土の秘密
ゴブリン族きっての戦士であるギギは、頭は良く働く方である。
だがあくまでも戦いを生業とする者たちの中ではの話であり、経済や政治などを得意とはしていない。
であるからギギは、自分が見聞きしたものについて一切の私見を抜いて話し、各族長たちに判断を委ねることにした。
「帝国は鉄は豊富に取れるが銅は殆ど取れないらしく、銅を欲するのは帝国の貨幣の一つである銅貨を鋳造するためだと皇帝は言っていた」
ゴブリンたちも貨幣を使用している。もっとも、この時代だとちょっとした取引などは物々交換で済ましてしまう事も多々ではあるが、それはゴブリンだけでなく帝国やその他の国でも同じようなものであった。
「ふむ……貨幣の鋳造に銅を欲しているというのか……鉄が出るのであれば、柔らかい銅を武器にする必要性は無い。う~む、しかしのぅ……」
戦士系部族の族長は、鉄というだけで一も二もなく乗り気であるが、経済に明るい族長たちの表情は渋い。
「貨幣の鋳造など、貨幣が行き渡ってしまえばそれで終わり。じゃが、こちらはありとあらゆる物に鉄を欲しておる。帝国が銅を欲しておる内は良いが、必要としなくなれば鉄を売ってはくれなくなるのではないか?」
一時的な取引では、ゴブリン族全体に鉄を行き渡らせることが出来ない。どうすれば恒久的に鉄を輸出してもらえるのかという話になる。
「それについてはシンが幾つかの案を出してくれた。まずは先程のように銅そのものを売り、帝国に銅が行き渡った後は、銅製品として売れば良いと……それに加え、帝国は我らのように多種多様な薬草を扱ってはいないので、それらの薬草を売れば良いと言っていたが……」
「なるほどの。それならばと言いたのだが……」
薬草の栽培を生業とするイグナ族の族長の表情に影が宿る。
「実はな……お主はこの地を離れていた故に知らぬであろうが、年々作物の収穫が落ちておる。勿論ただ手をこまねいておるわけではないぞ。新たに開拓を進めて耕作面積を増やしてはおる……だが作物の収穫量の減少の仕方が今まで以上に早くて難儀しているのが現状でな。とてもではないが、帝国に売るような余裕は無いのじゃ」
ゴブリンたちの間から溜息が漏れる。これはどの部族にも発生している喫緊の問題であった。
そのような問題が起こっているとはと、ギギも肩を落として項垂れる。
帝国では広大な農地に豊かに麦が実っていたというのにと、街道を歩きながら見た光景をギギは思い出していた。
帝国と我らとで何が違うのか。見たところ農民たちが使っていた農具などに違いは無い。
あるとすれば鉄製か青銅製の差であり、その程度の差で農作物の生育に影響が出るのだろうか?
「取り敢えずは、帝国との取引をしようではないか。相手が銅を欲している限りは交易は成り立つのだ。その間に少しでも鉄を仕入れつつ、耕作面積を増やし対応するほかあるまい」
各部族長からも賛同の声が上がる。どうにか帝国との間で交易を結ぶことが出来そうだと、ギギはホッと胸を撫で下ろした。
「ギギよ、他に何かあるか?」
「そういえば国と国の取引になるということで、交易の約定を交わすのに国の名前を正式に定めて欲しいと帝国は言っておりました。我らが古き名であるムベーベを国の名として用いるのは如何でしょうか?」
ゴブリンたちは困惑した。これまで外の世界をあまり良く知らずに、自分たちだけで自給自足の生活をしてきたため、国という概念が薄いのである。
だが先方がそう望んでいるのであれば、ムベーベという名も由緒ある名であることからそれを国名とすることに異議は出なかった。
こうしてゴブリンたちの国は、以後ムベーベ国と呼ばれることになる。
「では、帝国より来訪した使節団を大都へと迎え入れて歓待しようではないか。使節団の代表は、アバートラムと戦ったシンであったか……」
「ああ、お待ちください! 使節団の代表は確かにシンではありますが、使節団には一人貴人がおります。ガラント帝国皇帝の実妹のヘンリエッテ皇女殿下が、使節団に随行しておりまして……」
国としての概念が薄く、政治形態が違うゴブリンたちには皇女がどの程度の貴人なのかが今一つわかりかねたが、ギギの話を詳しく聞くうちにゴブリンたちの顔色が見る見る青ざめていく。
「帝国の最高権力者の妹で、もし何か事があればその最高権力者となるやも知れぬ人物ということか……何故それをもっと早く言わなんだ! すぐに大都へと迎え入れなかったことに対し、不満を抱いてしまったのではないか?」
「これは拙いですな、より贅を凝らした宴を催して機嫌を取った方が良いのでは?」
「皇女というのは女子であろう? ならばあれが良いのではないか?」
「直ちに我が部族から取り寄せよう。ギギよ、その皇女とやらの好みはわからんのか?」
共に旅をして共に戦い何度か言葉を交わしはしたが、流石にその嗜好までは把握していない。
取り敢えずは贅を凝らした宴を催し、その後で使節の代表と話をすることとし、大部族会議は一旦お開きとなった。
---
その頃シンは、暇を持て余していた。サッカーが帝国の将兵とゴブリン族の間で爆発的に流行り、一時その対応に追われていたが、簡素なルールも相まって直ぐに両者に浸透してシンの手を煩わせることが無くなったのだった。
手が空いたシンは、ゴブリンたちにお願いしてゴブリンたちが育てている薬草や農作物の畑を見学させて貰っていた。
サッカーによって急速に仲を深めたゴブリンたちは、シンのお願いを快諾しそれぞれの畑の案内をしてくれた。
最初は各種薬草の畑を、次いで様々な農作物の畑を見学する。
麦も僅かながら生産されており、金色に実った穂が風に揺れているが、見た感じ今一つ実りが悪いように思われた。
麦だけではなく、他の農作物も薬草類も素人目で見て、どれもこれも作柄が芳しくない。
畑仕事をしているゴブリンの農夫に、シンはゴブリン語で声を駆けてみる。
「仕事中すまないな、どうだい? 今年は豊作かい?」
異人種であるシンが流暢なゴブリン語を話したことに農夫は驚いたが、直ぐに首を振りながら今年の出来高は去年よりも悪いと教えてくれた。
それだけでなく毎年毎年、農作物の収穫量が落ちているのだと言う。
「土かなぁ……植物の育成に必要な鉄が土壌に足りていないんじゃないかなぁ……じゃあ何で近くにある太古の森は、あんなにも生い茂っているのかということになるが……ちょっと試してみるかなぁ」
ブツブツと大陸公用語で独り言を言いながらシンは畑を後にする。
シンはゴブリンたちにお願いをして、太古の森の土を取って来て貰った。
そして空き地の隅を借りて即席の小さな竈を作ると、森から取って来た土を捏ねて火をくべた竈の中へと放り込んだ。
次にシンは畑の土を少し分けて貰い、同じようにその土を捏ねて竈の中へと放り込んだ。
暫くして火を消し、中から二つの焼いた土を取り出して見る。
またシンが何かわけのわからないことをやり始めたぞと言う事で、好奇心旺盛な者たちがその周りに集まり始めていた。
「やっぱりなぁ……」
焼き上がった二つの土塊を見たシンは、一人納得して頷いた。
「おいシン……土なんか焼いてどうすんだ?」
「シンよ、一人で納得しておらんで儂にも詳しく教えんか!」
特に好奇心旺盛なハーベイとゾルターンが、焼いた土塊を見比べて一人頷いているシンへと詰め寄った。
「これを見てくれ、この僅かだが赤茶色く色が付いているのが森の土。この白っぽいのが畑の土」
「へぇ、本当だ確かに色が少しだけど違うわ。でもそれがどうしたんだ?」
「こっちの森の土に色が付いたのは、中に鉄分が極々微量ながらも含まれているからだと思われる」
「じゃあ、森を掘れば鉄が出て来るってことか?」
「いやそうじゃない。今日ゴブリンたちの畑を見学させて貰ったんだが、どうも作物の出来が悪いように思えてな……それで土に秘密があるんじゃないかと思って、こうやって調べてみたんだ」
ハーベイは元より、ゾルターンにもシンの言っている事はちんぷんかんぷんである。
「シンよ、お主何が言いたいのだ?」
「太古の森は鬱陶しいぐらい生い茂っているのに、その近くでもあるこのゴブリンの畑では何で作物の元気が無いのか疑問に思わないか?」
ブックマークありがとうございます! 感謝です!
更新遅くなりまして申し訳ないです




