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帝国の剣  作者: 0343
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ゴブリン国



 シンたちが目指しているゴブリンの国は、帝都より遥か西方にある、神々の屋根と呼ばれる巨大な山脈の麓にあるという。

 その神々の屋根の麓に辿り着く前に、その裾野に広がる原生林を突破せねばならない。

 幸いにも、その原生林を抜ける道をゴブリンたちは知っていて、その道幅も辛うじて馬車一台分はあるという。

 今まで何故、ゴブリンの国と帝国が互いの存在を知らなかったのか? それには双方ともに理由があった。

 まずゴブリンの国だが、彼らはつい最近までと言っても数十年前までだが、完全自給自足の生活をしてきた。

 だが、ここに来てゴブリンたちに問題が生じ始める。原生林を始め、周りを切り開こうにも厳しい環境のためにゴブリン族の数があまり増えないために、それが難しい状況にあった。

 したがって、ゴブリンたちは現在住んでいる場所に、引き籠るしかなかったのだ。

 次に帝国であるが、広大で数々の得体の知れない魔物が住む原生林を切り開くよりは、他国を侵略する方が遥かに容易いために、今までの歴代皇帝たちは神々の屋根の麓には、見向きもしなかったのであった。

 実際には、原生林を切り開こうと計画した皇帝も居たのだが、整地費用と魔物退治と防衛に掛かる費用を割り出すと、他国と戦争した方が遥かに安上がりであったがために、その計画を断念せざるを得ないのであった。

 そう言った理由で、両国とも国交も戦火を交える事無く、現在に至っていた。


 自領に籠っていたゴブリン族、その中でも有力部族の一つであるアガデス族の戦士であるギギと、他の有力部族の代表の戦士たちが、何故ゴブリンの国を出て来たのか?

 それは現在、色々と行き詰っている諸部族に、それらを解決する新たな知識や技術や物品、また部族ごと移民出来る土地の発見などの任を託され、送り出されたのであった。

 彼らは、原生林を抜けそのまま東へ……帝国へは向かわずに、神々の屋根の山裾をなぞる様にして南下したために、ラ・ロシュエル王国へと辿り着き、彼の国と交渉を求める間もなく捕えられ、そしてギギ以外は全て殺されてしまったのであった。

 もしギギたちが、原生林を抜けてそのまま東へ向かい、帝国へ来たらどうだったであろうか?

 おそらくはラ・ロシュエル王国と同じく、捕えられるか殺されてしまったに違いない。

 そう言った意味では、ラ・ロシュエル王国に捕えられ、奴隷とされてル・ケルワの街でシンと出会ったことは、ギギにとって僥倖ぎょうこうだったのかも知れない。


「ギギ、念のためにもう一度教えてくれ。ギギの部族であるアガデス族の他に有力部族は四つあるんだよな?、その他には幾つの部族があるんだ?」


 シンはギギと旅の間に、お互いの身の上や様々な事を話し合って互いに知識を高め合っていた。

 これはギギにとっても願ってもない事なので、喜んで話せる限りの情報をシンに伝える事にした。


「先ズ、チカラノアル部族ハ我レラ、優レタ戦士ヲ輩出スル、アガデス族。次ニ祈祷師ヤ薬師ヲ育ム、バミ族。ソシテ職人タチノ、ムガン族。狩猟ノ得意ナ、ドンゴ族。最後ニ薬草ヤ作物ノ栽培ヲ得意トスル、イグナ族。コレラ五部族ノ他ニ、小サイ部族ガ二百アマリアル」


 この情報だけでは、ゴブリンたちの総人数はわからないが、少なくとも数万は下らないとシンは見ている。

 更に詳し話を聞くと、ギギたちゴブリン族は遥かな昔、神々の屋根の向こう側から来たのだという。

 山脈の向こう側には様々な種族が居たと言われているが、ギギはその真偽のほどまでは、わからないと言う。

 シンは話を変えて、ゴブリンたちの政治形態を聞いて見た。

 すると、有力部族の族長が三年周期で大酋長となり、全体のまとめ役をするのだという。


「有力部族からしか大酋長になれなくて、他の小さな部族からは文句は出ないのか?」


 ギギは、シンの問いにクックと喉を鳴らして笑いながら、その質問に答えた。


「シン、山裾デ生キルニハ皆デ協力シナケレバナラナイ。ソウシナケレバ滅ンデシマウ。ソレニ大酋長ハ、小サナ部族ノ事ニマデ気ヲ配レル器量豊ナ者ニシカナレナイ決マリガアル」


 年に数度、各族長が集まって意見や政策を述べ、それを大酋長が精査して纏める合議制で政を行っていると言う。

 刑法などはどうなっているのかと聞くと、盗みや殺人は追放、喧嘩やその他の争いごとは、関係の無い部族の族長や祈祷師などを複数人呼んで、取り調べて決を下すと言う。


「凄いな、ギギ。刑法に関しては帝国よりもギギたちの方が、機能してそうだ」


 帝国では一応の刑法はあるのだが、権力が領主に集中しているために、はっきり言ってしまえば領主の胸ひとつで決まってしまう事が多く、まともに機能しているとは言い難い。


「ギギ、子供ノ頃ニ喧嘩シタトキ、シャン族ノ族長ニ、拳骨ヲ三ツ貰ッタ」


 あの時はとても痛かったと頭を摩るギギを見て、シンはクスリと笑った。

 ギギを見ていると、穏やかで誠実であり、諧謔にも富んでいる。これは帝国の人間たちよりも、よっぽど付き合いやすいのではないかとシンは考えていた。


「しかし国の名前が無いってのはちょっと困るなぁ……」


「アル……名前アル……ソノ名前ハ、ムベーベ。ダケド、ソレ昔々山ノ向コウニ居タトキノ名前」


 国としてゴブリン族を呼ぶ時に、その名前で呼んでもいいかと聞くと、ギギは大酋長に聞いてみないとわからないが、多分大丈夫だろうと言う。

 今までそう名乗って来なかったのは、周りにゴブリン族以外の人間が居なかったので、彼らの間では単にそう呼ぶ必要性が無かっただけだった。


「ソウナルト、次カラハ、ムベーベ国アガデズ族ノ戦士ギギ、ト名乗ラナクテハナラナイナ」


「そうだな。でも、先ずは大酋長の許可を得てからの事だな」


 ギギは腰に下げた革袋から、油で素揚げした蠍を一つ取り出すと、シンへと渡す。

 受け取ったシンは、礼を言ってそれをそのまま頬張り、ガリゴリと音を立てて噛み砕く。

 ギギも同じようにそのまま口の中に放り込み、シンと同じように音を立てて噛み砕いた。

 シンがこの世界に来て、まず驚いたのは食事である。硬い黒パンを始め、得体の知れない野菜や果物たち、肉とて何の肉なのか見当も付かないありさまであった。

 そして、市場で当たり前のように今食べている岩蠍や、大蜘蛛、蜂やその幼虫、蜜蟻などが売られており、宿でもそれらが朝飯晩飯にと頻繁に顔を見せる。

 最初は凄まじい抵抗感があったが、食べないという選択肢は無い。

 いつの時代、何処の世界でもタンパク質は貴重であり、特に戦士としての体を維持する上で、その貴重な摂取機会を逃す訳にはいかないのであった。

 意を決して食べてみれば、見てくれは兎も角として味わいは多種多様で、下手な料理よりも美味しい物も多かった。

 今ではすっかり慣れてしまい、この岩蠍などはシンも好んで食べるようになっていた。


「岩蠍は固いけど美味しいな。まぁ蠍なんて乱暴な言い方をすれば、蟹や蝦の親戚みたいなもんだしな……」


「シンハ蟹好キカ? 山裾ニモ蟹イルゾ。焼クト身ガ甘クナッテ美味イ、今度一緒ニ取リニ行コウ」


「おっ、いいねぇ。蟹は帝国来てから殆ど食べてないから楽しみだ」


 蟹を焼いてそれをツマミに、ゴブリン族に伝わる果実を発酵させて作る酒を飲むのがゴブリン族の大人の嗜みなのだとギギは言う。

 聞いているだけで口中に唾が溢れ、それを音を立てて飲み下す様を、ギギは笑うと革袋から岩蠍の素揚げをもう一つ取出してシンへと渡したのであった。

昆虫食……最近では食料危機の救世主となるのではないかと、メディアで取り上げられることも多くなりましたが、皆さんは食べたことがありますでしょうか?

私はイナゴの佃煮と、クロスズメバチの成虫の丸揚げしか食べたことがありませんが、両方とも結構美味しかった記憶があります。

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