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帝国の剣  作者: 0343
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敗北



 空は雲一つないすっきりとした快晴。その清々しい秋晴れの下、一人の男と一頭の竜が死闘を繰り広げている。

 浅傷あさでとはいえ、自身の身体に傷を付けたシンを巨竜マラクは強者と認めた。

 もう攻め手に驕りや油断の影はない。

 噛みつき、引っ掻き、圧し掛かり、尻尾を振るう。そのどれもが必殺の一撃であり、それらを躱すシンの精神力をガリガリと削り取って行く。

 今のところは悠々と躱しているように見えるが、内情はその逆でありシンは厳しすぎる現状に焦りに焦りまくっていた。


 このままでは何れマナが尽きる。尽きれば死は免れない。どこかで攻勢に出なければ……だが、生半可な攻撃が効かないのは証明済み……魔法剣……それもフルパワーの一撃、それに賭けるしかないが……こう攻撃が激しくては、剣にマナを集める事すら出来ない……


 自分のマナが尽きるのが先か、それともマラクのスタミナが尽きるのが先か……おそらくは自分のマナが尽きる方が早いだろう。

 一方のマラクも、ちょこまかと自分とつかず離れずして身を躱し続けるシンに手を焼いていた。

 浅傷も数をこさえれば、傷口から流れる血によって失血死もありうるのだ。

 戦いを悪戯に長引かせるのは危険であると考えたマラクは、肉を切らせて骨を断ち勝負を決する覚悟を決めた。

 それは自身をも巻き込んだ超至近のドラゴンブレス攻撃。

 足元に撃ち込んで、自分ごと纏わりつくシンを爆発に巻き込んで倒すというものであった。

 頑健な竜の鱗に包まれているとはいえ、そのような真似をすればマラク自身も少なからぬダメージを負うだろう。

 だがこのままだらだらと戦いを長引かせ、浅傷をいくつもこしらえたり、集中力が欠けた所を攻めたてられたりするよりはマシであるとマラクは考えた。

 口から炎が見えぬようにピタリと閉じ、鼻で大きく息を吸う。

 喉のふくらみを相手に気付かれぬように徐々に徐々にと膨らませていく。

 その間にも引っ掻きや圧し掛かりの攻撃の手を緩めることは無い。

 だがその慎重すぎる行動は、かえってシンの疑念を抱くことになる。

 相変わらず厳しい攻めが続くが、その攻撃に口や頭部を使ったものや、距離を空けての尻尾の攻撃がなくなった事にシンは気付いた。

 攻撃を躱すためにある程度の先読みは必須である。それが功を奏したのだろう。

 シンはマラクの攻撃方法の変更に、作為的な不自然さを感じた。躱しながら注意深くマラクを観察する。

 

 喉が膨らんでいる? まさか……まさか……この距離ならマラク自身も爆発に巻き込まれるぞ! 承知のうえでの攻撃か? どう躱せばいい? 距離を空けるか? いや、駄目だ! 距離を空けブレス攻撃を躱しても、もう一度至距離に潜り込めるとは限らない……


 いつブレスが放たれるのかと、シンはもう気が気では無い。

 ブレス攻撃をどう躱すか? シンの目に偶然にもマラクの爪によって深く抉られた地面が映る。

 シンは賭けに出た。この賭けが敗れれば、それは即ち死。

 大剣を利きが鈍くなった右手に預け、左手にマナを集中させ地面に超高熱の炎弾を放つ。

 大量の土砂が巻き上げられ、マラクの視界を土埃が遮る。

 突然の目くらまし。自分の考えを見破られたかと焦るマラクは、準備不足ではあったが自分の足元にドラゴンブレスを放った。

 シンの魔法による轟音、それに次ぐドラゴンブレスによる爆音。

 マラクの左手の近くに着弾したドラゴンブレスの火炎弾によって、土煙は十数メートルの高さにまで上がり、空から土や砂利がバラバラと大地に降り注ぐ。

 自身を取り巻く土煙を、マラクは尻尾を大きく数度振って払う。

 左手の感覚が無い。付いてはいるが、爆発の衝撃によって完全に痺れてしまっている。

 準備不十分だったがためにこの程度で済んだのだ。だがこれではしばらくの間、この場を動くことは出来ないだろう。

 シンは? あの小さき強者はどこへ行ったのか? ブレスが直撃し燃え尽きたか? それとも爆発により吹き飛ばされたか? どちらにせよあの攻撃を受けて無傷ということはあるまい。

 土煙が晴れ、遠くまで見渡せるようになるとマラクは大地に斜めに突き刺さる一本の剣を見つけ勝利を確信した。

 それはシンが先程まで振るい、自身の左足を傷つけた大剣であった。


 そうだ、そのまま勝ち誇り油断しろ……もう少し、もう少しで剣にマナが溜まる。こいつが溜まった時が貴様の最後だ……この一撃に俺の全てを賭ける!


 シンは生きていた……それもマラクのごく近くで。

 どうやってドラゴンブレスを逃れたのか? それはシンが放った超高熱の炎弾に秘密があった。

 マラクはただの目くらましだと思っていたようだが、シンが放った超高熱の炎弾は地面に深い穴を穿った。

 そうそれは言うならば、即席の蛸壺である。シンは出来た手ほやほやののその穴に即座に飛び込み、身をかがめ蹲りながら腰の天国丸に魔法剣のマナを注ぎ込んだ。

 そしてドラゴンブレスの火炎弾による爆発に備える。穴の中まで飛び込んで来る熱波と衝撃、シンが常に着込み愛用していたバルチャーベアの黒い外套はたちまち黒こげになる。が、その下に着込んでいた黒竜兜と黒竜の幻影がシンを救った。

 肺を焼かれるのを防ぐために息を止め、瞼を閉じて顔を伏せる。どれ程の時間が経ったのだろうか? 一分か? それとも一秒か? シンは息が続く限りそのままの状態で耐えながら、腰の天国丸に手を添えて魔法剣のマナを注ぎ続ける。

 

 爆発が収まるとシンは恐る恐る目を開けた。耳は激しい爆発音により馬鹿になっており、しばらくは使い物にならないだろう。

 シンは穴の縁から顔を少しだけ出して外の様子を覗った。

 直ぐに自分がマラクの至近にいることがわかる。心臓が飛び出る程に驚きつつも、シンはこの好機を大して信じてもいない神に感謝した。

 そのままマラクの様子を見続ける。何故かわからないが、マラクがその場を動く様子はない。

 残っている殆ど全てのマナを天国丸へと注ぎ込んだシンは、穴から飛び出しマラクの首目掛けて気合いとともに跳躍した。

 その跳躍に使ったブーストの魔法で、シンのマナは文字通り空になる。これが正真正銘最後の一撃になるだろう。

 マラクは驚愕した。倒したと思っていたシンが、突如足元から現れたのだ。

 雄叫びとともに跳躍したシンの持つ刀の切っ先は、間違いなく自分の首を狙っている。

 左手の痺れはまだ続いていて動かない。この状態で出来る事と言えば、頭を振り首を逸らせること位でしかない。

 キーンと言うこれまでに聞いたことがないような澄んだ音が、太古の森に鳴り響く。

 それはシン一刀とマラクの角がぶつかり合ったことによる音であった。


「しまった! ……無念……」


 シンは自分の最後の攻撃が空振りに終わった事を悟った。

 自身の全てを捧げた一撃は、マラクの雄々しい巨大な角によって遮られてしまったのだ。

 遥かなる昔よりこの太古の森を支配する古竜の角は、シンのマナを込めた天国丸の一撃を見事に防いで見せたのであった。

 だが防ぎマラクの命は救ったものの、竜の角はその一撃に耐える事は出来なかった。

 傷一つ無いマラク自慢の角は、中ほどより綺麗にぽっきりと折れてしまった。

 シンはそのまま地面へと落ちた。すぐさま立ち上がろうと四肢に力を込めるも、身体が言う事を聞かない。

 万策は尽きた。シンは敗北を認め大の字に寝転がった。見上げた空は青く何処までも澄んでいた。


 


 

 

 

 

ブックマークありがとうございます!


負けです。昨今の風潮にはそぐわないかもしれませんが……

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