁が待ち受けている。たとえ百万の軍勢を以ってしても、攻略は不可能でしょうな」


 そうですねと相槌を打ちつつ、不落の城塞などこの世には無い……何かしら穴があるはずだと、攻略法を頭に思い描き始める。


 とは言うものの、ちょっとやそっとじゃ陥落しないのも事実。まぁ、無難に兵糧攻めかな……どの程度の収容能力があるのかと、どの程度の食料の備蓄があるのかにもよるが、周辺の住民を王都へと追い立てて収容させ、その上での持久戦くらいしか思いつかんなぁ……日本でいうところの小田原城だな、こりゃ。


 そうこうしている内に、王太子妃となるヘンリエッテのお召替えが終わったようである。

 ヘンリエッテは、ここから帝都でのパレードの際に乗ったオープントップの馬車に乗って、王都の門をくぐる手筈となっている。

 無論、前後左右にはエックハルトの女性騎士が護衛する。シン率いる帝国軍はその馬車の前に配されていた。


「準備も整ったようですし、そろそろ行きますかな……」


 そう言ってシンを促しつつ、自身も所定の配置に就くべくオルレンスは馬首を翻した。

 シンも龍馬サクラのわき腹をそっと踵で蹴り、駆け足で部隊の先頭へと走り出る。

 王太子妃ヘンリエッテが通る、王都ロンフォードの西門へと続く街道沿いは、人々で溢れかえっている。

 先手を行くエックハルト王国の騎士団が動き出すと、シンは振り返って号令を下す。


「よし、出発するぞ! 背筋を伸ばして顎を上げろ! ヘンリエッテ皇女殿下の帝国の皇女としての最後の晴れ舞台だ。絶対に恥を掻かせるんじゃないぞ! 威風堂々たる姿をエックハルトの臣民に見せつけ、気持ち良く皇女殿下を送り出そうではないか!」


 おお、と五百の兵たちが槍を掲げて声を張り上げる。流石は皇帝直轄の中央軍の精鋭である。

 行進も帝国の誇りをその身で示すかのように、堂々たるものであった。

 エックハルト王国の騎士団に続いてシンが民衆たちの前に姿を現した瞬間、左右から思わず耳を塞ぎたくなるほどの大歓声が湧き上がった。

 シンは慌ててサクラの首筋を撫でて落ち着かせ、後ろを振り返り部隊の騎兵が乱れていないかを確認する。

 さしもの精鋭でも、これは予想外だったのか歓声の大きさに怯える馬の制御に四苦八苦している。

 それでも、棹立ちになったり落馬したり暴走させたりしないのは流石は精鋭部隊というべきであろう。

 寧ろ前を進んでいるエックハルトの騎士団の方が、大歓声に煽られて乱れを生じさせていた。

 やっとのことで馬を落ち着かせたのも束の間、今度は皇女ヘンリエッテを見た観衆たちが、再び大歓声を上げる。

 ヘンリエッテが声に応えて笑顔で手を振ると、観衆たちの熱狂の度合いがまた一段と高みへと昇っていく。

 やり過ぎないでくれよと祈りつつ、シンは先程まで見ていた第一城壁をくぐる。

 中もパレードを一目見ようとする民衆で溢れかえっている。シンは顔を動かさずに、目玉だけをぎょろぎょろと動かして不審な人物がいないか警戒する。

 その大勢の民衆たちの着ている服を見て、シンは悟った。この第一城壁の内側に住むのは平民たちであると。

 立ち並ぶ建物も精々が二階建てであり、間隔も狭く密集して建てられている。

 これがもし、貴族が住むエリアであれば庭などのために、もっと建物の間隔が空いているはずである。

 ここでも割れんばかりの歓声を受けたシンとヘンリエッテは、そのまま順調に進み第二城壁をくぐった。

 シンの予想通り、第二城壁の内側に住むのは富裕層……商人や貴族たちであった。

 大通りの左右には三階建ての大きな建物が立ち並び、路地の間から遠くに目を凝らせば、庭付きの豪邸を垣間見ることが出来た。

 ここでは平民たちとは違った反応が見れた。まずシンを見た貴族たちの多くはどよめいた。

 そしてヘンリエッテを見ると、今度は感歎の溜息を洩らす。この反応を見てシンは、平民たちが自分をどう思っているのか、そして貴族たちはどう感じているのかを知る事が出来た。

 そしてついに最後の城壁である第三城壁の門をくぐることになる。ここから先は王や一族が住む王城である。

 道の左右には民衆ではなく兵がびっしりと整列して並んでおり、喇叭手が歓迎の喇叭を吹くと兵たちは一斉に剣を抜いて掲げ、歓声を放った。

 

 演出に金と手間暇掛けてんなぁ……この後、年が明けたら結婚記念式典でまたパレードだろ? こりゃ大変だな。俺の結婚式は身内だけの地味婚にしよう……あ~でも、こういうのが良いとか言い出したらどうしようか? 


 ついつい考え事をして、渋い顔つきになっているシンを見たエックハルト兵たちの顔に、何か粗相をしたのかと戦慄がはしる。

 そんなエックハルト兵の気持ちなど露知らず、シンは渋面を作り自身の結婚について考え込んでいた。

 ゆっくりと行列は進み、遂に王宮の門へと差しかかる。門前には堂々たる恰幅の老人と、その横に利発そうな少年の姿があった。

 事前に知らされている予定通りの行動。シンは手を上げて号令を下し、兵たちを左右に分け真ん中に道を作る。

 その道を、ヘンリエッテを乗せた馬車がゆっくりと進んで行く。

 シンもまた道の端へと移動して下馬し、ヘンリエッテが乗る馬車の口取りをする。

 そして馬車が門前の二人の前まで進むと、停止の合図を出して馬車を止め、二人の前に跪いた。


「爺、爺……あのお方が、私の妃となるヘンリエッテ殿か? どこが野蛮な鬼女だというのか……人の噂とは当てにならないものだな。ああ、なんとお美しい……陶磁のように白い肌、春の日の光のような金の髪……秋空のような澄んだ青い瞳……私にとって、まさに天使である。私は誓うぞ……ヘンリエッテ殿と一生涯を添い遂げると!」


 出迎えに出た夫となるパットル王子の顔は興奮によって真っ赤に染まり、鼻息は荒く、手は自然に握り拳を作っていた。

 一方、花嫁であるヘンリエッテは、にこやかな笑顔を浮かべつつも冷静に夫となるパットル王子を観察していた。ヘンリエッテの顔にも赤みが差しているが、これは冬空の下でのパレードのせいであり、夫となる王子を見てのものではなかった。

 多分この御方が夫となるパットル王子ですわね……線が細い感じで、少し頼りなげな感じが致しますわ。

 どうやらあの様子だと、わたくしを気に入って下さったみたいですわね。え~と、この後は……確か、皇子のエスコートをお受けすればよろしいのかしら?


「若、若! しっかりなされい! ささ、早くヘンリエッテ皇女殿下をエスコートなさいませ」


 傅である爺の小声を聞いて我を取り戻した王子は、ぎこちなさの残る動きで馬車へと近付いて行く。

 そして馬車の昇降口の前で、優雅に一礼して名乗りを上げる。


「お初にお目にかかります。私はエックハルト王国の第一王子、パットル・コンスタント・ヴァシリー・オストロジーと申します。遠路はるばる我が国へようこそ御出で下さいました。臣民一同に代わり、歓迎致します」


「わざわざの御出迎えの儀、身に余る光栄に存じます。わたくしはガラント帝国皇女、ヘンリエッテ・アデレード・メアリー・エルバーハルトと申します」


 ヘンリエッテが名乗り終えると、王子は手を差し伸べる。ヘンリエッテはその手のひらに手を重ねて、馬車から降りていく。

 パットル王子は、頬を紅潮させながらその手の感触を味わう。陶磁のような白い肌、絹のような手触り、女性特有の柔らかさの中に、自分と同じ硬いものを見出す。

 それは剣の稽古によって出来るマメであった。だがそのマメすらも、王子は愛おしさを感じていた。

 話によれば、自分に恥をかかせまいと必死に剣の稽古に励んだのだという。

 寒空の下の長いパレードで冷えたのだろう。冷たいヘンリエッテの手を、自分の手で包み込むようにして少しだけ強く握ると、王子はそのまま手を離さず王宮へとエスコートするのであった。

 

 

 


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