表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の剣  作者: 0343
343/461

帝国にサッカーブームの兆し有り



 親兄妹水入らずの時間を過ごして貰おうと、せっかくシンが気を利かせたというのに、二日も経たないうちに皇帝から呼び出された。

 すわ緊急事態かと、慌てて駆けつけてみれば皇帝は呑気に茶を啜っているではないか。


「エル、どうした? 何かあったのか?」


 いつもの第二応接室には、シンと皇帝しかいない。

 皇帝はいつものように、シンに席を薦めると手ずからお茶を煎れる。


「シン、お前また何か変なものを流行らせたな?」


 何のことかとシンは本気で首を傾げる。


「サッカーとか申す遊戯のことだ」


 ああ、とシンは頷いた。


「今日、余はそのサッカーについてエックハルト王国の使者に聞かれて恥をかいたわ。なぜ余にサッカーとやらのことを伝えなんだ」


 流石にシンもこれには苦笑い。一遊戯に関してまで、一々報告しなければならないとは露ほどにも思っていなかった。


「いや流石にそれは……何だ? エックハルト王国の使者が興味をもったのか?」


「うむ、何でも兵たちが郊外でそのサッカーとやらに興じていたらしいのだ……」


 なるほどとシンは納得する。ムベーベ国に行った兵から、段々と伝わったのだろう。


「最近では子供たちにも浸透しつつあるそうだが?」


「まぁ、サッカーは年齢や性別を問わない遊びだからな……で、何でサッカーで恥をかいたんだ?」


 さしもの皇帝も、このシンの物言いに多少の腹を立てる。


「そのサッカーについて何も知らぬ余は、サッカーを遊戯ではなく訓練であるとエックハルトの使者に言ってしまったわ! 明日、またその使者と会うのだが、余は恥ずかしくてどのような顔で会えばよいやら……」


 なんだ、そんなことかとシンは軽く言い捨てる。シンはもっと政治や軍事に関しての何か重大な出来事でもあったのではないかと気を揉んでいたのだ。

 なんだとはなんだと、皇帝がまなじりを上げて怒り出す。知ったかぶりをした自分の面子が潰れたのが、どうしても許せないらしい。

 まぁ相手が相手だから仕方が無いかと、シンはいきり立つ皇帝を宥める。


「間違ってないからいいんじゃないか?」


 なぬ? と皇帝が素っ頓狂な声を上げる。


「だからサッカーは歴とした遊戯ではあるけれど、運動量が多いため心肺が鍛えられるし、走り回るから足腰も鍛えられるぞ。つまり、体力作りにはもってこいってことさ。兵たちの間で流行っているのは、喜ばしいことだと思うけどな……」


「そうか、余は決して間違ってはおらぬのだな! いやぁ、余は最初からそうであると見抜いておったのだ」


 シンは呆れた……皇帝の変わり身の早さに。


「よし、そのサッカーとやらを軍の訓練の一環に取り入れようではないか! そうすれば、余の言も完全に間違いでは無くなる。うむ、それでいこう」


 まぁ、いいんじゃねぇのとシンはもう投げやりに答える。


「で、そのサッカーとは一体どういう遊戯なのだ?」


 シンは椅子から崩れ落ちそうになりつつも、サッカーのルールなどを教える。


「やってるところを見に行った方が早いんじゃないか?」


「よし、早速見に行こう! ちょっと待っておれ、準備をいたす」


 皇帝はテーブルの上に置いてあるハンドベルを鳴らす。直ぐに隣室から近侍の若者が駆けつけて来る。

 郊外の空き地まで出かけるので、護衛の手配をせよと近侍に命じると自身も外出の準備をするために席を外した。

 こうしてシンと皇帝は、郊外で兵たちが興じているサッカー見学へと出かけるのであった。



ーーー



「おお、あれがサッカーと申すものであるな? なるほどなるほど……」


 皇帝が見学に来たと知った兵たちは大慌てである。

 シンはその慌てふためく兵たちに近付いて、皇帝の来訪の目的を伝える。

 皇帝の前でサッカーをしろと言われた兵たちは困惑した。


「あ、あの……我々は、その……あ、遊んでいたわけでありまして……こ、これは何かの罰なのでありましょうか?」


 兵長らしき男が、怯えながらそうシンに聞く。

 シンは無理も無いと思いながら、兵長の言を笑い飛ばして見せ、取り敢えず安心させてやる。


「はっはっは、そうではない。このサッカーは、やっている者にはわかるだろうが激しく動き回る遊戯だ。遊んでいる内に体力が付き、足腰も鍛え上げられていく。陛下はこの効能に目を付けられてな……サッカーを何れは軍の正式な訓練の一環として推奨していこうかと検討なされておる。そのための視察である。決して罰などではない。寧ろ、自らを鍛え続けていることを褒めておられたほどであるぞ」


 それを聞いた兵たちはほっと胸を撫で下ろす。

 取り敢えずいつも通り始めてくれとシンが促すと、普段よりも緊張でぎこちない動きながらも、兵たちは再びサッカーに興じていく。


「ほぅ、本当にあのキーパーと申す者以外は手を使わぬのだな……お前たち、知っておったか?」


 皇帝が近侍の者たちに聞くと、近侍たちは存じておりますと頭を下げる。


「む、ならば何故余に教えなんだ!」


 と皇帝はむくれ、近侍たちはおろおろと狼狽える。

 無茶いうなよ、とシンはそんな近侍たちに助け舟を出す。


「おっ、喜んでおるぞ! なるほど、あのキーパーとやらを球が抜ければ勝ちなのだな……どれ、余も混ざってやってみよう」


 は? とシンと近侍たちは顔を見合わせた。

 そして止める間もなく皇帝は兵たちに駆け寄って行く。

 突如駆け寄って来た皇帝を見た兵たちは、顔色を一気に青ざめさせながら慌ててその場に跪く。

 それを見たシンと近侍たちは、我に返り慌てて皇帝の後を追う。


「いきなりなにしてやがる! わかった、わかったから……取り敢えず物事には順序ってものがあるだろうが。見ろ、突然の事で兵たちがびっくりしているじゃないか!」


 シンは急ぎ使いを出して面子を集めた。半時後、郊外のサッカーコートにはシンのチームと皇帝のチームの二チームが出来上がる。

 シンのチームはカイル、クラウス、エリー、レオナ、マーヤ、ハンク、ハーベイ、ロラ、ザンドロック、そして皇女であるヘンリエッテの姿もあった。

 対する皇帝チームは、皇帝の他は御付の近侍たちで占められている。

 サッカーを経験したことのある者が大半を占めるシンのチームが圧倒的に優位かと思われた。

 だがふたを開けてみると、その予想は見事に覆されてしまう。流石は皇帝の近くに控える者たちである。 

 近侍たちは、皇帝に恥をかかせまいと死にもの狂いでボールに食らいついて来る。

 いつしか、両チームのみならず周囲で観戦している者たちも熱狂していき、郊外に大歓声が響き渡る。

 試合の結果は、二対一でシンのチームの勝ち。勿論のこと、シンが手を抜いた結果ではあるが、皇帝チームも大健闘したといえる。

 息を切らせながらも整列し、両チームとも健闘を讃えて握手を交わす。

 

「これは非常に面白いな。確かにこれならば、そなたが言う通り遊びながらも身体が鍛えられるであろうな。よし、余は決めたぞ。このサッカーとやらを、帝国の正式な遊戯と認定するとしよう」


 シンは急遽の呼び出しに応じて集まってくれた仲間に礼を言う。

 そして運動して腹が減っただろうから、帰りに買い食いでもしてくれと銀貨を数枚手渡した。

 シンとザンドロックはそのまま一度、皇帝たちと共に宮殿へと戻る。

 その帰り道で、


「まさか兄上とサッカーが出来るとは思えませんでしたわ!」


「うむ。余もそなたが既にサッカーに興じていたとは知らなんだ。中々に手慣れた……いや、脚慣れておったではないか」


 と、兄妹ともに上機嫌であった。

 その傍らで、シンは呼び出しに応じてくれたザンドロックに頭を下げている。


「すまんな、ザンド……急に呼び出したりして……」


「いや、なに事情が事情だ。仕方あるまい。だが、このサッカーという遊戯は実に面白いな。うむ、これは確かに遊びながら体を鍛えることが出来るだろう……早速、我が魔法騎士団にも取り入れるとしよう」


 宮殿に戻った皇帝は早速、宰相ら閣僚を集めて会議を開きサッカーを帝国軍の正式な遊戯と認定することを布告した。

 こうして軍や兵たちはサッカーが広まり、多くの者が興じる事になる。やがて軍から民間へとサッカーは浸透していき、それは瞬く間に帝国全土へと広まっていったのである。


  

 

外伝的な一話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ