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帝国の剣  作者: 0343
351/461

コヴェントリ街道包囲殲滅戦



 いったいどうしてこんな事になってしまったのか。

 つい先日まで帝国でも名誉ある中央貴族の一員であったベルクホフマンは、目標の接近の知らせを受け、麾下に配された三十騎の重装騎士に騎乗を命じた。

 ベルクホフマン自身も口取りが連れて来た馬に騎乗する。

 皇女を討てば良いのだ。ただそれだけでベルクホフマン家が再び興るのだと、戦いを前にして震えが止まらぬ自分自身に言い聞かせる。

 帝国貴族では無く、今度は王国貴族としてであるが何処の国であっても貴族は貴族である。再び貴族としての暮らしが出来るのならば、分の悪い戦に命を賭けるのもやむを得ないだろうと、頭では理解していても精神こころと身体が言う事を聞かない。

 手に持った槍の穂先は小刻みに震え、騎乗したベルクホフマンの怯えが伝染したのか、馬まで怯えている。

 結局、ルーアルトが用意した二千余りの兵の内、帝国の国境を突破してこの集合地点に辿り着いたのは一千百あまり……その一千百を二手に分け、左右から皇女の乗る馬車へと一点突破を図る。

 ベルクホフマンは、その片方である左側の指揮を任されていた。

 陣形は長蛇……重装騎兵を蛇の頭とし、前胴体部分を軽騎兵が、後ろ胴体部分と尻尾を歩兵として攻め込む。

 重装騎兵が敵陣に穴を空け、そこへ軽騎兵が飛び込み傷口を広げて最後に歩兵が皇女の首を取る。

 敵の方が数が多いので、厚い陣を敷かれる前に騎兵で突破せねばならない。だが突破さえすれば、事は成ったも同然ともいえる。


「皇女を乗せた馬車が来ました。御命令を!」


 元ベルクホフマン家の家臣の一人が、目標の到来を告げる。もう事ここに至っては覚悟を決めるしかないと、破れかぶれ気味に全軍に突撃を命じた。

 



ーーー



 不意に馬車が止まった事で、中に乗っているシンたちは敵襲を知る。

 いま現在、馬車の中にはシンとカイルしかいない。皇女の替え玉であるエリーは、ドレスを脱いで着替え、負傷者の治療のために後方で待機している。


「来たな……カイル、左は任せたぞ!」


 シンの言葉に頷いたカイルは、馬車の扉を開け外へ飛び出す。

 それを見届けたシンもまた同じように右手へと飛び出し、そのまま少し歩いて馬車から二十メートル程離れた。


「数は?」


「あの土煙の立ち方であれば、二、三十騎じゃろうて……おっ、左からも来たぞ……数は……だいたい同じじゃの」


 ゾルターンが千里眼の魔法で御者台の上から左右から迫る敵を調べる。

 千里眼だの魔眼だのと言われている遠方を見る魔法は、ゾルターンの弟子である老ハーゼ伯が得意とする魔法であるが、それを老ハーゼ伯に教えたのは他でもないゾルターンであった。


「カイル、敵の数は少ない。引き付けてから撃て!」


「了解!」


 既に二人とも魔法剣の準備に取り掛かっている。シンは抜刀して大上段の構えを取り、カイルは鯉口を切って抜刀一閃するために腰を落とした。


「弓は撃つな! 散らばられると面倒だ! 追い討ちをかける時に放て!」


 弓を構える兵たちに待ったを掛けながら、シンは敵の重装騎兵が近付いて来るのを待つ。

 人だけでは無く、馬にまで鎧を着せている重装騎兵が段々と迫って来る。思わずその圧力に、後退りしそうになるのを堪えながら、シンは愛刀の天国丸へと魔力を注いでいく。

 先頭と後尾の部隊は作戦通り動いているだろうか? いや、今はただ目の前のことに集中せねばとシンは雑念を振り払う。

 敵の重装騎兵は、皇女の乗る馬車の前に護衛の兵が配されていないのを見て、違和感を覚えるよりもこれを好機と捉えて、一気に取り付かんとして速度を上げる。一人だけ剣を構え立ち塞がる者がいるが、この重装騎兵の前には無力。馬蹄に掛ければ良いと、シンには目もくれずに皇女の乗る馬車目掛けてひた走る。

 何の疑いもせずに敵が素直に近付いてきてくれるのを知ったシンは、己の立案した作戦の成功を確信した。


 相手との距離が百メートル、八十、七十……まだまだ……五十……三十……十メートル、今だとシンが気合いの雄叫びと共に刀を一気に地面へと振り下ろす。

 大地が爆ぜる爆発音と共に大地が揺れる。馬車の反対側からも僅かに遅れて轟音が鳴り響き、カイルが魔法剣を放ったことがわかる。大地を放射状に抉りつつ放たれた魔法剣は駆けて来る重装騎兵たちをそのまま飲み込み、文字通り吹き飛ばす。魔法剣が直撃した重装騎兵たちは、悲鳴を上げる間もなくその命を落とした。

 もうもうと立ち上がる土煙、パラパラと降り注ぐ土砂に混じって、血と重装騎兵たちの千切れた手足や肉片が降って来る。

 最大幅三十メートル、奥行き二十メートルの中にいたものは、人も馬も全て吹き飛ばされ物言わぬただの肉片と化した。

 少しだけ距離を空けて、重装騎兵の後ろを走っていた敵の軽騎兵たちは突然起こった轟音と土煙を見て、慌てて馬を竿だたせながら急停止をかける。

 棹立ちになった馬からバランスを崩して落馬する者が多数、中には馬ごと倒れるものまで出る始末。

 その落馬した者たちの中に、件のベルクホフマン元子爵が含まれていた。

 やがて土煙が収まり始め重装騎兵がいたと思われる場所には、まるでミンチのように原型を留めていない無数の人馬の死体が横たわる。

 そのあまりの威力と凄惨さに、敵どころか味方まで肝を冷やして一切の動きが止まってしまう。

 重装騎兵の後ろから着いてきた軽騎兵たちは、何が起こったのかわからぬまま呆然と立ち竦んだままである。目の前を走っていた重装騎兵が、一瞬にして全て消え去ってしまったのであれば無理も無い。


「ぼさっとするな、直ぐに追い討ちを掛けろ! 後続の騎兵に矢を放て!」


 シンの号令を受けた弓兵たちが、その呆然と立ち竦んでいるただの的に、次々と矢を放った。

 自分の身体に、馬に矢が突き刺さってやっと、我を取り戻した敵は悲鳴を上げつつ半狂乱になって馬首を翻す。

 だがその時には後続する歩兵たちが迫っており退路を塞がれてしまっていた。今度は後続の歩兵たちが混乱した。

 やっと追いついたと思えば、味方の騎兵がこちらへ戻って来るではないか。一体どうしたのかと問いかける間もなく、今度は後方から悲鳴が聞こえてくる。

 そして側面からも槍衾を作って迫って来るのを見て、包囲されたことを知ったのであった。


「退け、退けぃ!」


 敵の指揮官たちの号令は、兵たちの混乱を助長した。退けと言っても何処へ退けば良いのか? 後方からは剣戟の交わる音と悲鳴と断末魔が上がり、側面からは槍衾が迫りくる。

 前方は騎兵が総崩れで、兵たちは逃げ場も無くただただその場に留まる他は無い。

 それを遠目で見たシンはニヤリと笑う……自分が思い描いていたように包囲網は完成した。空から見れば馬車を中心として、丁度アラビア数字の八のような形になっている。

 ジリジリとせばめられていく包囲網、敵にはもう戦意など残っていない。

 武器を捨てて降伏を乞うが、受け入れられずに槍先にかけられ命を落とす。当たり前だが、皇女を暗殺しようとした敵を許すはずがない。

 シンは敵が死兵となるであろう頃合いを見て、包囲網の一部をワザと目立つように崩すよう命じた。

 包囲網の一角に穴が開いたのを知った敵は、当然そこへと集中する。

 逃げる敵を討つのは容易いものである。後ろから剣で斬り、横から槍を突く。

 結局、包囲網を突破したのは左右合わせて数十名ほどで、他は全て討ち取られた。

 敵はほぼ討ち取られたのに比べ、味方の戦死者は僅か十七名。負傷者も百名以下という、終わってみれば圧勝どころか完勝という形で戦いは終わった。


 落馬したベルクホフマンはどうなったのか? ベルクホフマンは落馬して地を泳ぐようにしてもがいている所を兵に討ち取られた。

 当然の事ながら身元を示すような類の物は一切身に着けていなかったので、単なる雑兵として扱われて遺体はよく調べられることもなく、他の死んだ兵たちとともに埋められた。

 シンは先の会議室で一応はベルクホフマンの顔を見てはいるのだが、他にもあの場には子爵はたくさん居り、会議中は侯爵や伯爵たちに気を取られていたのですっかり顔を忘れてしまっていた。

 そのためにベルクホフマンは、帝国の記録によるとこの戦いでは死亡したことにはなっておらず、行方不明のままとなっている。

 こうして、自身の不用意な発言で一夜にして爵位も領地も失った愚かな男は、その後一月ほどで今度は命まで失ってしまったのであった。

 

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