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帝国の剣  作者: 0343
317/461

白壁



 無事、ゴブリンの国へと迎え入れられる事となった使節団は、ゴブリンたちの先導の元、森の中に敢然とそびえ立つ白い城壁へと辿り着く。

 日干し煉瓦レンガを積み上げられて作られた城壁は白く、壮大且つその美しさに将兵は思わずため息をついた。

 口には出さずとも、ゴブリンを未開の蛮族であると思っていた者も多い。

 だが眼前にそびえ立つこの白い城壁を見てしまっては、それは完全なる誤りであったと認めざるを得ない。

 

「太古の森という天然の要害を抜けた先に、このような長大な城壁とは……いやはやこれは難攻不落でしょうな……」


 副使の一人であるラングカイト準男爵の言葉に、シンともう一人の副使であるヴァイツゼッカー子爵は頷いた。


「この長大な城壁を見ればわかるが、ゴブリンたちは優れた知恵と技術を有している。彼らは決して未開の蛮族などではない。兵たちにもその事を、よくよく言い含めておくように」


 嘲りや侮りというのは、口に出さなくとも態度に出てしまう。

 交渉が始まる前から相手に悪印象を植え付けてしまうのは、何としても避けたい。

 二人の副使はシンの意を理解し、それぞれの掌握する部下たちの元へと急ぎ戻り命令を下した。

 

 城門を潜って中へと入り、使節団が野営出来るだけの広さがある空地へと通される。

 ここならば城壁により魔物たちの襲撃に怯える事はないだろう。

 シンは使節団に一時休息の命を下し休息の後、速やかに野営の準備をするように言い付ける。

 そうこうしていると、ギギがヤヌグ族の族長を伴って貸し与えられた野営地へとやって来た。


「戦士ギギヨリ話ハ聞イタ。先ズハ、同胞ノ命ヲ救ッテクレタ事ヲ感謝スル」


 そう言ってヤヌグ族の族長は頭を下げた。


「こちらこそギギには色々と手助けをして頂き感謝している。その上、貴国に迎え入れて頂きこのような場所まで提供頂き、誠に感謝の念が絶えない。ついては貴国と我らが帝国との間に、永久とこしえなる友誼が結ばれることを願ってやまない」


「ソレハ大変申シ訳ナイガ、我ガ部族ノ一存デハ決メカネル。現在、使イヲ出シテ貴殿ラノ来訪トソノ目的ヲ各部族ヘト知ラセテイル。遠カラズシテ部族会議ガ行ワレルノデ、ソレマデノ間ハ窮屈デハアロウガ、コノ場ニオ留マリ願イタイ。ソレマデノ貴殿ラノ安全ハ、我ガ部族ノ名誉ニ賭ケテ誓ウ」


「了解した。ではしばらくの間、万事よろしく頼み申す」


 ヤヌグ族の族長は、使節団が持って来た積荷を検めさせて貰いたいと言って来た。

 ゴブリンたちにとってここは言わば最前線、役儀的にもそうせざるを得ないのだろう。

 シンはその申し出を快く了承した。


 一台の馬車に案内し兵たちに命じて幌を払うと、荷台には鉄のインゴットが隙間なく敷き詰められていた。その敷き詰められたインゴットの重さは相当なもので、その重量のせいで馬車の速度は遅く、また量を積めないがために台数も多くなってしまったのである。

 その敷き詰められた鉄を見た族長は、チャッチャッと驚き舌を鳴らした。

 遠目から見ていた他の戦士たちも、鉄の鈍い光に釣られるかのように次々と馬車へと集まって来る。

 これだけの鉄を目にするのは初めてであると族長も戦士たちも驚いていたが、他の馬車にも同じように積んであると聞いて、彼らは一様に舌を鳴らしながら驚愕した。


 族長はギギの腕を引いて急ぎその場を離れると、ギギに帝国の真意を質した。

 ギギは先程も言ったように、帝国では鉄は豊富に取れるが銅が取れないので、鉄と銅の取引を求めているのだと言った。

 それを聞いた族長は唸った。自分の部族だけならば、即答で了承したい案件である。

 日々、森の脅威に晒されているヤヌグ族にとって鉄製の武具は喉から手が出るほどに欲しい。

 だが他の部族はどうだろうか? 例えば薬草の栽培を主としているチコロ族などは、あまり興味を示さないかも知れない。

 これは自分が族長会議で、声を大にして主張する他はないと族長は考えていた。

 それとともにこの使節団を丁重に扱うよう、部族全体にお触れを出したのであった。


 その晩は急な事でもあり簡素ではあるが歓迎の宴が催され、それぞれが互いの食料や酒などを交換しあったりと互いの仲を深め合った。

 翌日、今度はシンから族長にゴブリンたちが騎乗する狼を間近で見せて貰えないだろうかとお願いをした。

 帝国にはこのような大きく立派な狼はいないのだと言うと、族長は笑顔を浮かべて許可してくれた。

 やがて一名の戦士と、その戦士に付き従う狼がシンたちの前に現れた。

 ゴブリンたちにガルムと呼ばれている狼は灰色の体毛に覆われており、その大きさは優に二メートル半は超えていると思われた。

 人を踏み殺せそうな大きく太い脚、そしてその先に着いた鋭い爪。

 そして大きく開いた口から覗く鋭く白い牙。

 眼光はそれだけで人を死に至らしめそうなほど鋭く、大きな耳はピンと力強く立っている。


「おお、近くで見ると物凄い迫力があるな!」


 狼は戦士の言う事には絶対の服従を誓っていると言う。

 狼を付き従わせるには、幼少の頃より共に育って心を通わせるか、実力を示して従えるほかは無いとギギは説明する。

 ギギも今頃は我が家に居る狼も、自分の帰りを首を長くして待っているだろうと眼を細めながら言う。

 シンは目を合わせ無いようにして、狼にゆっくりと近付いて行く。

 戦士はシンを止めようとしたが、ギギは笑いながらそれを見ている。

 スゥっとシンが右手の拳を前へと突き出す。まだ狼とは目を合わせない。

 狼は遠目から鼻を鳴らし、段々と近付いて来てシンの右拳の匂いを嗅ぐ。

 ベロリと生暖かい感触に右拳が包まれる。シンは何度か舐められた後で、ゆっくりと拳を開いてようやく狼と目を合わせた。

 目と目が合った狼に警戒の色が表れる。ううっと低い鳴き声を上げながら後退りを始める。

 シンは別に視線に殺気を込めたりはしていないのだが、狼には目と目が合っただけで互いの実力の差がわかってしまったのだ。

 狼は尻尾を股の下へ丸めながらその場に伏せ、服従の姿勢を見せた。

 これにはこの狼の主人である戦士だけでなく、周囲でその様子を見ていた者たちや族長も驚いた。

 その中でただ一人、ギギだけが笑いながら手を叩いていた。

 シンはそのまま狼に触れ、頭や首筋を撫でまわした。狼も緊張が解けたのか、立ち上がってシンの顔を大きな舌で舐めまわす。


「うわっぷ……可愛いなこいつ。強いし、人懐っこいし頭も良さそうだ」


 それを聞いたギギは、大人の狼は決して人懐っこくは無いのだがと苦笑する。そんなギギはさておいて、そのままシンと狼はじゃれ合い続ける。その様子を見ていた族長がギギへとシンが一体何者なのかと問い質す。

 

「戦士ギギ、アノ者ハ何者ダ? 初メテ見タガルムヲ従ワセルトハ、普通デハ考エラレヌ」


 そこでギギは昨日の巨竜マラクとシンが戦った事を話す。

 だが誰もその話を信じようとはしない。仕方がないので、話を信じようとしない者たちに昨日シンが斬り落としたマラクの角を見せた。

 ゴブリンたちの間に戦慄が奔った。彼らがアバートラムと呼び恐れ、絶対に勝てないので手を出すことが禁じられている存在と戦って見事生き延び、尚且つその角を斬り落とす者がいるとは……

 マラクの角を見た族長の手も、わなわなと大きく震えている。


「戦士ギギ、角ヲ折ラレタアバートラムガ、怒ッテ襲ッテ来ルノデハナイカ?」


 ギギはおそらく大丈夫だろうと答えた。もし角を折られてマラクが怒っているのならば、シンは見逃されずに殺されているだろうと。

 シンはマラクには負けたと言っていた。それでも殺されなかったのは、そういうことなのだろう。

 この時よりゴブリンたちのシンを見る目が変わったのは、無理もない事だろう。

 瞬時に狼を手懐けたのも納得がいくというものである。

 強い戦士に敬意を払う傾向があるゴブリンたちは、この時よりシンに対して最大の敬意を払うようになった。

ブックマークありがとうございます! 感謝です!


十月の頭とは思えない気温ですね……

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