それぞれの思惑
エックハルト王国の使者である両伯爵が退出した後、シンと皇帝は場所をいつもの第二応接室へと移した。
「ある程度は予想していたが、ソシエテ王国が動いたか……」
「まぁ、ある意味ではこれでよかったのかも知れないな……ソシエテ王国の旗幟が鮮明になったことだし、この一件でルーアルト王国と手を結んだことがわかっただけでもな」
「シン、本当に大丈夫なのか? お主は新北東領に送り込まれてくる敵が、ゴロツキか何かだと想定しているようだが、精鋭を送り込んで来るやも知れぬぞ」
全く考えられない事では無い。だがシンは、発足して間もないとはいえ諜報機関である影の報告を受けて、その可能性は低いと判断していた。
「影によると、ルーアルト王国の精鋭である金鷹騎士団などに目立った動きは見られないらしい。それと共にいくつかの傭兵団が、忽然と姿を消したとの情報も得ている」
傭兵かと皇帝は呟く。
「しかし精鋭では無く傭兵だとしても、油断は出来ぬぞ。もし想定より数が多いなどの不測の事態に陥った場合は、すぐにハスルミアへ撤退することを命じる」
「うん、無理はしない。城塞都市に逃げ込めば、攻城兵器を持たない奴等は手も足も出すことが出来ないからな」
ーーー
一方、会議を終え帝都有数の高級宿へと戻ったエックハルト王国の使者であるオルレンス、トゥスクラムの両伯爵は、余人を交えず二人だけで本日の会議の内容を検討する。
「卿はどう思う?」
年長のオルレンスの問いに、トゥスクラムは肩を竦めて見せる。
「それは竜殺しの見解についてですか? それとも竜殺し本人についてですか?」
両方だ。とオルレンスが言うと、トゥスクラムが先ずは作戦についてと前置きをしてから自分の見解を述べた。
「竜殺しの見解は、理に適っております。ですが、危ういと言わざるを得ません。皇帝は、竜殺しの才……軍才と武勇に絶大なる信頼を置いているようですが、竜殺しとて所詮は人の身である以上、不測の事態に陥る可能性はあります。魔法剣とやらの力がどれほどのものであろうと、ここはやはり慎重に慎重を重ねるべきであると某は愚考致すところであります」
「……若さゆえであろうな……皇帝も竜殺しも、若すぎるほどに若い。若者は恐れを知らぬし、拙速に事を運びたがるものだ。儂の考えも卿と同じである。ここは、延期してでも万全の体制を整えるべきであろうな」
「巧遅は拙速に如かずとも申しますぞ……」
意地の悪い言い方をするなと、オルレンスはトゥスクラムを軽く睨む。
「で、あってもだ。此度の通婚は両国にとって得るものが大きい。なればこそ、より慎重に事を運ぶべきではないか?」
「得るものと言いましても、両国ともに国境の軍事費を僅かに削減出来るだけ……オルレンス殿は、あの魔法剣とやらにそれほどの価値があると思いで?」
実際にこの目で見ねば判断は下せぬが……とオルレンスは予防線を張りつつ自論を展開した。
「皇帝の竜殺しに対する信頼、これひとつを取って見ても異常と言わざるを得ぬ。また、帝国では先年に魔法騎士団という新たな騎士団を創設したらしい。この力の入れようは、例の魔法剣とやらが戦力として有効である証しであると考えられるのではないか? もっとも、一撃で五十人を討ち取るなど俄かには信じがたい話ではあるがな」
二人ともシンが一撃で五十人は殺れると言ったのを、単に皇帝の前で恰好付けをしたのだろうと内心で鼻で笑っていた。
如何に竜を屠り、先の戦で戦功を立てようとも、そのような大言壮語をするような者はたかが知れていると、シンを軽侮していた。
「それにしても魔法剣とやらは、一体どのようなものでありましょうか? 五十人を屠るというのが事実であれば、脅威であると言えますが……」
「流石にそれはハッタリであろうよ。う~む、もしやとは思うが……魔法剣とは、竜殺しの詐術である可能性も考慮せねばならぬか……」
「と、申しますと?」
「考えても見よ。単なる魔法ですら一度に五十人を屠るとなれば、それはもう大掛かりな魔法陣や儀式を必要とするであろう? 例えばだが此度のように敵が襲って来る場所が予測できる場合、その場所に予め魔法陣を描いておくというのであれば、その分時間を掛けずに強力な魔法を行使することが出来よう」
なるほどとトゥスクラムは頷く。そして頷きながら、ありえる話だと相槌を打つ。
「ですがそれでも竜殺しだけでは、魔力が足りますまい」
「それよ、竜殺しのパーティにはかつての筆頭宮廷魔導士である賢者ゾルターンが居る。あの時竜殺しが言った言葉を覚えておるか? 魔法で追撃すると言っておったのを……これは魔法を魔法剣と偽り、魔法を行使したのを誤魔化すために言ったのではないのだろうか?」
こうなるといよいよ魔法剣とやらが胡散臭く感じられてくる。
「如何致しますか? 帝国との通婚は取りやめになさいますか?」
トゥスクラムの言にマクスウェルは頭を振った。
「少なくとも通婚自体には利がある」
「ですが、その僅かな利を求めるよりは、国内の有力諸侯から正妃を迎え、王家と貴族の間で絆を深める方がよろしいのではありませぬか?」
トゥスクラムの言う事はもっともであるが、王が決めたことをここで二人が覆すわけにはいかない。
「差し当たっては、儂と卿はどう動くかだが……敵勢が少しでも強いと感じられた時点で、城塞都市ハスルミアへ撤退を進言すると言う事でどうだ?」
「異論は御座いませぬ。陛下よりお預かりした精鋭を、この様な事で無駄死にさせるのは御免でありますれば……」
この後も二人は協議を重ね、もしもシンが素直に撤退を受け入れない場合には、自分たちの兵を以ってして皇女を守りつつ城塞都市に逃げ込むことと決定した。
ーーー
「この作戦が成功した暁には、卿に伯爵位を授けるとの御状である。励むが良い」
「はっ、有り難き仰せ……このベルクホフマン、必ずや王の御期待に応えて見せましょう!」
ルーアルト王国の王宮内の宰相アーレンドルフの執務室で、帝国からの亡命貴族であるベルクホフマン元子爵は、宰相直々に帝国の皇女であるヘンリエッテの暗殺を命じられていた。
「卿には二千の兵を与える。どいつも鍛え上げられた精鋭だ。見事使いこなして見せよ」
精鋭とは真っ赤な嘘であるがアーレンドルフの表情から、ベルクホフマンがそれを読み取るのは難しい。
ベルクホフマンに与えられた兵は二千と数は多いものの、その大半が傭兵やゴロツキである。
それも彼等はアーレンドルフが、今後使い物にはならないだろうと判断した弱小傭兵団の寄せ集めであった。
それを精鋭とは、言っている本人も片腹痛い。だがそんな内心は兎も角として、目の前に居る亡命貴族に信じさせて押し付けなければならない。
アーレンドルフにとって、目の前に居る亡命貴族……ベルクホフマンはもう用済みである。得られる情報はすべて聞き出したし、その過程でこの男の性質もよくわかった。
口は回るが、ただそれだけの能無しというのがアーレンドルフの下した判である。
アーレンドルフにとっては、この作戦は成功すれば儲けもの程度のものであった。この作戦の真の目的は他にあり、それは既に達成されていたのである。
その真の目的とは、ルーアルト王国とソシエテ王国との同盟、そしてその結ばれた盟約が守られるのかどうかというものであった。
此度の作戦はその出汁であるに過ぎないのだ。実際にソシエテが盟約に従い、こちらの要請に応えて国境沿いに兵力を展開させたことを知って、アーレンドルフは満足していた。
目の前に跪くベルクホフマンをアーレンドルフは、まるで虫けらを見るような目つきで見詰める。
あとはこのもう用済みな男を効率よく始末するのみ。それも国内に巣食う役立たずどもを道連れにして。
「既に部隊は少人数に別れ、北の国境を越えておる。二千の兵で強襲し一撃を加え、帝国の皇女を亡き者にする。簡単なことよな……励めよ。では行くがよい」
「はっ、直ちに進発致します」
武運を祈ると、アーレンドルフは形式通りの言葉を口にすると、ベルクホフマンを追い払うかのような手振りで部屋から追い出した。
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