身の安全
日を追うごとに寒さは増し、今では陽が出ている日中でさえ人馬ともに吐く息は白いものが混じる。
この結婚行列は、予定通りならば十二の月の中旬には王都ロンフォードへと到着する予定である。
婚儀は年が明けてから、早くても一の月の下旬辺りになるだろう。
噂が順調に広まっている証しに、街道沿いに見物に来る民衆の数は劇的に増えている。
シンたちは次の街でも同じように、民衆と直に触れ合うような行動をとった。
もちろんこの行動には意味がある。シンはエックハルト王国にとって魔法剣という未知の技を持っている魅力的な人物である。それとともに潜在的な強敵でもある。
エックハルト王国の国王であるホダイン三世は、聡明な事で知られている。
ゆえに短慮軽率な行動……シンを直ぐに暗殺するようなことは無いと思われるが、用心に越したことは無い。
暗殺されるタイミングとしては、魔法剣を教えた後が最も危ないだろう。それまでに、シン自身がエックハルト王国に有用であることを示すか、友好的な関係を構築するか、あるいはこれからの世界情勢の推移を示す……例えば帝国が聖戦に敗れた後に狙われるのは貴国だと脅すか……何にせよ自分の身を守るために、あらゆる手を尽くさねばならない。
以前にエックハルト王国へ使者として赴いたヴァイツゼッカー子爵より、エックハルト王国の人々がシンに興味を抱いているらしいとの情報を得ていた。ならば、これを利用しない手は無い。
シンの存在をエックハルト王国の人々に広くアピールする。万が一にも人気を博するような事があれば、それはそれで重畳である。
そうなれば、表立ってシンに危害を加えることが多少は難しくなるだろうとの腹であった。
だがこれはあくまでも手を出し難くするだけであり、これによって身の安全が保証されるというわけではないので、油断は禁物であった。
「打てる手は全部打っておかねばなぁ……危機に陥ってから、あれをやっておけば良かったと嘆いても始まらんしな」
シンはこの先も行く先々で同じような行動を取る積りであった。
「同感じゃ。危険なのはシンだけではないぞい……カイル、お主も十分に気をつけるのじゃぞ」
ゾルターンの言葉にカイルは頷く。
カイルもまた先の戦いで魔法剣を披露し、その威力をまざまざと見せつけている。
エックハルト王国が危険視しても何らおかしくは無いのだ。
「上手くいくかはわからんが、俺にちょっと考えがある。それはな……王太子を俺の弟子にしちまうのさ」
シンの考えを聞いた皆は唖然とする。
「ヴァイツゼッカー子爵から聞いた話だと、王太子は俺にかなりの興味を示していたらしい。妻になるヘンリも俺の弟子だぞと焚きつければ、案外乗ってくるかもしれん。まぁ、そんなことをしなくても良いに越したことはないんだがな、他にも状況次第で打てる手を打っていく積りだ」
帝国だけでなくエックハルト王国でも剣を教えるなどという発想は、この世界ではシンにしか出来まい。
これは、戦国時代や江戸時代初期の剣豪たちの行動からヒントを得てのものであった。
「けどよ、いきなりお前を弟子にしてやるなんて王太子に言ったら、不敬罪でぶった斬られはしねえか?」
ハーベイが首に指を当て真一文字に引く。
「無論、俺からは言いはしないよ。相手からそう言わせるように仕向けるのさ」
「そう上手くいくもんかねぇ」
「上手くやって見せるさ……そう、絶対にな……それじゃ、今日も行くとするか」
シンたちは宿を出て市場などの人気の多い所へと行く。ハーベイとゾルターンの二人は、いつも通り酒場へと直行した。
「思うに、今明かしているのは触りの部分のみで、まだまだ秘密は隠されているのでは?」
「儂もそう思うのだが……例の兵たちが身に着けていたスコップを覚えているか?」
「それが何か?」
スコップと魔法剣に何の関係があるのかとトゥスクラムが怪訝な顔をする。
「あれを儂は竜殺しに乞うて見せて貰ったのだが、あれは実は槍にもなる代物での……」
「なんと!」
スコップが槍になるなど到底信じられる話では無い。
実はあの折り畳み式スコップは刃の部分だけ取り外しが可能となっている。言うなればアタッチメント方式であり、その刃の部分に棒を繋げば即席の槍になるという代物であった。
勿論、軍用スコップとしてそのまま白兵戦にも使えるよう設計されてもいる。
その柄となる棒は、平時は馬車に積んである。棒は水深を計るのにも使えるし、訓練にも使える。
柵を作るのにも使えるうえ、邪魔になれば薪とすればよいという持っていて損の無い代物である。
地球の現代人にとってみれば、そのようなアタッチメント方式の代物はホームセンターでも覗いてみれば腐るほどもある。
だがこの世界でこれを、大々的に兵装に取り入れようとするのはシンだけであろう。
その裏には、有刺鉄線やこの折り畳み式スコップなどを始めとする、様々な新発明は発案者のシンの力だけではなくドワーフたちの協力があった。
ドワーフは冶金技術に優れている種族である。だが亜人として中央大陸では、蔑みの対象でもあった。
もっとも冶金技術に優れているため、他の亜人よりは扱いはマシではあったのだが、それでも蔑まされていれば面白くはない。
そこでシンと皇帝は不満を抱いているドワーフたちに目を付け、周辺諸国からドワーフの鍛冶師や細工師などを引き抜いて集めたのである。
帝国に招かれ、厚く遇されたドワーフたちはシンと皇帝に力を貸し、新たに数々の発明品を世に送り出していく。
この成功を見た皇帝は、今度は魔法長けたエルフの引き抜きを始めている。
「竜殺しは発明家としての側面も持っておるようですな」
「うむ、あの兵たちが身に着けている軍手とか申す手袋も、足に履く足袋とか申す靴下も竜殺しの案だと聞いておる」
「ならば、こういうのはどうでしょうか? 発明家の類の多くは、自分の発明した品々を褒められると多くを語り始めると云います。魔法剣に関しても、それを褒めそやせば竜殺しの口も軽く舌も滑らかになるやも知れませぬ」
やってみる価値はあるとオルレンスは判断した。よしんば、これが失敗したとしても己の技を褒められて気を悪くすることはないだろう。案外名案かも知れないと、二人は早速、翌日から行動に移すことにした。
ーーー
「と、いうわけで頼む。王太子を誑し込んでくれ」
翌日、僅かな時間ではあるがヘンリエッテと面談の時間を作る。
シンは皇女ヘンリエッテの師でもある。そのため、他の男性よりは気軽に会う事が出来る。
もっとも年頃の、嫁入り前もとい嫁入り中の女性と二人きりで会う事は出来ない。
シンの側からは帝国領内の道中に護衛として傍に仕えていたマーヤが、ヘンリエッテの側からは筆頭侍女のエマが同席している。
「ま、まぁ、よ、嫁入りする以上は、勿論そうする積りではありますけど……ふ、夫婦の仲が良いに越したことはありませんし……」
真っ赤な顔をして、満更でもないように髪を掻きあげるヘンリエッテにシンは即座に突っ込みを入れる。
「そっちじゃねぇよ! そっちの方はハナから期待してねぇよ。こっちとしては、ボロが出ないよう気をつけて欲しいと思ってるぐらいだ。王太子が俺の弟子になりたいと言わせるよう協力しろってことだよ!」
いくらお転婆皇女と呼ばれていようとも、ヘンリエッテも年頃の乙女である。
女としてのプライドを甚く傷つけられた彼女の顔は、先程までとは違う意味で真っ赤になっている。
「お断りします! いい、見てらっしゃい……必ずや王太子をわたくし自身の魅力で落として見せますわ! その上で師に御協力致します!」
ビシッと指を突き付けられ、シンは思わず仰け反ってしまう。
シンとしてはこの反応は予想外ではあったが、平素のヘンリエッテを知るエマはやっぱりねと顔を背けてため息をついた。
ヘンリエッテのプライドを傷つけ怒らせてしまいシンは、しまったと焦る。シンは女の扱いに慣れておらず、美辞麗句をすらすらと口にすることなど出来はしない。
何せ二十年の人生でまともに付き合った女性など今までいないのである。レオナはどうなのかと聞かれると、シンは返答に困るだろう。
レオナは彼女というよりは、自分の背中を預ける仲間としての思いが強すぎるのだ。
シンは気を取り直して、真っ赤な顔をして怒っているヘンリエッテをまじまじと見つめる。
黙っていれば、紛うことなき美少女である。年を重ねれば太后のような美人となるのは間違いない。
これは王太子が見た目に騙されるのを祈るしかないなと諦め、他の手を探る事にしたのであった。
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保身、保身、ひたすらに保身……前向きなようで後ろ向き




