折り畳み式スコップ
戦いは終わった。もはやこれは戦いでは無く、一方的な虐殺に近い。
敵は虎の子の重装騎兵を一瞬にして失い、その動揺から立ち直ることなく散って行った。
それも無理のない事であろう。重装騎兵を文字通り消し去った魔法剣の威力に、敵ばかりか味方まで動揺したほどであったのだから……
今回は敵の狙いが最初からわかっていたというのも大きい。
敵の狙いは皇女の首一つ、我武者羅にその首目掛けて殺到してくることは戦う前からわかっていた。
故に敵を誘導する必要もなく、敵自らシンの術中に嵌ってしまったのだ。
その勝利の立役者であるシンは、自ら首狩り用の斧を振るって戦場掃除をしている。
いくら寂れている帝国新北東領とはいえ、表街道にゾンビが徘徊しているのでは国家の面子に関わってくる。
したがって後始末は確実に、そして念入りに行わねばならない。
指揮官が自ら死体の首を刎ねる必要は無いのだが、敢えてシンはそれをやる。
いくらアンデッドモンスターを生み出さないためとはいえ、誰だって死体の首を刎ねる作業など好んでやる者はいない。
指揮官が自ら汚れ仕事をやっていれば、その命令に逆らう者など出ては来ないし、他のお高くとまった貴族たちよりも兵の信頼を勝ち取ることが出来るだろう。
これはシンが最初の仕事である隊商の護衛で会った、護衛の頭であるエドガーの姿を見て真似をしたものである。
彼も自ら率先して汚れ仕事をしていた。そのため彼の部下は皆例外なく彼を尊敬し、その命に伏していたのだ。
「この死体、一つ借りるわよ」
血まみれのエプロンを纏ったエリーが、首を刎ねたばかりの死体を一つ貰うと言って来た。
エリーが自由に歩き回っているということは、もう粗方の治療は終わったのだろう。
「ああ、そいつらの勉強か?」
シンが聞くとエリーは、ええ、そうよと言って部隊に付随している十数名の治癒士を手招きする。
彼らが集まると、エリーは死体の胸を短刀と骨切り鋏で掻っ捌く。
死体を損壊させるというおぞましい行為に彼らは顔を顰め、幾人かは気分を悪くしたのか嘔吐している。
「いい? 良く見て……人の身体の中はこうなっているの。これが心臓、これが胃……形や位置をしっかり覚えて。魔法はイメージが大切なの、特に治癒魔法はね。治したい所をより強く鮮明に思い描くことで、治癒魔法の効果は上がるわ。だから、気持ちが悪かろうと何だろうとしっかりと見て覚えるのよ」
エリーがやっているのは解剖学の内の肉眼解剖学である。これはかつてシンがエリーに教えたもので、最初は二人してあまりの気持ち悪さに、げーげーと嘔吐していたものである。
だがこれにより、エリーの治癒魔法は格段の成長を遂げる事になる。人体の構造もわからぬままに治癒魔法を唱えるのと、仕組みを知って唱えるのでは効率からその威力まで何もかもが変わってくるのだ。
これは何も治癒魔法だけではない。ある程度の自然や科学の仕組みを知っているシンと、他の魔法使いでは同じ魔法を唱えても、やはり効率や威力が変わってくる。
それとともに、魔法の効果を発揮した際をイメージする力というのも重要である。
例えば、何かを作り上げる時に漠然としたイメージで作り上げるよりも、仕上がりの明確なイメージを持って作業をする方が効率も出来栄えも良くなるのと同じである。
ゾルターンも最近になってそういった理屈と知識をシンより学び老齢にも拘らず、その力を飛躍的に伸ばしていた。
賢者とまで称され名誉や実績を欲しい侭にしているゾルターンが、シンから離れないのもそのシンが持つ知識の数々のせいであろうことは間違いない。
自ら死体を斬り裂き、血まみれになりながら臓物を取り出して治癒士たちを指導しているエリーの姿を見て、強くなったものだとしみじみとシンは思う。
そして、後世で一番評価されるのは間違いなくエリーであることを確信していた。
ーーー
「まさか魔法剣とやらが、これほどまでの代物とはな……」
オルレンス伯爵はシンが放った魔法剣の痕を見て、その威力に絶句する。
一度に重装騎兵を三十騎も吹き飛ばしたシンの魔法剣を両伯爵は直接この目で見たわけではないが、多数の兵の証言とこの魔法剣によるものと思われる大地に刻まれた痕跡を見れば、信じぬわけにはいかなかった。
「地裂斬とか申しておりましたな……なるほど、その名の通り大地が裂かれていますな……」
エックハルト王国の今一人の伯爵であるトゥスクラムは、その地列斬によって引き裂かれた重装騎兵が身に纏っていたであろう、鎧の切れ端を拾い上げる。
胸から肩の部分であろうか? 途轍もない力で引き裂かれ変形し、裏には乾いた黒い血がこびり付いている。
両伯爵ともシンの実力……魔法剣を甘く見ていたことは否定しようがない。
剣と名が付くものであるため、精々一人二人を相手にする代物であると考えていたのだ。
だがそれは大きな間違いであった。確かに、使い方は何らかの制約があるのかも知れないが、使いようによっては、この様に小さな戦場で戦局を一気にひっくり返す可能性を秘めた恐ろしいものである。
「……これは急ぎ陛下にお伝えせねばならぬな……」
「でしたらば、これも証拠の品として一緒に届けるのがよろしいかと」
そう言ってトゥスクラムは、拾い上げた鎧の切れ端をオルレンスへと手渡す。
鎧の切れ端を受け取ったオルレンスは頷くと、直ぐに国王であるホダイン三世への手紙を認め、一緒に証拠の品として鎧の切れ端を添えて伝令の馬を走らせた。
その間、トゥスクラムは戦場掃除をしている帝国兵たちをつぶさに観察し続けていた。
そしてわかった事がふたつ。一つは作業に当たる帝国兵が皆手袋をしていること。そしてもう一つは、死体を埋める穴を掘る道具が、鍬やシャベルに混じってスコップがあることに気が付いた。
そしてそのスコップは、見ていると驚くことに折り畳み式である事に驚いていた。
この場に居る帝国兵の全員が、折り畳み式のスコップを所持しているのだ。折りたためられたスコップは、兵の背に括りつけられる。
さらに観察すると、その折り畳み式スコップの剣先は見事に砥がれて磨き上げられており、武器としても十分な殺傷能力があることが窺い知れる。
トゥスクラムは、帝国の兵装の充実ぶりに得体の知れない恐怖を感じていた。一体、帝国は何を考え何処へ進もうとしているのか……
そしてのちに、軍手と折り畳み式スコップ、さらには脚に履く足袋までもがシンの発明によるものだと知り大いに驚くことになる。
ーーー
シンはひと段落ついた所で戦場掃除を止めて、ハスルミアへと伝令を出し戦場掃除の引き継ぎをして貰う。
死体の首を刎ねてゾンビ化は防いだものの、神官たちを呼んで土地を清めて貰わねば、ゴーストなどが飛び交うようになってしまうだろう。
幽霊が出て幽霊街道などと呼ばれてしまえば、人は恐れてこの表街道を通らなくなってしまう。新北東領の復興とその鍵を握る東西貿易路構想のためにも、それだけは避けねばならないのであった。
それと一国の皇女を野宿させるわけにはいかない。どんなに小さかろうが何だろうが、屋根の付いた部屋を確保しなければこれまた帝国の威信に関わる。
「先程伝令を出しました。もう既に国境には出迎えの部隊が着いておるとは思いますが、念のためにと……」
オルレンス伯爵は自分が出した伝令を怪しまれぬよう、自らシンへと申告した。
シンも敵の襲撃もあったことでもあるし、それはもっともな事だと頷いた。
更なる敵の襲撃を警戒しつつ、シンたちは国境を目指して東進する。そして襲撃から五日後、途中街や村を経由しつつではあったが、ついにエックハルト王国と帝国との国境へと辿り着いたのであった。
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スコップ、シャベル、重要です。軍隊とは切っても切れない程に……有史以前から大活躍の鉄板装備です!




