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帝国の剣  作者: 0343
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色恋、食欲、少年窃盗団



 久しぶりに確たる屋根の下で敵に怯える事無く、ぐっすりと眠ることが出来たシン。

 だが悲しいことに、染み付いた習慣のせいで朝日が昇る前に目が覚めてしまう。

 もう一度惰眠を貪ろうかとも考えたが、やはりいつも通りに過ごすのが一番だと考え直し、訓練用の木剣を手にすると、薄暗い中を顔を洗うために表にある井戸へと向かう。

 パーティーメンバーたちも皆同じ考えなのか、井戸に行く途中で次々に顔を合わせる。

 おはようだの、ゆっくり眠れたかだのと挨拶を交わしながら井戸へ行き、まだ早朝の冷えた水を汲んで顔を洗うと、もうすっかり目も身体も目覚めていた。

 そのままシンたちは、ラジオ体操をし、十分に柔軟運動をしてから宿舎の裏庭をグルグルと楕円を描くように走り出す。

 最近ではギギはおろか、華奢なロラですら遅れながらも十キロメートルを、ただの一度も止まらずに走りぬくことが出来るようになっていた。

 ランニングが終わると、素振り、そして組手。それらが終わる頃、丁度朝食の時間となる。

 宿舎にある大食堂は現在の所、シンたちの貸し切りであった。

 数日前まで大勢の兵士たちがこの宿舎で寝起きをしていたのだが、今彼らは新たな作戦の為に出払っていた。

 昨日も、シンたちと入れ替わるようにして百人ほどの兵が、このビルゼンスの街から出撃している。

 彼らは表向きは南部の治安維持、賊狩りの部隊とされていたが、その真相はラ・ロシュエル王国に密かに越境してシンの考えた作戦に従事するための兵であった。

 毎日のように百名規模の兵たちが、南部のあちらこちらへと派遣される振りをして、帝国とラ・ロシュエルとの国境線に設けた駐留地へと向かっている。

 もちろんこれは、ラ・ロシュエルが帝国に放った間諜に対する備えである。

 シンたち碧き焔は、最後の部隊に二日遅れで一度帝都の方へと向かった後で、兵たちが集まる駐留地へと向かう予定であった。


「と、いう訳で必要な物資も全て伯爵様が用意して下さる。俺たちは、明後日の出発まで自由な時間を過ごせるわけだ。体を休めるも良し、好きな事をして鋭気を養うも良し、各自の自由にしてくれ。では、解散!」


 自由行動と聞いて元気いっぱいのエリーは、早速どこの店がお洒落だのとカイルと会話を楽しんでいる。

 もっともカイルは、エリーのマシンガントークに若干顔を引き攣らせながら相槌を打っているだけであったが……

 弟子の助けを求め、縋るような眼差しを無視して、シンは一応他のメンバーたちにも予定だけは聞いておいた。

 ゾルターンは、また伯爵の書斎にある書物をワインを片手に紐解くのだと言って、食堂の料理人に何かツマミを作ってくれるようにお願いしている。

 ハーベイとギギは、得物の手入れをしに気難しいドワーフのガンゲルの店に行くという。

 ハンクはと言うと、手持無沙汰気味のロラをどう誘おうかと顎に手を添えながら、ウロウロとしていた。

 シンも最初の内はそんなハンクを面白がって見ていたが、一向に覚悟を決めず煮え切らない態度のハンクに段々とイラつきはじめ、仕方ないので助け舟を出すことにする。


「ロラ、すまないが一つ頼まれてくれないか? 矢を少し買い足しておきたいんだ。そこのハンクを荷物持ちに使っていいからさ」


「わかりました。では、早速……」


 ロラはちらりとハンクを見て、にっこりとほほ笑んだ。そんなロラの何気ない笑みを受け、ハンクは耳の先まで真っ赤になって俯いてしまう。

 シンはハンクを呼び、その手に金貨を一枚握らす。そして小声で上手くやれよと声を掛け、肩を叩いて送り出した。

 ハンクは未だ顔の赤みが取れぬままシンに礼を言って、ロラを伴って食堂を後にした。


「さてと残るは……」


 残っているのはレオナとマーヤ。二人はシンに期待の視線を向けながら浮つき、ソワソワとしている。

 レオナの耳は時折ピクリと動き、マーヤの耳はピンと立ち上がり、尻尾がゆらりゆらりとスローモーに揺れている。

 そんな二人の期待に応えるべく、シンは頭をボリボリと掻きながら街をぶらつくことを提案すると、レオナは頬を染めながら鼻息荒く頷き、マーヤは千切れんばかりに尻尾を振りながらコクコクと何度も頷いた。



---



「はぁ……それにしても、この二人はよく喰うなぁ……」


 シンが二人の姿を目で追うと、今さっき買ったばかりの串焼きは既に平らげ、次の屋台へと足を運んでいる。

 二人とももっと色気のあるデートは出来ないのかと、肩を落としながら屋台の親父に三人前の代金を支払う。


 ――――まぁ、無理も無いか。街の外に出たら美味しい料理はしばらくお預けだしな……しかし、他の女性冒険者も皆この二人と同じように大食漢なのだろうか……


 そんな事を考えながら串焼きの肉を頬張る。淡泊な味わいだが、岩塩とごく薄く振られた香辛料の味が絶妙にマッチしており、一口二口とつい無言で頬張ってしまう美味さがあった。

 屋台の親父にこれは何の肉かと聞くと、親父はにっこりと笑いながら屋台の下から、血抜きをした一メートル半はあるであろうオオトカゲの尻尾を掴んで持ち上げて見せた。

 シンはギョッとして一瞬固まるものの、よくよく考えればこれよりもっとゲテモノを今まで数多く食べて来たことを思い出した。


 店主と談笑している間に、レオナとマーヤは次の屋台を物色していて、いつの間にか姿が見えなくなっている。

 シンは苦笑しながらも、慌てて二人の後を追いかける。屋台の前で二人がどれにしようかと悩んでいるのは果実水。

 しょっぱい物を食べたからなと、シンも一杯貰う事にする。

 三人分の代金を払おうと懐から財布を取り出したその時、横合いから少年がその財布を奪おうと飛び込んで来る。

 少年の動きはなかなかに素早かったが、無論シンたちに適うはずもない。

 あっさりと躱された少年は、勢い余って派手にすっ転ぶ。尚も諦めないのか、少年はスッと立ち上がると懐からナイフを抜き、再度財布の奪取を試みて来た。

 周囲の買い物客や店主たちから悲鳴が上がるが、シンはまたしてもあっさりと躱し、躱しざまに少年のナイフを持つ手に鋭い手刀を叩きこんだ。

 少年の上げる苦悶の悲鳴と、石畳に落ちたナイフの金属音が響いたあと、周囲から割れんばかりの歓声が起こった。

 

「そいつはつい最近、ここいらで悪さをするようになった連中の一人だ。今日と言う今日は許さねぇ、衛兵に突き出してやる」


 そう息巻く店主をシンは、まぁまぁここは俺に任せてくれと、宥めながら未だ苦痛に蹲る少年の襟首を掴んで無理やり立ち上がらせる。

 少し離れた場所から悲鳴が上がり、そこに視線を走らせると、この少年と同じように襤褸を纏ったみすぼらしい子供たちの姿があった。


「おい、スリだけなら兎も角、刃物を持ち出すとはどういう了見だ?」


 シンの問いかけに少年は歯を食いしばり睨み付けるだけで、口を開こうとはしない。

 パンと一度大きく頬を張ると、少年の口と鼻から赤い血が流れ出す。

 またしても遠くから小さな悲鳴が上がる。少年は、そちらを見ると大声で逃げろと叫んだ。

 だが、逃げろと言われた子供たちは、目に涙を浮かべるだけでその場を動こうとはしない。


「レオナ、マーヤ、あの子供たちを連れて来てくれ」


 二人は素早く子供たちの元へと向かって行く。それを見た少年が、シンに向かって叫んだ。


「あいつらは関係ない! 盗みを働こうとしたのは俺だ、俺だけだ! 俺を衛兵に突き出せばいいだろう!」


 暴れる少年の頭にシンは拳骨を落とした。カイルやクラウスでさえ涙目になる威力を持つシンの拳骨は、この少年にも効果てきめんのようだ。

 少年は涙目になり、頭を押さえて蹲る。やがてレオナとマーヤが六人の少年少女を引き連れて戻って来る。

 シンに拳骨を貰った少年が十二、三歳だとすると、他の子供たちはそれよりずっと幼い。

 一番年下と思われる女の子は精々六つになるかならないかであった。

 少年たちは観念したのか誰も逃げ出そうとせず、嗚咽をもらしすすり泣くばかりであった。


「南部の村の焼け出された子供たちだな?」


 そうシンが少年に聞くと、少年はがっくりと項垂れながら一言、そうだと答えた。


「まぁ、こんなに幼いんじゃ仕事なんかあるわけねぇわな……よし、俺が……いや、この帝国がお前たちに仕事をやろう」


 そのシンの言葉に、当事者の少年たちはおろか周囲に集まった者たちも目を丸くさせて驚いた。




評価、ブックマークありがとうございます!


十二年飼っていたペットが昨日亡くなりました。軽いペットロスに陥ってます、昨日なんか流石に何もやる気が起きなかったです。

もっと美味い物を食わせてやれば良かったなと、後悔しております。

ペットを飼っている方、後で後悔しないためにもたまに贅沢させてあげて下さい。

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