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帝国の剣  作者: 0343
323/461

中央大陸行路



 翌日、出発の準備を済ませた使節団は、ヤヌグ族の街を発ち大都へと向かった。幸いにも秋晴れが続き、雲一つない晴天の中の出発となった。

 その澄んだ青空を見つめながら、今後もゴブリンたちと帝国人が良い関係を維持出来ればと思うのだった。

 共にサッカーに興じたことで仲が急速に深まったヤヌグ族の者たちが、街の外れまで見送りに来てくれ、互いに手を振って別れを惜しむ。

 族長とギギ、そしてヤヌグ族の選りすぐりの精鋭が使節団を守りつつ大都へと同行する。

 大都はヤヌグ族の街から三日ほどの距離にあるという。その途中でヴァイツゼッカー子爵が、ゴブリンたちには内緒で周辺地理を探り、詳細な地図の作成を提案するがシンはその考えを一蹴した。

 若いヴァイツゼッカーは焦っていた。先の戦いでヴァイツゼッカーの陣だけが破られ、皇女殿下の身を危険に晒す原因ともなる失態を犯したことにである。

 何としてもどんな形であれ手柄を立てて、失態を償わねばならないとの焦りが故にその口から浅慮を語ってしまう。

 シンはそんなヴァイツゼッカーを理を以って諭す。


「ヴァイツゼッカー卿、その考えは危険である。彼らはやっと我々に気を許し始めたばかりであり、そのような時に怪しまれる動きは慎むべきだと考える。それに何より、我らはこの地を侵略するつもりで来たのではない。大体にしてここを攻め取って何とするのか? まだ新北東領の再建の見通しも立っておらず、先のルーアルトとの戦いに東部も手痛い被害を受けており、昨今では南部も大規模な賊の跳梁により荒らされている今、これ以上帝国に新たな領地を抱える余裕はない」


「では、本当にこの国と対等の盟約を結ぶというのですか? 失礼ながら言わせて頂きますが、お仲間の生国とはいえこのゴブリン国にシン殿は少々肩入れし過ぎではないでしょうか? シン殿は私人では冒険者ではありますが、帝国の臣でもありますれば帝国の利益を優先して頂くのが当然の理かと……」


「まったく卿はこの交渉の成否がどれ程重要なものなのかがわからぬのか……」


 苛立ったシンの口から、ついつい本音が漏れだしてしまう。


「ここから先はラングカイトを呼んでからにしよう」


 シンが纏っている空気の色が、苛立ちによってピリピリとしたものに変わる。その変化を明確に感じたヴァイツゼッカーは全身に鳥肌を立てた。

 慌てて頭を下げると、飛び出すように部屋を飛び出し自ら同格の副使の任を与えられているラングカイトを呼びに行く。

 その間、シンは宛がわれた部屋の窓から外を見て、当たりの様子を覗い盗み聞きするものが居ないかを探る。

 直ぐにヴァイツゼッカーが戻って来て、ラングカイトを伴っての入室の許可を求めて来る。

 シンは、自ら扉を開けると部屋の前に立つ衛兵を遠ざけた後で、二人の入室を許した。


「まずは座れ。良いか、これから話すことは俺と陛下と宰相閣下しか知らぬ事であり、決して他言無用ぞ」


 二人は椅子に腰かけながら頷く。


「さて、ヴァイツゼッカー卿はこのムベーベ国との交渉を左程重視しておらぬようだが……」


「いえ、そのような事は……確かに銅の不足は深刻な問題ではありますれば……」


 ヴァイツゼッカーは懐からハンカチを取出して汗を拭った。ラングカイトはシンを見たまま口をへの字に結んで黙っている。


「確かにな、鉄と銅の取引は重要だが……二人にはもっと広い視野を持ってほしいと思っている。先ずはこの交渉の成否が、今後の帝国に多大なる影響を及ぼすものだと知って欲しい。先程、卿はこのムベーベ国と対等の盟約を交わすのかと聞いたが、結論から言うと多少の不利を被ってでも交わすつもりである。軍事的な理由と経済的な理由から、絶対にこの交渉は成功させねばならないのだ。先ずは軍事的な理由から述べると……」


 シンがこのムベーベ国との交渉を終えた後、何をするのかと言うと先ずはヘンリエッテ皇女のエックハルト王国への輿入れに同行し、同地で魔法剣を教授することが確定している。

 その後シンは再び帝国南部へと赴き、南部辺境から亜人たちの住まう領域へと向かい、亜人たちの諸部族を訪れて帝国に組するように説き伏せる予定である。

 その時にこのムベーベ国と、亜人の国と対等の盟約を結んだ事実が活きて来る。

 この事実を以ってして、帝国は以前とは違い亜人を軽視してはいないという証しとし、亜人たちを纏め上げてラ・ロシュエル王国に抵抗させるつもりであった。

 現在ラ・ロシュエル王国は南方の小国家群の攻略に力を注いでいるが、それらが片付けば次は亜人たちの討伐に本腰を入れて来るであろうことは間違いない。南方の小国群が墜ちるのは最早時間の問題である。

 だが、それ以上ラ・ロシュエル王国を肥えさせるわけにはいかない。

 各個撃破される前に、何としても亜人の諸部族を纏め上げてラ・ロシュエル王国に対し組織的な抵抗をさせねばならない。

 

「こういう訳だ。故にこの交渉は誠実を以って望まねばならないし、多少の不利を被ってでも成功させねばならないのだ。次に経済的な理由についてだが……」


 エックハルト王国にヘンリエッテ皇女が輿入れする際に、シンはエックハルト王国から結納金代わりに不可侵条約と通商条約を結ぶつもりである。通商条約などわざわざ結ばなくとも、両国の商人たちは勝手に交易を始めるだろうがここは敢えて条約を結んで明文化しておく。明文化する事で、エックハルト王国が後で帝国の企みに気が付いても、勝手に交易を止めるような事が出来なくするためである。

 西のムベーベ国と交易の盟約を結び、東のエックハルト王国と通商条約を結ぶと帝国を間に挟んで東西繋ぐ交易路が出来上がる。

 この交易路によって、この三国の内どこが一番恩恵を受けるかといえば、当然の事ながら間にある帝国である。

 ただこれは出来る限り秘密裏に事を進めねばならない。いくら婚姻政策によって、友好国となるエックハルト王国とて隣国が肥え太るのを手を叩いて喜ぶはずがない。

 そのために普通はこの手の計画には、まず商人に外堀を埋めさせるのだが、今回はその商人たちを一切使わず本丸を直に攻めることにしたのだ。

 先に商人に伝えれば、彼ら独特のネットワークにより情報が伝わる可能性が高い。現在、帝国の商人にはヘンリエッテ皇女の輿入れの準備に目を向けさせて注意を逸らしている。

 あくまでこの交易路は国と国との盟約と条約によって作り上げてから、国が主体になって交易をし国が富を出来る限り吸い上げるようにしなければならないのである。


「まぁ、普通に新北東領を再開発しようとしても、そう思うようには進まないだろうが交易路の通り道ともなれば、商人どもが勝手に投資して自然と栄えていくだろうよ」


 ヴァイツゼッカーとラングカイトは口を大きく開けたまま呆然とする。

 このたった一つの外交に、そこまでの意味が秘められているとは思いもよらぬ事であった。

 二人はシンに恐怖した。目の前に居るシンが、二十歳そこそこの若者とは到底思えない。

 皇帝陛下の寵愛ぶりから単なる武人ではないとは思ってはいたが、まさかこれほどまでとは……あの気難しい宰相エドアルドが、手放しで褒めていると言う話も納得がいく。


「この外交に秘められし深慮遠謀、このヴァイツゼッカー感服いたしました。それとは知らず的外れな進言をお許しくださいまし」


「いや、こちらこそ今まで黙っていてすまない。どうも柄にもない大役を仰せつかったせいか、緊張していてな……これからも遠慮せずに進言して欲しい」


 そう言ってシンは先の非礼を詫びた。

 その後も三人は話し合い、この外交については相手の要求を出来る限り飲むという方針を定めた。

 

 

 

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