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帝国の剣  作者: 0343
322/461

サッカーと液肥



 大部族会議を終えて戻って来たヤヌグ族の族長とギギは、すぐにその異変に気が付いた。

 普段ならばそこそこある大通りに人影は少なく、何やら外れの方から大勢いが発する声らしきものが聞こえて来る。

 もしや敵の侵入を許したのかと、ギギと族長はその騒ぎの元へと走り出す。

 街を抜け、使節団の宿営地を抜けて辿り着いたそこでは、帝国の兵たちとゴブリンたちが集まっており、その人だかりをかき分けて見ると、中央の空き地で何やら帝国兵とゴブリンたちが諍いを起こしているかのように見えた。

 せっかく大部族会議で決まった帝国との交易の話が、この諍いを元にしてご破算になってしまってしまうのは是が非でも避けたい。

 慌ててギギと族長が両者を止めようとして、その空地へ足を踏み入れようとしたが、たちまち周囲の者たちに止められてしまう。

 何故止めるのか、そして何故彼らを止めないのかと問うと、試合中は選手と審判以外はコートの中に入れないのだと言う。

 試合? とギギと族長は怪訝な顔でお互いを見る。

 ギギはどういう事か詳しい話を聞こうと思って周囲を見渡し、その試合とやらを見ている人垣の中から頭一つ飛び抜けている男の元へと近付いて行く。

 その大男は当然だがシンである。シンの身長は百八十八センチ。

 この時代の平均身長を遥かに凌駕した大男である。

 ちなみにこの時代の普人種の平均身長は成人男子で百六十センチ程であり、貴族や王族などで大きい者でも百七十センチ程である。

 貴族や王族、富豪などの身長が平均より高いのは、ずばり食事のせいであろう。

 幼少の頃からタンパク質を豊富に取ることが出来るか否かで、大きく変わってしまう。

 近い例だと、貧農の末子であるクラウスは食料事情が悪かったために百六十センチに届かず、猟師の長男で良質なタンパク質を摂取する機会に恵まれたカイルの身長は百七十センチに近い。

 そんな中で百九十センチ近くあるシンは、文字通り頭一つ飛び抜けているのでこう言った時には見つけ易かった。

 

「シン、シン! コレハ一体……」


「おうギギ、帰って来たのか。ああこれは、発祥は違うんだが俺の国で流行った遊びでな……サッカーって言うんだが……」


「喧嘩デハナイノカ?」


「違う違う、ほれ良く見てみろ。あれは足元に転がっている球を、手を使わないで奪い合って相手陣地に蹴り込む遊びさ。時間一杯走り回ることになるから、足腰と心肺機能が遊びながら鍛えられるぞ」


 ギギと族長は言われた通り、空き地で駆け回っている者たちの足元を見る。確かにそこには帝国兵とゴブリンたちの間で蹴り転がされている布を丸めたような球があるのが見えた。

 ギギと族長はその場にへたり込む勢いで肩の力を抜いて、大きな安堵の溜息をついた。

 丁度そこで試合終了のホイッスルが鳴り響く。結果は帝国チームが得点一、ゴブリンチームも得点一の引き分けであった。

 両チームの選手は互いに握手を交わしあい、試合を見ていた者たちは選手たちに盛大な拍手を送る。

 結果は引き分けであったが、両チームの選手とも時間一杯走り回ったせいかその顔に悔いはなかった。

 サッカーを知るシンから見れば、それはサッカーとは言い難いような拙い試合ではある。

 ただ転がる球をゴールキーパー以外の者たち全員が、それ目指して時間一杯取り合うだけという作戦もフォーメーションもないものではあったが、シンは敢えてそのままにした。

 シンがそれらを教えれば、確かに彼らの技術や思考は格段の進歩を遂げるであろうことは間違いない。

 だが、それはある意味での楽しみを奪う事にも成りかねないのだ。

 自分たちで知恵を巡らせ、技量を磨くという楽しみを奪うよりかは、時間が掛かってもこのまま成り行きに任せる方が、結果的には彼らの楽しみに繋がるだろうという判断で、シンは簡素化したルール以外の事には一切口を挟まない事にしたのである。



---

 


「そうか、大酋長殿に御目通りが叶うとは光栄の至りである。それでは、いつここを出立すれば宜しいのか?」


「急ナ事デ申シ訳ナイガ、明後日ニハ出立願イタイノダガ……」


「心得た。族長とギギには散々骨を折って頂き、誠に感謝している。それはそうと、ギギ……ちょっといいか?」


 ギギが首を傾げながら何だと聞くと、シンはギギが大都へ赴いている間に少し実験をしてみたのだと言う。

 その実験とは、言わずもがなこの地に適した新しい液肥の事である。

 取り敢えず見て欲しいと言われ、ギギと族長はシンの後に続く。

 そこはシンたち使節団のお偉方に宛がわれた建物の前で、柵にはゴブリンたちの食料の一つでもある葛が生い茂り巻き付いている。

 その生い茂った葛の前でシンは止まった。そして、自分がやった実験の内容を二人に説明する。

 シンはかなり端折ったつもりではあったが、それでもなお二人には難しかったのか、ギギも族長も今一つ要領を得ない顔振りで葛の葉を見つめている。

 そこでシンは、液肥を施した葛と何もしていない葛の葉を並べて見比べさせてみた。

 液肥を施していない葛の葉は薄黄色く変色し、葉の厚さも心なしか薄く感じる。

 一方で液肥を施した葉は、瑞々しい濃い緑色の葉を逞しく生い茂らせている。

 見れば一目瞭然の差である。この短期間でこれ程までの差が出るとは、さしものシンにも予想だにしない出来事であった。

 これは成長が著しく早い葛という植物と、ここのところ連日で秋晴れが続き日光の照射量に恵まれたという好条件にも恵まれたためであった。


 ギギと族長は二つの葉を何度も見比べ、次いで液肥を施した葛の茂みをつぶさに観察し始めた。

 やがて二人の口から自然と笑い声が溢れ出す。それもそのはず、ゴブリン全部族が直面している喫緊の大問題が、このシンの知恵によって解決するやもしれないのだ。

 

「シン、シン、ドウシテ、ドウシテ!」


「ああ、まぁ手が空いていたからさ、いろいろ見させて貰ったんだ。そしたらここのところ不作が続いているって言うもんだから、原因を突き止められればと思って色々考えた結果、土に問題があるんじゃないかって思ってこの地に合う液肥を作って撒いてみたんだ。でも、時間が無くてこの葛でしかまだ試していないんだ。後で作り方を教えるから、他の植物でも色々試して見てくれ」


 ギギはシンの手を取ってポロポロと涙を零す。例えこの液肥が葛にしか効かないとしても、それでもゴブリンたちの食料事情はかなりの改善を見せるだろう。

 族長も頭を上げ下げして何度も何度も礼を述べる。そしてギギの偉業を褒め称えた。

 鉄という物だけではなく、部族全体を救う智恵を運んできた偉業をである。

 二人は早速農業に従事する者たちを集めて、葛の葉を見比べさせた。

 農夫たちは流石であった。一目でその違いを見破って見せた。そしてそれが、シンが作った液肥によるものだと知ると口々にチャッチャッチャと舌を鳴らして驚いた。

 

「作り方を教えるよ。作り方はごく簡単で、誰にでも出来るがやり方を間違えると植物を枯らしてしまう原因にも成りかねないので、しっかりと覚えてくれ」


 ギギも族長も農夫たちも真剣である。シンの言葉を一言も逃さないよう耳を立て、一挙一動を見逃すまいと食い入るようにその動作を見つめる。

 出来上がった液肥にゴブリンたちは群がって匂いを嗅ぎ、そしてシンに舐めても大丈夫かと聞く。

 多分大丈夫だろうと思いシンが頷くと、ゴブリンたちは皆一斉に指を突っ込んで舐め、その味を忘れまいと舌へ刻みつけていく。この行為だけで、ゴブリンたちの本気の度合が窺い知れるというものである。

 そしてそのまま一晩寝かせ、翌朝また集まって最後に出来上がった液肥を水で薄めていく。

 そこでもまたゴブリンたちは匂いを嗅ぎ、昨日と同じように液肥に指を突っ込んでその指を舐め、水と原液との配合比率を感覚で覚えていく。

 シンは羊皮紙に作り方をまとめ、それを族長へと手渡す。

 族長はその羊皮紙を、まるで宝物を扱うかのように大事に大事にと押し戴き、その懐へと収めた。

 


 

 

 

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何だか十月とは思えない気温です。そのせいで急遽毛布を洗ったりして、思わぬ時間を喰ってしまいました。でも洗ったはいいんだけど、今度は中々乾かなくてイライラです。

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