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帝国の剣  作者: 0343
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偽善も善の内



 少年はシンの顔を見上げ呆けた表情を浮かべるが、ハッと気を取り直すと、猛然と食って掛かって来た。


「だ、騙されないぞ! お前……上手い事を言って、俺たちを奴隷にでもするつもりだな!」


 仲間思いなところといい、用心深さといい、この少年は使い物になりそうだとシンは内心でほくそ笑みながらも、表面では少年に対して凄みを効かせた。


「阿呆か! お前らみたいな何の取り得も無い餓鬼どもを奴隷にするくらいなら、素直に最初から大人の奴隷を買うわ! だいたいお前たちに選択肢なんて無い事になぜ気が付かない? いや、わかっていても認めたくないのだろう? だが、今のように盗みを続けていても、いずれは捕まり街から追放され、野垂れ死にするのが目に見えているではないか」


「五月蠅い! 偉そうにぬかしやがって……俺たちが、俺たちが今までどんな思いをして生きて来たかも知らない癖に!」


 強面のシンの凄みに耐え、尚且つ睨み返してくる少年。年少の子供たちは、そんなシンの顔を見て、まるで火が点いたように泣きだす。

 子供の扱いに慣れていないレオナよマーヤが、あたふたしながら宥めるが、子供たちの鳴き声の合唱は増々勢いづくばかりである。


「知らねぇよそんなの……だいたい生きてりゃ誰だって、事情の一つや二つや、三つや四つあるもんだ。誰もが今日を生きるのに必死な世界で、一々赤の他人の事なんて気に掛けるわけねぇだろうが」


 そんなシンの言葉に、レオナの口元に微笑が浮かぶ。

 嘘ばっかり……と。どんな形であれ、困っている人を見ると手を差し伸べずにはいられない、それが立場の弱い者なら尚更のこと……


「選べ、恐らく最初で最後のチャンスだ。仕事に就くか、それともまた薄汚れたコソ泥に戻るか……そこの泣いてる餓鬼ども、大人にまでに半分以上死ぬだろうな……飢え、病気、私刑……無事大人になれたとしても賊や裏稼業になるのが関の山だ」


 シンの言う事は事実である。何も言い返すことの出来ない少年は、拳をきつく握りしめたまま唇を噛み、黙って項垂れるしかなかった。


「…………仕事って何をすればいい?」


「大まかに二つ、開墾と訓練だ。お前ら自身の食い扶持を稼ぐために、畑を開墾する。そしてそれを守るための訓練を受ける。大人になって国が危急の時には、兵となって戦う。それだけだ、屋根のある場所で朝晩二食、自分たちの食い扶持以上のあがりを出せば、金も手に入るぞ。それに無料タダで戦い方を学べるぜ。今度は逃げ惑うだけでなく、自分で自分や仲間を守ることが出来るようになる。どうだ? やるか?」


「チビたちも、チビたちにも働かせるのか?」


「草むしりくらいは出来んだろうが……チビだろうが何だろうが、生きるためにやるしかねぇぞ」


「みんな、みんな一緒に居られるのか?」


「全員同じ村の出身か?」


 シンの問いに、少年は頷いた。


「保証は出来ん。例えば、年長のお前は鍬を振るって開墾作業に臨むことが出来るだろうが、そこのチビたちにそれは無理だろう。そう言った意味合いでの、何らかの振り分けはあると思った方がいい」


 少年は、レオナたちに捕まり泣き腫らした顔の子供たちの方を一度見る。

 村を焼かれ逃れて以来、盗んだ金や物を分かち合って来たが、一度たりとも満足な食事を取った事は無く、常にひもじい思いをしてきた。

 今は夏だから屋外でも過ごせるものの、冬になればそうはいかない。

 この大男の言う通り、最初から自分たちに選択肢など無いのだ。


「わかった。あんたに従うよ……俺たちに仕事を与えてくれ」


「そうか、覚悟が決まったか……それじゃ、早速だが一つやって貰おうか。今の話を他の孤児たちにも伝えろ。やる気のある奴だけで構わん。それと出発は明日の朝、今から言う場所に来い。」


 シンはその後、この仕事の報酬の先払いだと言って、子供たちに飯を食わせてやる。

 余程飢えていたのだろう。碌に咀嚼もせずに、食べ物を次々に口の中へとかきこんでいく姿を見て、シンの心が痛んだ。

 子供たちはシンに礼を言って去って行った。


「あんた、帝国の役人か何かなのかい?」


 一部始終を見ていた屋台の親父が、そうたずねて来た。


「まぁ、そんなところだ。帝都やその近辺じゃ、孤児救済は普通に取り入れられている政策なんだが、ここ南部じゃ色々あって遅れているようだな……」


「俺らもあいつらを助けてやりたいが、さっきあんたが言っていた通り、俺らだってその日を生きるのが精一杯さ」


 あの少年たちを見れば、ここの住人たちが同じ南部の誼で慈悲を掛けていたのがわかる。

 盗みをして捕まれば、腕を折られたり、切り落とされたり、私刑に掛けられたりするのが当たり前であるが、あの少年たちに大きな傷を負った痕跡は無かった。


「それは十分に承知しているさ。この俺だってそうだよ……」


 寂しそうな顔をしてそう言うと、シンは背を向けてその場を立ち去り、レオナとマーヤもその後に続いた。

 

「相変わらず優しいですね」


 レオナにとってはただシンの行動を褒めただけだったが、その何気ない一言はシンの怒りを外にぶちまける契機となってしまった。


「俺が優しいだと? 馬鹿も休み休み言え、あれが優しさなものかよ! 偽善の最たる例ではないか! 俺ほど卑怯な悪党はいない。今までも純真な少年少女たちを甘言で釣りあげ、人殺しの道具として育てている。彼らの生死に一切の責任を負わず、全てを皇帝ひと任せにしている、単なる臆病で卑怯な男だよ!」


 己の内に溜まり積もった怒りの一端を吐き出し、八つ当たりにも近い形でレオナにぶつけてしまったシンは、一言すまないと詫びて身を縮こまらせ俯いた。

 突然のシンの怒りに二人は面を喰らったが、それでもと二人は思う。

 それでも、あなたのお蔭で救われた者たちも大勢いると……それとは別に、シンが顔に似合わず繊細な心を持っている事を知り、それを二人は危ぶんだ。


 ――――この人は、何かというと必ず争点の中心にいるが、本来争いを好むような人では無い。今までの振る舞いも無理を重ねて来たものだろう。だがこのままでは、いつかこの優しく繊細な心が壊れてしまうのではないか……

 


---



「あまり勝手な事をされては困るな……」


「今回の件についてはお詫び申し上げます。ですが、一言申し上げますと難民の保護に些か遅れが出ているかと思われますが……」


 シンが宿舎に戻り夕食を取り終えると、レーベンハルト伯爵の使いが訪れそのままシンは伯爵の元へと連れて行かれた。

 応接室で対面した伯爵の顔には、困惑と僅かではあるが怒気が含まれていた。

 勿論、その原因はシンが勝手に南部の者を孤児とはいえ、連れ去ろうとしていることについてであった。


「賊の討滅に力を注いでいる分、遅れが出るのは仕方のない事だ。それに何もせずに手をこまねいているわけでは無い。往来にお触れを張り出してもいるのだ」


「私も街でそのお触れを拝見致しました。税の免除や仕事の斡旋など、実に良い政策であると思います。ですが、一つ欠点を見つけてしまいました」


 自身の打ち出した施政を褒められた後、即座に欠点があると言われた伯爵はムッとした顔つきになる。

 

 ――――貴族ってのはもっと腹芸が出来るものだと思っていたが……まぁ、レーベンハルト伯爵は何方かと言えば武人気質であるし、直ぐに顔に出てしまうのかもな……


「欠点とは何か?」


 さも面白くなさそうな、ぶっきらぼうな問いかけに、シンは神妙な顔をして答えた。


「孤児たちの多くは字が読めませぬ」


 シンのその答えに、レーベンハルト伯爵は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、腹をゆすって笑い出す。


「ふはははは、うっかりしておったわ。なるほど、なるほど……申請に来る者たちの中に子供の姿が殆ど見受けられないとは思うていたが、儂はてっきり奴隷としての価値が低いので、皆殺されてしまったかと思っておったわ」


 伯爵がそう思うのも無理はない。子供の奴隷など、余程の物好きや変態でもない限りは求めはしないのだ。

 

「だが、孤児とはいえ元領民。勝手な連れ出しは儂の所は許可をしても、他の貴族たちは黙ってはおるまい。どう説き伏せるつもりだ?」


「それにつきましては……逆に考えまして、このまま孤児たちを放置しておくメリットは何でしょうか? 大半の者たちが拠り所も無く飢え死にするか、悪事を働くばかりで、とてもではありませんが税収などは望めません」


 確かにと伯爵も頷く。


「残しておいても治安の悪化を招くだけだと卿は言うのだな。だが、領民は貴族にとって財産である。それが例え、孤児であってもだ」


「それは重々承知しております。勿論、タダで寄越せと申しているのではありません。彼らの内の幾らかは、戦闘訓練を受けていずれは兵となる予定です。現在、国境警備や普段の街道に蔓延る賊の掃討などは、各家がそれぞれ兵を出し合って行っているかと思われますが、これを彼らにやらせることで、各家の負担を減らすことが出来るかと思われます」


 ほぅ、と伯爵も関心を示す。兵を出すと言うのは、兎角金が掛かるもの。それに、領内の民を派遣すると言う事は、労働力の低下をも意味し、これを嫌う貴族も多い。勿論、貴族だけでは無く徴兵された平民たちも、一家の働き手を奪われたりと、反感を示す者も多い。


「勿論、直ぐにとは行きません。これを安定して実現するには、十年、二十年の長い時間が必要でしょう。ですが、実現すればこれは各家に対して、大きな利になるかと思われます」


「……良かろう。卿の言は理に適っておる。帝都やその近辺では、既にこの政策が行われているのであれば、我ら南部も従うとしよう。儂の方から各家に働きかけて見よう。それにしても、孤児の多くは字が読めぬか……当たり前のことであるが、盲点であったわ。そちらの方も、何か手を打っておこう。出発前の貴重な休みを邪魔してすまぬな、許せ」


「いえ、私の方こそ出過ぎた真似をして、誠に申し訳ありませんでした」


 シンは重ね重ねの非礼を詫び、自分の考えを受け入れてくれた伯爵に謝意を示して宿舎へと戻った。

ブックマークありがとうございます!


福祉のふの字も無い世界で、どんな形であれ何とかしてセーフティーネットを敷こうとすると、見た目的には非道極まりなくなってしまいました。

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