誓約の証し
この巨竜が言う戒めとは一体何か? 何にせよ会話が出来ると言うのはありがたい。今は少しでも会話で時間を稼いで打開策を講じなくてはならない。
「お前の問いに俺は答えた! 今度は俺の質問に答えよ……お前を縛る戒めとは一体何なのか? なぜお前と俺が戦わねばならぬのか?」
シンは落とした刀を拾い上げると、刀を静かに鞘へと納めた。
これはシンなりに敵意の無い事の証明のつもりであった。
巨竜はそのシンの動作などまるで意に介してはいない。当たり前である。咆哮だけで、パーティを壊滅状態に陥らせるほどの強大な力を持っているこの巨竜が、幾ら人外の領域に足を一歩踏み出しているとはいえ、たかが一人の人間に怖れを抱くはずも無い。
「これは異なことを申す。我は創造主によりプレイヤーと戦う事が定められておる。より正確にいえば、この身に刻まれた誓約の証しにより、戦いを避ける事が出来ぬ」
「誓約の証し? 何だそれは?」
巨竜はシンに懐疑的な視線を投げかける。本当にこの者はプレイヤーなのであろうか? しかし、この身に刻まれた誓約の証しは、この者をプレイヤーと判定し創造主の意に従うよう、この身に働きかけて来る。
「誓約の証しは、創造主によってこの世に生み出された時に授かりし物。それは我らだけにあらず、プレイヤーにも刻まれているはずだが?」
この世に生み出された時に刻まれるだと? 一体それは…………まてよ…………そうか!
シンはハッとして昨日からずっと痛みを感じている首筋を指で撫でた。
奴の言う制約の証しとは、もしかすると生体チップ……体内に埋め込まれたマイクロチップの類か!
そうならば合点がいく。今まで考えてみれば、この首筋が痛む時には決まって強敵に遭遇して来た。
それは決して自然に起こっていた事ではなく、管理AIによって人為的に引き起こされていたとしたら……クソ! やっぱり疑似人格を与えられようが何しようが、機械は機械って事か。所詮は何やかんや言っても、自分に与えられた任務を果たしていたに過ぎなかったんだ。詰まりはこの地獄のようなテーマパークを管理運営することだけが目的なのだろう。
だとすると、この竜も管理AIに操られているだけかもしれない。だが、戦って戒めを解き放てとは一体どういうことなんだ?
「なるほど、俺は確かにプレイヤーだが、少しイレギュラーな存在でね……お前が言う創造主に、この世界のルールも碌に教えられず放り出されたんだ。出来れば、そこら辺を詳しく教えて貰いたいね……何せ、この手の会話が出来る者は限られているんで、この機会を逃したくはないんだ」
自らをプレイヤーだと認めたシンを見た巨竜は、表情こそ変わらぬものの確かにその顔に喜色を湛えた。
「よかろう、我と戦うというのならば数々の質問に答えるのもやぶさかではない」
取り敢えず時間は稼げそうだとシンが思ったその時、後ろから複数の人間の足音と自分を呼ぶ声が聞こえて来た。
「「 師匠! 」」
カイルとクラウス、他にも数十名ほどの足音。カイルが居ると言う事はエリーも当然居るのだろう。
「シン殿! 加勢致す!」
ヨハンの声と複数の人間が剣を鞘から抜く音が聞こえたシンは、慌てて振り返って大声で怒鳴る。
「無用! 俺は今、この竜と話をしている最中である。何人たりとも手を出す事ならず、剣を収めて下がれ!」
有無を言わさぬ怒声に、カイルとクラウスは思わず首を竦めた。
他の者たちも、立ち止まって怪訝な表情を浮かべている。シンは下がれと、身振りで示すと再び巨竜に向き合い、会話の中断を詫びた。
「すまなかったな。では、質問させてもらうぞ。先程、戒めを解くとか何とか言っていたが、それは一体どういう意味なんだ?」
再びシンの耳に強めの耳鳴りが生じる。つい眉を顰めてしまったが、それによって相手は機嫌を損ねていないだろうかと、シンは気が気では無い。
「我は創造主により生み出され、この森に配された。いつかここを訪れるであろうプレイヤーと戦うためにだ。創造主は言った。プレイヤーと戦い、もし勝つことが出来たならば以降この森を出て自由にしても良いと……つまりは貴様と戦い勝てば、我の身は自由を得られるのだ」
酷い事をするとシンは思った。この巨竜は齢幾つになるのだろうか? 偶々自分が現れたから良いものの、そうでなければこの巨竜は一生この地に縛りつけられたままだったであろう。
シンはこの生を弄ばれた巨竜に深く同情するとともに、この世界を作った者たちの傲慢さに憤慨した。
「戦わずに解放される方法は無いのか?」
「無い。戦いを拒否しても、誓約の証しがある限り我が身は意志とは関係なく、プレイヤーと戦うであろう」
詰まりは創造主の命令を拒否すれば、自我を乗っ取られてしまうということだろうか?
だとすれば最悪だ……幾ら思案しても、流れからいってこの戦いを回避する術がない。逃げようとしても、ブレスを吐かれたらこの一本道では一網打尽か。まいったなこりゃ、一か八か玉砕覚悟で戦う他は無さそうだな……だが……
「さぁどうした? 他のプレイヤーを呼ぶが良い。我は待とう。今まで待った年月に比べれば、然したる事もあるまい……」
竜は思った。勝てば自由、負ければ死……だが例え負けて死したとしても、それは魂の解放を意味する。言いかえれば、究極の自由を手にすることが出来るのだ。もうこの地に縛りつけられて、何千年も退屈な日々を過ごさなくても良いのならば、自身の勝敗や生死に拘りはない。
「悪いな……今まで黙っていたが、この世にプレイヤーは多分俺一人なんだ。幾ら待っても他のプレイヤーなんて現れはしないのさ」
なぜ自分はこんなことを言ってしまったのだろうと、シンは困惑した表情で笑った。これはある意味、死刑執行の書類に自分でサインしたに等しい行為である。
この巨竜に同情したからか? それもあるだろう。逃げる事が不可能に近いから諦めたのか? わからないが、これでこの巨竜は絶対に自分を逃がしはしないだろう。
「なぁ、戦うにしても場所を変えないか? 後ろに居る者たちはプレイヤーでは無い。巻き込みたくないんだ。頼む」
そう言ってシンは巨竜に頭を下げる。
巨竜としてはプレイヤーと戦えるのであればその他の事など、どうでもよい事である。
「良かろう」
「後、少し時間をくれ。心配するな、俺はもう逃げも隠れもしねぇ……別れを済ませるだけだ……」
巨竜は何も言わずに頷いた。シンは謝辞を述べると、皆の方に振り返った。
「シン、シン! どういうことだ、説明しろ! さっきお前があの竜に話していた事、俺たちにはさっぱりわからねぇぞ!」
ハンクが詰め寄って来るのをシンは手で制した。
ハーフエルフのレオナ、生粋のエルフであるロラとゾルターン、そして獣人族のマーヤは、その耳の良さからか最初の巨竜の咆哮を受けて気を失ってしまい、未だ目を覚ましてはいなかった。
エリーが、レオナに駆け寄り気付け薬を飲ませようとするのをシンは止め、そのまま寝かせておくように指示を出した。
「そのまま、後ろに運んで寝かせてやれ。カイル、クラウス、ハンク、ハーベイ、エリー、ギギ、ヨハン……今この巨竜と話をして、お前たちに手を出さない事を条件に、一対一の決闘をする事になった」
その言葉を聞いた皆は絶句する。数十メートルはあろう巨竜と一人で戦って勝てるはずが無い。
それが例え並外れた力を有しているシンであってもだ。
「ば、馬鹿を言っちゃいけねぇぜ、シン……お前、まさか本気じゃねぇだろうな……こんなのに勝てるわけねぇだろ! 何時ぞやの地竜とはわけが違うんだぞ!」
ハーベイが駆け寄りシンの胸倉を掴み、唾を飛ばしながら怒鳴りつける。
「わかっているが、仕方が無い。逃げようにも、もう逃げられない。このままじゃ全滅は免れない、だからだ! 心配するなよ、俺は竜殺しだぜ……今までだって何度も危ない橋を渡り切って来たんだ、今回だって何とかして見せるさ!」
「だから、あの竜は今までのとは比べものにならねぇだろうが! 万が一にも勝てるわけがねぇ! それでも、それでもお前は戦るっていうのかよ……シン……」
胸倉を掴んでいたハーベイの手から段々と力が抜けて行く。今まで数多の人の生死を目にして来たハーベイは、シンの瞳に死を覚悟した者が発する覚悟の光を見てしまったのだ。
シンはそっとその力を失った手を振りほどくと、何処までも着いて行くという決意の眼差しを向けている、自慢の愛弟子たちの元へ向かった。
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