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帝国の剣  作者: 0343
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捕らぬ狸の皮算用か、それとも……



 翌日、シンは朝起きると軽くいつもの訓練メニューを始める。

 そうこうしている内に、パーティーメンバーたちも集まって来て、個人練習から連携訓練へと移行する。

 訓練が終わると、それを待ちわびていたかのように訓練中ずっとこっちを窺っていた龍馬たちの相手をする。

 冷え込んで来た朝の龍馬の身体はひんやりとしていて、シンはその身体を乾いた布で強く擦ってやる。

 龍馬式乾布摩擦とでもいうのだろうか、レオナも自分の愛馬であるシュヴァルツシャッテンに、シンと同じように乾いた布でごしごしと擦っている。

 二頭の竜馬は乾布摩擦を気持ちよさ気にうっとりとした表情を浮かべながら、シンたちの為すがままに体を預けている。

 そんなシンたちの元に、屋敷の方からワンワン、キャッキャッとローザとアトロポスが戯れている声が聞こえてくる。

 アトロポスを連れ帰って来て以来、アトロポスは一時たりともローザから離れようとせず、またローザもアトロポスから離れようとはしなかった。

 シンはそれはそれで良い事である、ローザの遊び相手が出来て良かったと喜んでいた。


「さて、では俺は陛下に呼ばれているので飯を食ったら行かねばならん。レオナ、昨夜の事だが口外する者がいるとは思わないが、一応の念押しをしといてくれ」


「わかりました。では、そろそろ朝食に致しましょう」


 龍馬は聡い。シンとレオナの会話から、もう行ってしまうのかと不満の唸り声を上げ始める。


「すまんな。お土産に何か美味しそうな物を買ってきてやるから許せ」


 物に釣られるのは癪であるが仕方が無いなと言う感じで、龍馬のサクラは引き止めるために噛んでいたシンのシャツの裾を離した。

 シンはそんなサクラの鼻面を軽く撫でた後、朝食を摂るためにレオナと共に厩舎を後にした。



ーーー



「なるほど……あの魔道熱気球はただ浮かび上がるだけで、移動するのは風任せなのだな」


「そうだ。だから推進力としてもう一人魔法使いを乗せ、風の魔法を使って進む事になる。本当ならバーナーの魔道具のような風を吐き出す魔道具を積みたいところだが、積むスペースも無ければ重量も嵩むので却下せざるを得ない。なのでつまるところ魔道熱気球一台につき、魔法使いが二人必要になる。現在のところ、碧き焔から俺を含めて六人の魔法使いを出すことが出来るから、あと十四人の風の魔法を使えて尚且つ戦闘にも耐えられるタフな魔法使いが必要になる」


 シンはそう言いながら第二応接室の窓を少しだけ開ける。

 冬の香りを含んだ風が、部屋の中へ一気になだれ込む。シンはその外の新鮮な空気を胸いっぱい吸って吐いた。

 シンと皇帝は、二人だけで昨日の魔道熱気球の飛行成功の結果から、更なる実用化に進めての検討をしていた。


「……寒くなって来たな。シン、あの魔道熱気球には何人乗れる?」


「そうだなぁ……魔法使いで二人取られるとして、後は精々武装した大人が二人って所だろうな……それも板金鎧プレートメイルを着込んだような重武装の兵は無理だろう。まぁ、奇襲作戦に用いるので動くたびにガチャガチャと五月蠅うるさい板金鎧を着ては行かないけどな」


「よしでは四人乗りとして決定しよう。となると、総勢四十名ということになるな」


「ああ、この四十名が難攻不落の城塞の蓋を開ける事になるのさ……」


 シンは自分には似合わないだろうと思いながらも、不敵な笑みを零さずにはいられない。

 高確率でこの作戦は成功するという確信めいた閃きがあったのだ。

 その後もシンと皇帝は軍事のみならず、政治や経済といった様々な分野に於いても意見を取り交わしていく。

 

「するとお主はラ・ロシュエルを滅ぼし、その領土を完全併呑するのには反対だと言うのか?」


 皇帝は面白そうにシンへと聞き返す。配下の者たちとは違った視点、観点を持つシンの考えは実に興味深い。


「ああ、俺も度々大臣たちの手伝いをしていてわかったが、この帝国の屋台骨は残念ながら軋み始めていると思う。まぁそれも考えれば当たり前なんだ。先ず、現在帝国最大のお荷物となってしまっている新北東領の復興。それに先のスードニア戦役……あれは防衛戦争だからな、幾ら大勝しても帝国が肥える事はない。むしろ傷を癒すのに時間と金が掛かる。それに、相次ぐ貴族の反乱……現在、大体のところ片が付き反抗的な貴族は減ったがその減った穴埋めが追いついていない。さらには、先の南部でのラ・ロシュエルによる強奪……これはやり返しはしたが、これも結構な被害が出ていて復興するのに苦労するだろうな。そんな中で更に大きく領土を広げるのは危険だと思う。表面を幾ら取り繕って見ても中身がスカスカじゃあな……そんな隙を周辺諸国が見逃すはずが無いだろうしな」


「つまりのところ、帝国は見た目は良いが中はボロボロと言う訳じゃな……新北東領については耳が痛い。だがあの時には後に負債となるとわかっていても、取るしかなかったのだ。そうせねばゲルデルン奴の元へ、多くの貴族が走って仕舞いかねない状況であった」


 シンは黙って頷く。当時の状況を考えれば、皇帝の選択は間違ってはいない。寧ろ、最善の策ともいうべきであった。

 あの時、ゲルデルン公爵がルーアルト王国の西部辺境領を降した以上、皇帝もそれに匹敵する手柄を上げる為に止むを得ずルーアルト王国北部辺境領を征したのだ。

 だがこれは帝国にとって痛い負債として現在も圧し掛かっている。ソシエテ王国から流れた武装難民によって荒らしつくされたルーアルト王国北部辺境領改め帝国新北東領は、未だ復興の目途が立っていない。

 

「まぁ新北東領に関しては、悪い事ばかりじゃねぇさ……軍事的にも経済的にも後々でいくらでも挽回出来ると思うぜ。現に、あそこを手に入れたおかげでエックハルト王国と国境を接して誼を結ぶことが出来たのは大きい。それに、あの地には疎らだがカエデの木が生えてたからな。後々に植林したりして整備していけば、メープルシロップやメープルシュガーの一大産地に化ける可能性がある」


 皇帝は両目を大きく開けて驚く。砂糖と言えばこの世界のこの時代でも、黄金に匹敵するほど貴重な代物である。


「どこでそれを? 派遣しているエミーリエからはそのような話は聞いておらぬが……」


 皇帝が言うエミーリエとは、新北東領の治安維持に軍を率いて赴いているエミーリエ・ブルング伯爵の事である。

 彼は今までの忠勤と数々の戦功によって男爵から累進を重ね、今や伯爵位を授かるまでの信頼を勝ち得ていた。


「ああ、まぁブルング伯は治安維持に忙しくて細かい現地調査などしている暇が無いんだろうよ。と言っても、本当に僻地に疎らに生えていただけだったが、それでも自生しているってことは、その地で育つってことだ。俺がその事を知ったのは、ルーアルト王国の貴族に追われて新北東領を彷徨っていた時の事さ……いやぁ、今思い返してもあの時の状況は過酷だった……生きるために木の皮も食ったし、襲って来た狼の肉なんか、いくら筋切りしても硬くてなぁ……肉っていうよりゴムや硬めの粘土喰ってるみたいでさ、噛みきれないから殆ど丸呑みしたっけなぁ……」


 目の前で笑うこの男はどれだけ過酷な旅を続けて来たのだろうか? だがこのシンのもたらした情報を信じるならば、新北東領はやがては帝国のお荷物から帝国の金蔵へと変わるだろう。

 復興も思っているよりも早く進むかもしれないと、皇帝は喜望を抱く。無論、早いといっても自分が生きている間のことではないだろう。

 自分に出来るのは後々のために、しっかりとした基盤を作ることだけである。


「新北東領については了解した。話を戻すがシン、お主はラ・ロシュエルをどうするつもりだ?」

 

「サン・アルン城塞を落とした所で講和。無論、こちらからするのではなく向こうからな。そこまでを帝国領として併呑し、ラ・ロシュエル王国は国王の首を挿げ替えて再び属国とする。そして亜人地区の亜人諸部族や、南部の小国家群にラ・ロシュエル王国に取られた領地を返してやればいい。無論、これは善意なんかじゃないぜ……寧ろこれはある意味では悪意たっぷりってところだな」


「ほぅ……それは寧ろ余の領分ではないか? なるほどなるほど……お主はまだまだ南方は荒れるゆえ、下手に併呑すれば帝国が火傷を負いかねないと考えておるのだな」


 シンは白い歯を見せて笑う。やはりエルと話すのは面白いと。

 もし帝国がラ・ロシュエル王国を滅ぼして完全併呑したとしよう。そうなった場合、周辺諸国のやり場のない無い怒りや憎しみがラ・ロシュエルを飲み込んだ帝国に向けられるかもしれない。

 せっかく併呑したとしても、反乱や戦争の火種が残り続けているのでは危なくて仕方が無い。

 ならば敢えて完全併呑は避け、そういった者たちの怒りのはけ口としてラ・ロシュエル王国を残して、ラ・ロシュエルにサンドバッグになって貰った方が良いとシンは考えているのだ。

 ラ・ロシュエル王国によってかき回された南方の政情不安は、暫くの間続くものと思われる。ならば今無理をして、火中の栗を拾いに行って大火傷を負う必要性は無いだろう。

 時が経ち、火が収まってから拾えば良いのだ。その頃には、帝国南部や新北東領の復興も進んでいるだろう。

 その後もシンと皇帝の話は尽きることは無い。軽い昼食を挟み、昼下がりまで長々と話を続けていたがこれ以上は政務があるためにと仕方なく止め、また話し合いは後日改めてすることとなり、シンは宮殿を出て帰路に着いたのであった。

評価、ブックマークありがとうございます! 感謝です!


朝五時に起きるともうかなり寒いっす。日中は陽が出てるとポカポカで気持ちいいですね~



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