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帝国の剣  作者: 0343
316/461

到着



「立てるか?」


 シンは力なく無理だと首を振った。


「よし、俺に捕まれ」


 そう言ってハーベイがシンを背負った。

 

「こいつはどうする?」


 ハンクが指差すのは、シンが斬り落としたマラクの角。

 さすがにこれだけの物を放り捨てるのは惜しいと、後で人を送って回収させることにした。


「へへっ、またハーベイの世話になっちまったな……」


「ああ、帝都に戻ったら一杯奢れよ」


 ハンクを先頭にしてゾルターンが後ろを守りつつ、この荒れ果てた戦いの場を去る。

 未だ森には生き物の気配は無い。逃げ散った生き物たちが戻って来るには、もう少し時間が掛かるものと思われたが、油断は禁物である。三人は警戒をしつつ本隊との合流を急いだ。


 シンを背負った一行が抜け道へと戻ると、そこには行く前と変わらず使節団が警戒態勢を敷きながらその場で待機をしていた。

 この頃には気を失っていたレオナたちも目を覚ましており、ハーベイに背負われたシンの姿を見ると涙を浮かべながら傍へと駆けつけて来る。


「……心配掛けたな……だが、何とか生き残ることが出来たよ……」


 事情は聞かされて承知しているのだが、どうして自分を起こして連れて行かなかったのか、一人で死にに行くなど言語道断であると、レオナはシンに対し泣きながらヒステリックに非難し続けた。

 マーヤも同じ思いであり、涙を両目に溜めたままシンをキッと睨み付けている。

 そんな二人を押しのけてエリーがシンの怪我の具合を見る。

 火傷に骨折、筋組織の断裂に無数の擦過傷。昨日に続き、またしても重傷である。

 馬車へと運び、その中に寝かせて治療を施すことになった。

 シンに対して怒っているのは、レオナとマーヤだけではない。シンにあて身を食らわされたカイルと、何も言わずに置いて行かれた龍馬のサクラも、その仕打ちに激しい怒りを感じていたが、死にかけのシンを見てしまっては怒りをぶつけることは出来なかった。

 シンの治療の間に、ハンクとハーベイはギギと数名の兵を引き連れてマラクの角を回収してきた。

 この見事なマラクの角は、シンが太古の森の主と戦った証しである。

 回収された角を見た将兵は、シンの勇気と強さを挙って褒め称えた。


「まったくもう……昨日に続いてまたこんなに怪我をして……」


 珠のような汗を幾つも額に浮かべながら、エリーは治癒魔法を掛けていく。

 骨折は直ぐに治され、断裂した筋組織も急速に回復していく。特に酷いのは右手であり指の骨はバラバラ、重度の火傷に筋組織の断裂と並みの治癒士や薬師では匙を投げてもおかしくも無い程の重傷である。


「何をしたらこんな怪我をするの?」


 治療をしながらエリーは聞いたが、シンの答えを聞いたエリーは聞かなければ良かったと後悔した。

 火傷は至近距離で炎弾を爆発させた時に負ったもので、筋組織の断裂は無茶なブーストの魔法によるもの。指の骨折は、マラクの左足と角を斬った時の衝撃によるものであった。

 使節団に随行している他の治癒士の手当もあり、シンは小一時間ほどで身体を動かせるようにはなっていた。

 だが、極度の疲労とマナの枯渇によりシンは直ぐに大鼾をかいて眠りについてしまった。


「よし、遅れた分を取り戻すために先を急ぐとしようぞ。ギギ、先導を頼む。マーヤとカイルもギギと共に先頭へ、儂をはじめ他の皆は馬車を守りつつ進むこととする」


 パーティの指揮権をシンより引き継いだゾルターンの指示で、それぞれが配置に付き行軍を再開する。

 シンの生還を喜ぶのは、この厄介な太古の森を抜けてからである。

 だが先頭を行くギギの表情は、これまでになく明るいものであった。

 あの巨大な古竜と戦って生き延びた者など、未だかつて見た事も聞いた事も無い。それを自分と血の盟約を交わしたシンが目の前で成し遂げたのだ。興奮するなと言うのが無理である。

 シンは負けたと言っていたが、ギギはそれでもシンを誇らしく思っていた。

 負けたと言ってもただ無残に負けたのではない。あの巨竜の角を斬り落とすという偉業を為したのだ。

 部族の者たちがあれを見たら、きっと腰を抜かして驚くに違いないとギギはククッと含み笑いをした。



---



 マラクが現れたせいか森は鳥の鳴き声も無くひっそりと静まり返り、相も変わらず生物の気配が薄い。

 恐れていた蜘蛛人の襲撃も無く、遂に使節団はゴブリンたちが治める領域へと足を踏み入れる事に成功した。

 その使節団を、武装したゴブリンの一団が待ち構えていた。

 ゴブリンたちは、弓に矢を番え何時でも放てるように狙いを定め、巨大な狼の背に跨っている者は片手に手斧や短槍を持ち構えている。

 ギギは全体に停止の合図を出すと、一人前へ出てゴブリン語で名乗りを上げて帰参したことを伝えた。

 ゴブリンたちの間からチャッチャッチャとの音が漏れる。これはゴブリンたちが驚いた時にやる癖のようなものであり、ギギも驚くと同じようにチャッチャッと舌を鳴らしていた。

 一団の中から数名が飛び出してきて、ギギの元へ駆けよりその身元を調べる。

 間違いなくギギ本人であるとわかると、またゴブリンたちはチャッチャッと舌を鳴らした。


 ギギは後ろにいる使節団が敵ではなく、我らゴブリン族との友好を結びに来た使者であると伝える。

 これにゴブリンたちは又しても驚いたが使節団がこの森を抜けるためとはいえ武装している以上、はいそうですかと軽々しく通すわけにはいかない。

 この森へ抜け道を守っているのはヤヌグ族という小部族である。ヤヌグ族自体は、小部族ではあるが戦士たちはゴブリン族きっての勇猛さを誇っている。

 そのために重要なこの地を任されており、その事を何よりも誇りに思っていた。

 そのヤヌグ族の戦士長が、急ぎこの事を族長に知らせるようにと使いを出す。

 一団から巨大な狼に乗った騎兵もとい狼兵が一騎、村へと駈け出して行く。

 その間にも戦士長とギギは話を続け、どうやら敵では無いと納得すると戦士長は片手を上げて、弓兵を下がらせ警戒を解いた。

 巨大な狼に乗った狼兵たちが、使節団に近付いて様子を覗ってくる。

 その狼兵の姿に馬は勿論の事、兵たちも怯えを隠せずにいた。帝国に住む一般的な狼である草原狼に比べ、ゴブリンたちが乗っている狼はあまりにも巨大であった。

 大きく裂けた口とそこに生える鋭い牙は、一噛みで容易く兵を屠ることは疑いない。

 また足から覗く鋭利な爪は、生半可な鎧などでは防ぎようもないだろう。

 だが驚いているのは使節団の将兵だけではない。ゴブリンたちも皆、使節団の姿に驚き怯えていたのだ。

 この森には普人種は居ない。初めて見るゴブリン以外の人間、その大きさと何よりその手にしている武器に驚きと恐怖を禁じ得ない。

 使節団の将兵が手にしているのは自分たちの持つ青銅製の武器とは違い、この地では貴重である鉄製の武器である。

 それも、将はおろか末端の兵まで全てが鉄製の武具を身に纏っているのである。

 これには勇猛果敢で知られるヤヌグ族の戦士たちも、額に汗を掻かずにはいられない。

 そのまま敵意を示すわけでも無く、かと言って友好的な雰囲気でも無い微妙な状態のまま、小一時間ほどが経過した。


 双方が抱いていた緊張と不安は杞憂に終わった。

 使いの知らせを受けたヤヌグ族の族長が、使節団を客人として迎え入れる事を決めたのだ。

 こうしてシンたちは帝国で、いや中央大陸諸国の中で初めてゴブリン族の国へと足を踏み入れた人間となったのであった。

 

 

 

 

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