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帝国の剣  作者: 0343
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悪知恵に託す


 どうしてここまで貴族たちの発言力が増したのか?

 それは先のゲルデルン公爵の謀反にまで遡ることになる。皇族であるゲルデルン公爵が皇帝の座を欲して謀反を企み成敗された際に、皇帝ヴィルヘルム七世は皇后マルガレーテの実家であるルードシュタット家の助力を求めた。

 結果、ゲルデルン公爵は成敗されそれに連なる皇族たちも失脚、追放、或いは死を賜った。

 そこに出来た中央貴族の空きに、当時まだ伯爵であったルードシュタット侯爵が自分の身内やシンパを送り込んだのである。

 皇帝は自分に味方した義父をこの時までは信頼していた。そこまではまだいい。だがその後が悪い。調子に乗ったルードシュタット侯爵は、皇后マルガレーテが男児を産むと現皇帝であるヴィルヘルム七世を生前退位させ、皇太子であるアルフレッドを即位させて自分はその後見人として摂政となり帝国を支配するという野望に憑りつかれてしまった。

 皇后マルガレーテも、その父親の影響力が高まりを見せると共にその本性を現し始めたのである。

 順番からいって、父であるルードシュタット侯爵が死ねば自分が後見人の地位を継ぐことになると考えた彼女は、その時こそ自分が帝国を支配できると考えたのである。

 こうして権力の欲に憑りつかれた父娘の元には阿諛追従あゆついしょうの輩が蔓延るようになり、それは質の悪い流行り病のように、急速に帝国を蝕み始めていた。



---



「でだ、先の読めぬ業突張りどもは、我が国より国力の劣るムベーベ国を討滅しその土地を奪うべしと、がなり立ててくるだろうがそれをどう制するか。正論を突き付けても奴らの頭では理解出来ぬであろう。何故なら所詮は中央で然したる苦労もせずに、ぬくぬくと肥え太って来た輩ゆえ軍事的知識も左程持ち合わせてはいないのだ。そんな馬鹿共の頭領であるルードシュタット侯爵でさえ、軍事については素人同然であり適当に算出した数字を比べて強弱を論じる有様……こやつらを黙らせる良い手を考えて欲しい」


 皇帝の顔には疲労の影が濃い。シンがムベーベ国に赴いている最中も、現実の見えぬ夢想家の欲望丸出しの行動や言動に手を焼いていたのだろう。


「やはりここは正論を以って諭し続ける他はないのでは? シンの報告を聞けば、彼らも少しは考えるかもしれませぬぞ」


「希望的観測だな。それぐらいで諦めるような輩であれば、余も苦労はせぬわ」


 老ハーゼ伯としても、他に策は無いのではないかと頭を振る。

 現在、中央貴族の大半はルードシュタット侯爵の息が掛かった者たちで占められている。

 例外と言えば、老ハーゼ伯の後を継いだウルリヒが当主のハーゼ伯爵や剣術指南兼魔法騎士団初代団長を務めるザンドロック子爵、迷宮都市カールスハウゼンを領地とするシュトルベルム伯爵などである。

 皇帝もルードシュタット侯爵に対抗するために、中央に目を掛けていた貴族たちを送り込もうとはしているのだが、侯爵の妨害工作や領地の問題などによってその成果は芳しくないのが現状である。


「何か良い手は無いか?」


 皇帝の言葉を受けたシンに、六つの瞳から期待の籠った視線が注がれる。


「良い手と言ったってなぁ……そうだな……いっその事やらせてみればいいんじゃないか?」


「シン、お主何を!」


 期待の視線は一気に緊張の色に染まった。シンは先程、帝国がムベーベ国に攻め入るようなことがあれば、帝国の敵となると宣言している。

 慌てる三人見てシンはクスリと笑う。その笑い方は、悪巧みを思いついた悪ガキそのものであった。


「まぁ落ち着けって……その会議ってのは明後日だっけか? まぁ俺に主導権を握らせてくれさえすれば、後は適当にその馬鹿共をやり込めて見せるぜ」


「なに? して、それは一体どうやるのじゃ? 失敗は許されぬぞ……」


 老ハーゼ伯が凄みを効かせてシンに迫るが、シンは人の悪い笑みを浮かべたまま頷くのみである。


「余たちにも、そなたの考え付いた策を教えよ。事によっては事前工作も必要であろう」


「それはな……こうさ……」


 シンは表情を元に戻すと、自分の考えを述べた。

 全てを聞き終わる頃には、老ハーゼ伯は自分の長い顎鬚を扱くだけの余裕を取り戻していた。


「なるほどの……馬鹿共の功名心や欲を逆手に取るのじゃな……」


「それにあの森は本当にヤバイんだ。竜だけじゃなく、蜘蛛人や吸血モモンガ、狼などの猛獣に、毒蛇や毒虫、象や野生の龍馬も危険だろう。他にも俺らが遭遇していない危険な生物がウヨウヨ居るはずだ。俺たちはギギという水先案内人のお蔭で難を逃れることが出来たがな……まぁ、貴族がいくら叫ぼうが喚こうが、率いている兵たちがやる気を失えばそれまでなのさ。ああ、後はザンドロックにも根回ししとかないとな……」


「よろしい。正攻法ではあの馬鹿共を黙らせることは出来ないであろう。だが一つだけ心配なのは、もし奴らが本気で攻めた場合の損害についてなのだが……」


「まぁそんなことにはならないと思うがね。自惚れているわけじゃないが、どうやら俺の力はある程度評価されているらしい。その俺が負けた相手と戦いたいって奴が、帝国にどれだけ居るのか……」


「シン殿はそれを見越して、あの噂話を流したのですか?」


 今まで一言も口を開かなかった宰相が、シンに問うた。


「宰相閣下は俺を買い被り過ぎている。そんなわけがない、あれはあれだ……そのくらい危ないから近付くなっていう警告みたいなものさ。下手に藪をつついて蛇……この場合は竜が出たらたまったもんじゃないからな。こうやって脅しておけば、馬鹿な考えを起こす者も減るだろうと思っての事だったんだが……」

 

「しかし良いのか? 負けたなどと噂されれば、お主の名声に傷が付こうぞ」


「別にかまわないさ。負けたのは事実だし、嘘を付いてまで庇うような名声なんか俺は持ち合わせちゃいないしな」


 老ハーゼ伯は混乱する。最初にシンを見た時は遊歴の騎士かそれに類する者、あるいは武者修行中の武芸者か何かだと思っていた。

 だが高度な知識や思考力を持ち合わせている事を知った後は、どこぞの国の王侯貴族ではないかと思っていたのだ。

 騎士であれ武芸者であれ、王侯貴族であれ自身の名声に傷が付くのを烈しく嫌う傾向が強い。

 だが目の前にいるこの男は、そういった反応を見せる素振りは全くないのである。

 一体何者なのか……神の寵愛を受け、竜に縁のある男……その得体の知れなさに、背筋に寒いものを感じざるを得ない老ハーゼ伯であった。

 

 皇帝はシンが素直に負けを認めたことについては、何ら疑問を抱いてはいない。

 負けを自ら公言するのは、誇り高きゆえのことであると見抜いている。

 

 正々堂々の勝負であったのであろうな……それ故に、負けを隠して生きるを良しとせぬのであろう。

 この事が吉と出るか凶と出るか……おそらくは吉と出るであろう。民衆たちは自ら負けを認めるシンの誠実さや、潔さを褒め称えるであろうな。その行為は傷を庇い、隠す貴族や騎士などと比べ、さぞ美しく見えるであろう。


「では次いでと言ったらヘンリに怒られてしまうが、ヘンリのエックハルトへの輿入れについても話をしておこう。予定では年内には向こうへ到着させたいところであるが……」


「そんなに急いで行かねばならないのか?」


 シンは驚いた。どうせ行くのは来年の春、横断する新北東領の雪解けを待ってからの事だと思っていたのである。

 シンの驚きを見て、宰相が説明をする。


「大任を果たされ一息ついている所、まことに申し訳ないがシン殿も皇女殿下と共にエックハルト王国へと赴いて頂かねばならない。なぜこんなにも急いでいるのかと驚かれたのかも知れないが、それには幾つかの理由が……」


 宰相の説明を聞いたシンはなるほどと納得の意を示す。


「つまりはヘンリ……じゃなかった、皇女殿下の身の安全のため……このまま帝国に居るよりはいっその事エックハルト王国へ行った方が安全だという訳だな……そこまで危ないのか……それと帝国とエックハルトが手を結ぶのを良しとしない二国……ソシエテとルーアルトの妨害工作の時間を与えぬためという訳か」


 皇帝は悲しげに頷く。先の先まで考えを巡らせてはいないルードシュタット侯爵たちにとってみれば、今エックハルト王国へと皇女を嫁がせる意義を見出すことが出来ない。

 彼らにとってみればエックハルト王国は、帝国と僅かに国境を接するだけの国という考えなのだ。

 一時は、皇位継承権を持つヘンリエッテ皇女が帝国から去ることに喜んではいたが、それはもう一つの危険を孕んでいることに気が付いたのだ。

 その危険とは、皇帝を排除した際に妹の嫁ぎ先であるエックハルト王国へと亡命されてしまうと、かなり厄介なことになるというものであった。

 そのまま皇帝がエックハルト王国の力を借りて、帝位を取り戻さんと攻め入って来る可能性もある。

 そうなった場合、国内に留まっている親皇帝派の貴族たちと挟み撃ちにされる危険性がある。

 では皇帝を排除する際に、殺してしまうのはどうか? それは愚策というものである。

 弑逆しての帝位を簒奪すれば、親皇帝派が黙っているわけがない。親皇帝派を黙らせるためには、皇帝を生かしておいて人質してどこかへ幽閉し、機を見て病没と言う形をとるのが一番である。

 兎にも角にも、ヘンリエッテ皇女がエックハルト王国へ嫁がなければ良いのである。

 そういった意味でヘンリエッテ皇女の身は現在のところ、かなり危険であると言えた。


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