我儘から始まる大冒険
翌日の朝一番に皇帝の使いによって宮殿に呼び出されたシンは、案内も着けずにいつもの応接室へと向かった。
応接室に入ると顎に手を添え、何事かぶつくさと呟きながらうろうろと歩き回る皇帝の姿があった。
シンが入室したことに気付かぬほどに、何事かを考えては首を振り、頭を掻きむしっている。
「おい、エル!」
これは只ならぬ大事かもしれぬと、シンは慌てて近付き皇帝の肩を掴んで激しく揺さぶった。
そうされることでやっと、現実の世界へと意識を戻された皇帝は、シンの顔を見て縋るような声を上げる。
「シン、シン、余はどうすればよい? ヘンリが、ヘンリが……」
「とりあえず落ち着け! 何の事だかさっぱりわからん。ほら、お茶でも飲んで」
テーブルの上に用意されたティーカップに、荒々しい動作で不作法にもガチャガチャと音を立てながらティーポットからお茶を注いで皇帝に押し付ける。
望まぬお茶を押し付けられた皇帝は、それを見るや一息で飲み、これまた荒々しい動作でカップをテーブルに置く。
「シン……ヘンリがエックハルトに嫁ぐのは良いが、その前に自分の我儘を一つ聞いて欲しいと言ってな……」
「聞いてやればいいじゃないか、何が望みなんだ? ははぁ、さては馬かな? 乗馬の訓練の時は生き生きとしていたしな。いや、待てよ……最近、剣の訓練にも熱を入れているから剣かも知れないな。おいエル、宝物庫の中からなんか一本見繕ってやれよ」
「シン! 余は真面目な話をしているのだぞ!」
眉を逆立てて怒り出した皇帝に、シンは心の中で別にふざけていたわけではないんだがと弁明する。
「わかった、わかった。最後まで全部話せ。それから二人で対応を考えよう」
怒り立ち上がった皇帝を宥めながら、肩に手を添えて再び着席を促す。
席に着いた皇帝は、自身を落ち着かせるために自らの手でお茶を注ぐと、今度はそれをゆっくりと口に含んだ。
ふぅ、と大きな息をつき、心の平静を取り戻した皇帝は、シンにヘンリエッテの言った我儘を話す。
「ヘンリが、嫁ぐ前に一度でいいから冒険がしたいと言い出してな……」
あのお転婆皇女めと、シンはついつい呟いてしまった。それを聞いた皇帝の眉がピクリと跳ねる。
皇帝は溺愛する妹への悪口には、それに悪意があろうと無かろうと、どうあっても過敏に反応してしまうのであった。
それを見たシンは思う。
(身内には結構甘いし、とりわけ妹に対しては甘いを通り越して過保護なんだよなぁ……まぁ、それもある意味仕方のない事か……どんなに絶大な権力を持とうと、やんごとなき高位の身分を持とうと、心から信じられる人間ってぇのは少ないもんだろうしな。その数少ない人間の一人が、同腹の妹のヘンリエッテだったというだけのことか)
「ならギルドで何か適当な……荷運びや手紙の配達なんか……で、納得する玉じゃないよなぁ……」
「うむ。ヘンリは外の世界が見たいと言うのだ……憧れていた外の世界をと……」
なるほどとシンは思った。以前からよく冒険の話をせがまれたりしていたし、最近訓練を指導するにあたってその性格も見え始めていた。
良く言えば快活、悪く言えばお転婆。竹を割ったようなすっきりとした性格は、異性よりも同性を強く引き付けるタイプであり、その点はレオナに通ずる点が多い。
だがその一方でレオナの凛とした気質に対して、ヘンリエッテは何処かしら抜けており、それを見た周りの者がついつい手を差し伸べてしまうような、そんな不思議なカリスマのようなものを纏っていた。
これが男ならば、ある意味では目の前のエルよりも皇帝としての資質に富んだ逸材であったかもと、シンは考える。
ヴィルヘルム七世は、優秀であり類稀なる名君の資質を有しているが、責任感や義務感が強く、何かと自分一人で抱え込もうとする癖がある。
皇后一派との確執を、直ぐにシンに教えなかったの例もある。
それに比べると、適度に部下に丸投げするようなヘンリエッテの方が、部下としても大事を任されたと使命感に燃えるであろう。
兎にも角にも、まずはどうやってヘンリエッテの我儘を、彼女が満足いく形で叶える方法を考えねばならない。
「迷宮……危険すぎるし、う~ん……魔物退治……駄目だなぁ……こりゃ、まいったな。難題だぞ」
「で、あるからお主を急ぎ呼んだのだ。何か良い知恵を出せ、余には冒険者の事はあまりわからん。冒険者であるお主だけが頼りだ」
頼りと言われてもと、シンは文字通り頭を抱えてしまう。
冒険者はかつてハーベイが言っていた通り、ある意味何でも屋だ。現代日本で言う派遣社員的な事もすれば、迷宮に潜る者も居るし、魔物や害獣の駆除を生業とする者もいる。また、戦になればシンも経験したように傭兵として働き、商隊の護衛をしたりと他にも幅広い仕事を手掛けている。
シンは自分が今まで冒険者として、何をして来たのかを改めて考えてみる。
先ずはアリュー村で魔物の駆除、強敵であるヴァルチャーベアをダンと二人で討伐した。
次にやったのは商隊の護衛、行商のマイルズと契約を結び、アリュー村から古都アンティルまで商隊を護衛した。
その次は傭兵、アンティルのギルドで募集していた傭兵に参加。そこで初めての仲間となったシオンに出会うが、彼女は戦場の露と消えてしまった。激闘の末、シオンの仇であるザギル・ゴジンを討ち取るが、ルーアルト王国東方辺境伯モーリッツ・ブラントの部下と揉め事を起こして同地を追われ、行き着いたガラント帝国の城塞都市カーンでまた傭兵働きをした。
その後、ハーゼ前伯爵に見出されて逆臣討伐の切り札として手柄を立てた後、迷宮都市カールスハウゼンにて仲間を募り冒険者パーティ碧き焔を結成。
現在は神の試練などと呼ばれ始めている迷宮を制覇。冒険者としての名声を得て、帝国に仕える事となる。
(俺のやったことと言えば、傭兵、魔物の駆除、護衛か……ん? 待てよ、護衛……これだ、これしかない! ヘンリエッテの言う条件にも合うぞ!)
「エル、一つ思いついたぞ」
「ほぅ、名案か?」
「名案かどうかは知らんが、これなら皇女殿下の希望が叶う」
「もったいぶらずに申せ」
「再来月の終わりには、ギギの国に使節を派遣するんだろ? それの護衛ってのはどうだ? 使節の護衛を名目にして皇女殿下の護衛も厚く配すことが出来るし、本人に違和感を持たれることも無い。それに、まだ帝国の何人も行ったことの無い国へいくのは、こりゃ考えれば昨今無い大冒険じゃないか? 勿論俺も護衛として……使節の護衛の皇女殿下の護衛として随行するつもりだ」
皇帝も名案と見たのかパッと顔を明るくするが、直ぐに俯き暗い影を落とした。
「確かに、理由といい条件といい申し分は無いのだが……危険だ。お主が随行するとしてもだ。これを機に皇后一派がヘンリを亡き者にしようと動き出すかも知れんと考えるとなぁ……」
「ならば、偽装が必要だな。そうだなぁ……最近、皇女殿下が鬱屈していたのは周知だったはず……その鬱っ気を晴らすために何処か帝都を離れた別荘……離宮のような物を訪れるってのはどうだ? 供廻りとして今皇女殿下とともに訓練をしている侍女たちも連れて行き、その遠出先でも訓練を続けると言う名目ならば、俺が共に帝都から消えても不審がられることは無いだろう。後は適当に時期を見て、情報をワザと流してその離宮に敵の目を引き付けている内に、皇女殿下と俺が急ぎ帝都を離れ、距離を稼いでしまえばいい。帰りは使いを出すから、一軍を率いて迎えにでも来れば安全だろう」
皇帝は驚きシンの顔をまじまじと見つめる。本当にこの男は頭が冴えている。一体どのような教育を受けてきたのであろうか? このようにシンが頭の冴えを見せる度に、皇帝は強く思った。
シンは、神がこの帝国のために……いや、この自分のために遣わせてくれたのではないだろうかと……
評価、ブックマークありがとうございます!
主人公持ち上げ回、でも作者は意地が悪いので……すんなりとは……




